旅館に戻ってから、はすぐに酷い高熱を出した。



「…まず肺が耐えられなかったのね。」



 大蛇丸はため息をついて手をひらひらさせた。

 あまりに大きなチャクラで痛みきっていた内臓機能の中でも、元々弱かった呼吸器官が傷ついたらしい。綱手がどうにか肺の機能を再生させたが、白炎とチャクラを使ったため、の体調は芳しくなく、熱も高い。




「まさか地面から来るなんて、思いもしなかったってばよ。」



 ナルトは項垂れて、苦しそうに綱手の向こうで褥に横たわって荒い息を吐いているを見やる。

 襲撃があったため油断していたわけではない。

 だが、結界などの方法を使われるとは思わなかったし、がこんなに簡単にチャクラを使うとは思わなかったのだ。はいつも他人の言いつけは良く守るし、体調を崩すからチャクラを使ってはいけないという言葉によく従っていた。だから結界の中に捕らわれても、自分で破ろうとはしないだろうと思っていた。

 自分で身を守れる力を持っているのに、死んでしまうから使えないが、敵に襲われてもチャクラを使わないでいられるのは、助けてもらえるとの信頼があったらの話だ。改めてナルトが考えてみると、幼い頃から木の葉隠れの里に幽閉されていたがそれ程の信頼感をナルトを始め、木の葉の面々に持っているとは思えなかった。

 不安になってチャクラを使っても、それは責められる物ではない。



「…辛いのはだろうにな。」



 我愛羅も目じりを下げて、息をつく。




 ――――――――――――や、めて、関係ないっ人、に、酷い、こと、しないでっ!!




 は襲ってきた女にそう言った。

 どうやら女とには面識があるらしい。彼女はおそらく、関係のない人間を自分の因縁に巻き込んではならないと思ったのだろう。

 確かに、木の葉の面々やサスケはには関係ない他人だ。だが、がもしも辛いのならば、一緒に背負ってやりたいと思ってきた。を閉じ込めて、未来を奪ってきた償いをするためにも、当然だ。そのナルトや綱手の心持ちは、には伝わっていなかったのだ。

 いや、そもそもにはそうしてお互いに背負い合うことが、わからないのかもしれない。彼女は一方的に庇護され、一方的に捧げてきた。それしかしらないは、互いに背負いあう時の折り合いの付け方がよく分からない。知らない。一人で背負うのが当然だと思っている。

 はそのすべてでサスケを助けようとしたのに、彼女はサスケに助けて貰うことをよくわかっていないのだ。分かち合うことが分からない。




、」




 サスケはの傍で手を取り、の名を呼ぶ。それに反応してか、は瞼を震わせ、うっすらと目を開いた。



、おまえ、どうして、」



 チャクラなんて使ったんだ、と言おうとした言葉を、サスケは口の中に溶かす。の紺色の瞳はゆらゆら揺れていて、あまりサスケの言うことを理解しているようではなかったし、全くと言って良いほどおきちんとした焦点を結んでいなかった。

 それでもサスケの方をじっと見て、ただ彼の顔色を窺うようにしていた。



「ごめ、な、」



 唇が僅かに動いて、その言葉を反芻する。は明らかに分かっていない、サスケの質問も、何も理解していない。だが、サスケの表情だけを見て、唇だけを動かした。

 サスケはを大切に思っている。愛しているし、必要としている。もそれは同じだ。でも、きっと何も咬み合っていない。

 は多分、サスケの中の自分がそれ程重要な位置を占めているとは思っていないし、愛情を信じていない。安らぎを感じてはいない。ただサスケの逆鱗に触れないように顔色を窺いながら振る舞っているだけだ。

 戦いが終わってから、サスケはに対して大きな間違いをしたのだ。

 すべてが終わったと思っていたが、にとっては始まりだった。障害を残し、今まで自分を幽閉した里の中で、罪悪感故に不機嫌な顔をするサスケの隣で小さくなりながら過ごす。それは戦いよりもずっと辛いことだったかも知れない。


