「蒼一族の勘についての統計を取りたかったのだけど、取る気も失せるほどのあたりっぷりだったわ。」



 大蛇丸は少し面白くなさそうにふむと1つ頷いてみせる。



「あははは、おかげで私はがっぽり儲けたさ。」 



 綱手は上機嫌そのもので、大きな鞄を振りながら歩く。



「…綱手のばっちゃん、そりゃ全部の手柄だってばよ。」



 ナルトは他にも大量にある鞄の残りを持ちながら、大きなため息をついた。その隣でサスケがの車椅子を押して、を見下ろす。



「寒くないか?」

「うん、それにしても賭博って、簡単なのね。」



 は綱手に喜んでもらえて嬉しいのか、楽しそうに笑って答えた。



「すごかったな。百発百中だった。」



 我愛羅はを見下ろして言う。




「確かにな。すごかった。ありゃ誰も勝てない。」

「あれじゃやくざまがいの強面どもも形無しじゃん、」




 護衛に来ている我愛羅の姉兄、テマリとカンクロウもを誉めた。

 賭博は丁か半かを尋ねる非常に単純な物で、の勘を試すにはあまりに簡単だったらしい。は数十回やったすべてを当てていき、結果的に莫大な金を手に入れることになった。特に最近勝ってばかりだったというやくざ組の男がその有り金をかけたことも原因の一つだ。

 何人かはのいかさまを疑っていたが、最後に花札をひいて数字の大きさを競った時、あっさりと何回も勝ったことで、納得するしかなかった。はお金は別にいらないと言ったが、やくざどもはけじめだけは守ると言って引かず、大量のお金を持って帰ることになった。

 強面のやくざどもが、小柄でしかも童顔のにやり込められている姿は、哀れを通り越して気の毒だった。




「ふぅん、みんな駄目なの?」



 は自分の勘が特別良いということをあまり自覚したことがなかったらしく、軽く首を傾げて目を瞬かせる。



、基本的にフェアだから賭博をしているんだ。」

「ん?フェア?」

「そうだ。公平ってことだよ。2回に1回は勝つ、一回はまける、それが確率って事だ。」



 サスケはにため息混じりに言う。

 仮に勘が良かったとしても数十回も連続で勘が当たるなんて事は、運が良くてもあり得ない。そういう点での『勘』は特別なのだ。多少やくざどももいかさまをしていただろうが、の勘にはまったく歯が立たなかったようだ。



「あー、が一緒なら気持ち良い賭博が出来るな。」



 綱手は上機嫌でスキップでもし出しそうだ。



「まったくばっちゃんもをなんてことに使うんだってばよ。」

「良いじゃないか。は楽しかったよな。」

「うん。」

「それはが楽しかったってか、ばっちゃんが喜んでくれたから、嬉しいって感じだってばよ。」



 ナルトは綱手を白い目で見たが、その言葉はまさにの本質そのもので、よく言い当てていた。

 もう夜が遅いせいか、商店もほとんど開いていない。あまりに賭博が楽しくて、やくざたちがに勝とうとしつこくて、随分夜が更けてしまった。既に道に灯るのは頼りない、街灯の明かりだけだ。少し寒くて上着の羽織の襟元を寄せる。

 今日も一応フードを被っているが、夜で人通りも少ないせいか、外しても大丈夫そうだ。少しフードを上に上げると、隣を歩いていた我愛羅と目が合った。



「静かだな。」



 彼はいつも通り鷹揚とした口調でにそう言った。もう人は寝静まっている。いつもは賑やかな短冊街の通りも、人はほとんどいない。



「うん。わたしは、あんまり昼の街はまだちょっと怖いから。」




 人がたくさんいるのは怖い。を恐れ、に奇異の目を向ける人がたくさんいるからだ。同時に楽しそうで、自分も一緒にいたくて、仲間に入れて欲しくてたまらない。だからは夜の街を見ているのは好きだった。

