「ごめんなさい…」

「悪かったってばよ。」

「…すまない。」




 左から、ナルト、我愛羅が三人で旅館の部屋の中に正座している。目の前には柳眉をつり上げたサスケと、困った顔をして笑いを堪えているサクラ、テマリ、カンクロウがいる。ちなみに後ろにいる綱手は笑いが堪えられなかったらしく、既に吹き出していた。




「なんで旅館内でゴムボールなんかで遊んだんだ。挙げ句病人に怪我までさせて!」




 サスケは憤りもそのままに三人を見下ろす。




「だっておまえがあんまり外に出ると怒るじゃん?だから部屋なら良いかなって…」




 ナルトは目じりを下げて、隣のに助けを求める。




「ぽよぽよするから、面白かったし。ちょっと受け損なってすりむいたけど、痛くないよ?」

「それだけじゃないだろ。おまえ、その手首どうするんだ?」

「だ、大丈夫だよ。そんなに痛くないし。」





 あまり腕の上げ下げをしておらず、筋力も弱いはゴムボールで遊んだだけで完全に両手腱鞘炎になっていた。ナルトの滅茶苦茶に投げたボールを受け損なって、頬に擦り傷まで作っている。ただ本人は至極満足げで、サスケの怒りは怖くて目じりに涙はたまっているが、言い訳はしっかりしている。




「すまない。止めようとは思っていたんだが、あんまりに楽しそうなんで、」




 我愛羅は唯一常識があったため、止めなければと思ったらしいが、ナルトに誘われ、かつも楽しそうだったので折れてしまった。




「まぁ良いリハビリだとは思うけどね、もうちょっと時間は短く、痛くなったらやめようよ。」




 サクラはの包帯で固定された手を撫でて、笑いながら言う。

 一応サクラが医療忍術で治療はしたのだが、手は酷い状態で、全部は回復できなかった。とはいえ、湿布を貼ればどうにか明後日辺りには包帯はとれるだろう。2時間近く痛みすらも忘れて遊んでいたと言うから、仕方ない。

 とはいえ、二時間も遊べて体調が悪くなっている風もないのだから、運動をさせなかったのはサスケの心配しすぎだろう。要するに彼女はリハビリが出来るくらいには体調は回復していると言うことだ。




「痛くないよ。なんか感覚ないけど楽しかったぁ。」




 痛みを通り越してもう感覚がないらしいが、があまりに嬉しそうに言うので、サスケの方も怒りを持続することが出来ず言葉を失う。




「はは、今度はわたしも一緒にやろうかね。」




 綱手も笑いながらの頭を撫でてやった。

 確かに少しやり過ぎの部分はあったし、旅館の室内でやったのは一歩間違えば大惨事だったが、それでもが少しでも人とふれあい、自立するなら何よりだ。



は人見知りだが、仲良くなればよく話す。むしろサスケ、おまえが社交的になった方が良いんじゃ無いのか。」




 綱手は言って、の手に合ったゴムボールをサスケに放り投げた。

 幼い頃から兄とボール遊びをしたことはあったかも知れないが、アカデミーで一体何人の友人がいたのか怪しいところだ。しかももてていたため、勝手に人は集まって来ると思っている節がある。




「…」





 サスケは綱手の言葉に無言で、渋い顔をする。

 察しの良いサスケには、綱手の言葉の意味が百も理解できる。要するにの人見知りを社交的でないサスケが助長していると言っているのだ。実際にに対してサスケは酷く過保護で、しかもあまりが他人と沢山触れあうのを歓迎していなかった。

 自分で囲っておくにはサスケはイタチのようにを完全に庇護してやれないし、慮ることも出来ない、かといって一緒に連れ出すほどサスケ自身が社交的ではなかった。




「どうしたの?」





 は不安そうに目じりを下げて、サスケの服を引っ張る。




「…少し考え事をしていただけだ。」





 サスケは素っ気なく答えた。

 自分で抱える薄汚い感情を、サスケは自分でも徐々に理解し始めていた。簡単に割り切れる感情ではない、一番恐ろしく、醜い感情故に、サスケは彼女を手元に置きたいと思っている。どこにも行かせたくないと感じている。