 痛みを抱え、これほど高熱を出しても、はサスケの顔色を窺うのだ。




「助けてって、言えよ。」



 サスケはには良く聞こえていないと分かっていても、そう呟かずにはいられなかった。

 悪夢にうなされる彼女が、イタチに助けを求めるのをサスケは何度も聞いたことがある。なのに、木の葉に来てから、が誰かに助けを求めたことなどない。おそらく助けてくれないと思っているから、口にもしないのだろう。それはサスケに対しても同じで、は口を噤み、一人で抱え続けている。

 だからゆっくりと壊れていく。



「だい、じょうぶ、」



 は、悲しそうな顔をするサスケに手を伸ばし、さらりと頬を撫でる。

 大丈夫ではないのは、だ。なのに、サスケに大丈夫だからと言い続ける彼女の心労はどれほどの物なのだろう。

 包帯にまみれた細い手は、ずっとサスケよりも小さいのに。




「だいじょ、ぶ、だよ。こ、わく、ない、よ、」




 熱が高すぎて、夢でも見ているのだろうか。はふわふわと浮くように現実味のない声音で言って、そっとサスケの頭を撫でる。それは大人が子供に言い聞かせるような言葉だった。



「馬鹿な子ね。そう言われていたのは貴方でしょうに、」



 大蛇丸はそっとの目を閉ざすように手を置き、彼女を眠らせる。

 は幼い頃に両親を亡くしている。幼かった彼女は母の記憶はおそらくほとんどないだろう。父の記憶とておぼろげなはずだ。おそらく、うっすらと容姿を覚えている程度で、言われたことなど覚えているはずもない。

 だからきっと、にその言葉を言ったのは、イタチだ。繰り返し彼からそう言われてきたから、そんな言葉を不安そうな顔をしているサスケに言うのだ。

 綱手はが眠っているのを確認してから、大きなため息をつく。



「一度、チャクラを封じてしまうか?」



 は持っていたらチャクラを使うだろう。それは間違いない。ならば彼女の体調を見ながら、チャクラを封印してしまうという方法がある。

 だが、大蛇丸の方が首を振った。



「それじゃあっちの思うつぼよ。」

「どういうことだ…奴らは、の遺体が欲しいのか。」

「でしょうね。」



 大蛇丸はあっさりとそれを認めた。

 忍の体は情報の塊だ。しかもは血継限界を二つも保有しており、そのうち一つは彼女しか持っていない。彼女が死ねば二度と手に入らないかも知れない物だ。昔のように五大国が同盟していなかったら、他国に恐ろしい値段での遺体を売ることが出来ただろう。

 だが、もちろんそれだけではない。



「遺体と言うよりは、多分、が持っている鳳凰が欲しいのよ。」



 大蛇丸にもよく分からないことだが、は自分の血継限界とは別に、鳳凰を腹の中に飼っている。それがあまりにも大きなチャクラでのチャクラや身体機能を圧迫するから、昔からは体が弱く、体自体も非常に小さい。

 この鳳凰は、どうも白炎使い全員が持っている物ではないらしく、は特別だった。

 おそらくを殺すことによって出てくる鳳凰を何らかの形で封印し、人柱力のようなものを作りたいと思っているのだろう。




「簡単ではないでしょうけどね。」



 大蛇丸は小さく付け足した。

 鳳凰はチャクラを直接焼く炎を持つ。簡単な結界では一瞬たりとも閉じ込めることは出来ない。尾獣がいたとしてもその結論にそれ程変化があるとは思えなかった。ましてやを殺せば鳳凰は黙ってはいない。

 とはいえ、自身がチャクラを封じられた状態で実行されれば、可能性はある。



「それにチャクラを封じれば、姫の精神的不安定さは増すわよ。」




 はそれ程木の葉の面々を信用していない。自分でどうにかする手段をから奪う事は、の精神不安定を助長するだろう。



「でもそれ以外に方法はない…八方ふさがりじゃないか」



 綱手はため息をついてぼやく。



「そうでもないわよ。もうそろそろ来るはずだから。」



 大蛇丸はさらりと言って、外を見やった。


相違