 人がたくさんいる、その痕跡が確かに感じられるから。



「そうだな。ゆっくりと慣れれば良いさ。俺も昔はそうだった。」



 我愛羅もの言葉に同意して、目を細める。




「俺もだってばよ。怖いなら一緒に出かけようぜ。なら怖くないってばよ。」


 ナルトも笑って車椅子に座っているの手を横から取った。腱鞘炎故に包帯が巻かれているが、は笑顔で返した。

 我愛羅もナルトも、他人を怖がり、自分の力を恐れるの気持ちが痛いほどによく分かる。だからどうやってを前に進ませれば良いのかも、理解している。誰かに必要とされて嬉しいという心も同じように分かる。それは我愛羅にとってもナルトにとっても、酷く馴染みの感情だ。

 はナルトに握られていない方の手で、フードを外す。僅かにフードを見た時、ふっと上に影が見えた。



「ぁ、」



 が小さな声を上げて、紺色の瞳を水色に変える。それを間近で見たナルトと我愛羅も振り返り、続いてサスケも振り返った。それが決定的な隙になった。だけはすぐに自分の足下に目を向けて、自分の手を掴んでいたナルトの手を、ふりほどいた。



!」



 ナルトが叫ぶが、その体をの手が力なく押した。次の瞬間にの周囲に四角い結界が現れ、外界とを遮断する。

 ぎりぎりのところで飛び退いた我愛羅とナルト、そしてサスケは近くに着地する。



「やばいわね。」 



 大蛇丸が結界の質を見て、一言そう言う。この結界は簡単に壊れる質の物ではない。しかも中の人間のチャクラを抑制するような物らしい。チャクラですべてを動かしている状態のは真っ青な顔で前向きに車椅子の上から崩れ落ちる。



!?」



 サスケが血相を変えて結界に近づこうとするが、大蛇丸が止めた。



「やめなさい。腕が切れるわよ。」




 この結界は境を異空間に繋げている。もしもサスケが結界に触れようとしたら、指が切り取られてしまうだろう。とはいえチャクラをすべて抑えてしまうと、の内臓機能が麻痺する可能性はある。時間は当然かけられない。

 ふわりとサスケたちの前に、漆黒のフードを被った女が、着地する。



「目的は、なんなの?」 



 大蛇丸は静かに、あまりにも冷静に問うた。



「今のこの子は、役には立たないわよ。死体が欲しいの?」



 の透先眼と、白炎は確かにすばらしい血継限界だが、既に片目の視力を失い、白炎を使うだけのチャクラに耐えることも出来ない体しか持っていない。だから生かして捕らえてもそれ程役に立つとは思えなかった。

 ただ、確かに忍の体は機密情報の宝庫なのは事実だ。遺体でも良いから欲しいのならば、それはそれで正しい。を穢土転生などすれば、実に使い勝手の良い駒となるだろう。



「流石、賢い方ね。」



 高い女の声音で、フードの下で彼女は笑って、印を結ぼうとする。だが次の瞬間、女はちらりと自分の視界をかすめた光に目を丸くした。



「ちっ、」



 途端に弾けるように、夜闇を白い光が焼いた。



姫!」



 大蛇丸がを諫めるように声を上げる。

 同時に白い蝶の鱗粉がまき散らされて結界はあっという間に崩れ落ちた。あらかじめは襲撃を予想して、自分から遠い場所に白炎の蝶を配置していたのだ。




「や、めて、関係ないっ人、に、酷い、こと、しないでっ!!」




 血に声を邪魔されながらも、必死で声を絞り出す。

 地面に転がっていたは身を起こそうとしたが、地面についた手は腱鞘炎のためうまく支えにはならず、代わりに咳き込んで血を吐いた。の体は大きなチャクラの使用に耐えられはしない。それでも、が白炎を使ったのは、覚悟をしていたからだ。



「貴方が苦しんでから死んでくれないと、」



 女は軽やかに鈴を鳴らすように笑う。それを聞いては表情を歪めて、拳を握りしめて手に力を入れて、ちらりと自分の白炎を見た。



「やめろ。」



 我愛羅が静かな声でを留める。代わりに砂が女を捕らえるために、動き出した。だがそれを悟ってか、女はすぐに闇へと消えた。


黒い闇