 が少しずつ木の葉の面々と触れあうようになって、サスケは自分が随分と嫉妬深い事も知った。


 もちろん彼女が元々はイタチの恋人であったことは承知している。とはいえ兄は既に死んでおり、苦労をかけた実兄故に認められるところがあり、別段罪悪感以外の何かを感じることはなかった。

 だが、木の葉に来てが人と触れあうようになり、サスケが感じたのは完全で鮮烈な嫉妬だった。

 は自分の恋人だ。それは紛れもない事実だが、サスケと、互いだけだった世界が木の葉に戻って広がるにつれて、の選択肢は確実に広がった。もちろん障害が残ってしまったの出来ることは少ないが、上忍会に出たりするにつれて知り合いも増えた。

 は温厚で、気も強くなく、他人にきつくものを言うこともない。人見知りは酷いが、性格的な難はなく、話しかければ普通に話を返す。暗さもなく、むしろ明るい方だ。性格は格段にサスケよりも良い。彼女の利点は誰よりも知っているから、自分の自己中さが際だって、いつか彼女が誰か違う人間を見つけてしまうのではないかと、不安に思うことも多い。

 だから、今、はっきり言ってしまえば、と似たような莫大な力を持ち、それに揺れた過去を持つナルト、そして我愛羅が仲良くなるのは自然な流れだが、それが面白くないというわけだ。




「サスケ、…ごめんなさい、」





 黙っていたサスケが、怒っていると勘違いしたのか、がしょんぼりとした様子で謝る。




「…次からは、しない…」




 ゴムボールを名残惜しそうな顔で見てから、決心したように言って目じりを下げる。心残りはあるようだが、サスケが悲しむならとでも思ったのだろう。





「…おまえが楽しいなら、勝手にしたら良い。」




 サスケはなんと答えて良いか分からず、冷たく返してしまった。綱手たちからの冷たい視線の意味を、分かっている。でも、自分の心でもまとまらないこの感情をどうしたら良いのか、全く分からなかった。大蛇丸に言われて気をつけているとは言え、目の前が真っ赤になるような心地を味わうことが良くある。

 戦いにおいては別のことに焦点を置いてどうにかするのだが、の事になるとが言い返さないこともあってどうしても我慢できなくなる。



「今日は夜、私と博打に行く予定だが、大丈夫か?」




 綱手は両手首ともに包帯で巻かれているを見下ろし、困ったように笑う。




「うん。」





 手は腱鞘炎だが、別に体調が悪いわけではない。は心から嬉しそうに頷いて、目を輝かせる。

 火影の屋敷に預かられるようになってから、が綱手を怖がることはなくなった。大きな声で綱手が怒鳴るのは苦手なようだが、彼女は心から綱手を信頼しているらしく、綱手が尋ねると素直に嬉しそうな顔をする。

 サスケが尋ねると表情を窺うのに、綱手には何を思うこともなく、気兼ねもなく自分の気持ちを口にする。

 大蛇丸には体が心を生かすのではないからの心を大切にしろと言われた。だが、そう思えば思う程、に自分は必要ないのではないかと思う。はサスケがいなくてもやっていけるだろうし、その方が皆とふれあえて良いのではないだろうか。


 それは酷く恐ろしい思案だった。




「博打?」




 我愛羅が顔を上げ、不思議そうにに尋ねる。





「うん。綱手様が連れて行ってくれるの。」

「…俺も行って良いか?」

「ええええ!我愛羅まで行くのか!?」





 ナルトが目を丸くして隣に座っている我愛羅を振り向いて呆然とする。




「行くと、何か困るのか?」

「いや、別に困るわけじゃねぇけど、」




 風影まで博打場に出入りするというのはどうなのだろうか、というナルトの疑問に我愛羅は小さく笑って手をひらひらさせた。





「別に、本当にやろうって訳じゃない。姫の勘というのがどの程度か、見てみたいだけだ。」





 それは力と言うよりは純粋な興味のようだった。




「サスケ、サスケも、行く?」





 はふと、酷く不安そうにサスケを見上げる。




「あ、あぁ。」




 先日襲撃を受けたばかりだ。火影である綱手がいるとは言え、護衛としてサスケがつれられるのは当然だった。




「良かった。」




 は心から安堵したように、ほっと肩を下ろす。その姿を見て、サスケは僅かに心が慰められた気がした。







ばくち