「雪花院は随分と大人しくなられたのですね。」



 綱手を前にしたユルスンが久々にを見て漏らした感想は、その一言だった。



「そう、なのか?あれでも私が預かってから随分元気になった方だぞ。」




 綱手は彼を前にして、眉を寄せる。

 怪我が少しずつ良くなってからもサスケとうまく行かなかったは何かと体調を崩しがちだったし、大人しかった。あれでも綱手が預かるようになってから元気になった方だ。



「イタチ様がおられた頃は、非常に困った方でしたので、」



 ユルスンは口元に軽く手を当てて、不思議そうに首を傾げて見せた。

 ただ話し合いに同席しているサスケもナルトも、ここ一年を見てきているが、そんなに困ったと思う程のことをがしたとは思えず、ユルスンとは別の意味で同じように首を傾げる。

 は本当に大人しい。外に行きたいと言うこともないし、サスケが言えば黙り込みながらも従う。確かにたまに這ってどこかに行ってしまうことはあるが、別にすごく変だというようなことはない。強情なところはあるし、少し常識からずれているが、大きく困ることはなかった。



「イタチがいた頃は、ほとんど外に出ることはなかったんだろう?」

「そんなことはありません。あの方は野宿がお好きでしたよ。」

「え?」




 綱手はあまりの事実に目をぱちくりさせる。

 あまりにが物をしらず、外に出ないのでてっきり外に出ることが嫌いなのだと思っていた。ここ一年、は屋敷に軟禁されることにも不満を零したことはなかったし、大人しく軟禁生活のままうちは邸で大体の時間を過ごしていた。




「雪花院は昔から野宿がお好きでした。空が見えるから好きだとかで、何かと外で夜を越したがるので、体調を心配するイタチ様がよくお困りでした。」 




 は昔から体が強くなかった。

 それは幼い頃から外に出なかった弊害なのか、それとも莫大なチャクラを抱えて生まれてきたためなのかはユルスンにはわからない。だが少なくとも外に出るのが好きで体調が悪くても何かと外に出たがるのでよく風邪を引いていた。

 それでも懲りず、イタチに言い聞かされることもしばしばだった。




「雪花院は木の葉の里で、心地よくはお過ごしでないようですね。」



 ユルスンはあっさりとそう結論づけて、ため息をつく。

 その結論に、正直綱手も、サスケも、そしてナルトも返す言葉がなかった。木の葉はを助けると決めたが、うまく彼女を庇護することが出来ないのだ。



「…は何も言わないから。」



 サスケはぽつりと零した。

 は望みを何も言わない。こういたい、あぁしてほしい、そう言ってくれれば、サスケだって全力でそうできただろうが、はそれを口にすることがない。だからどうしたら良いか分からないのだ。歯がゆくて、悲しくて、それをにぶつけたくなる。

 どうして言ってくれない。信用してくれないのだと。



「貴方はイタチ様の弟だというのに、全く分かっておられない。」



 ユルスンは大きなため息とともに、まっすぐにサスケを睨む。



「なに?」

「そのままの意味です。何も言わない、その通りでしょう。わからないんですから、」



 は本当に何も知らない。よく分かっていない

 自分の心も望みも、そして周りにあるすべての事象も、多くのことが本当に分からないのだ。信頼できる人間も、イタチを失ってしまったにはよくわからないし、教えてくれる人間もいない。自分で決断を下すには、はものを知らなさすぎる。



「貴方は何も分からないところに突然放り出されて、知らない人に自分が選ぶことの出来る選択肢が何かすらわからないのに、どうしたいのと言われて、何か答えられますか?」



 にとって木の葉は幽閉した里、12歳までいたとは言え、閉じ込められていただけでなんの思い出もなければ、ほとんど見たこともない。その中で幽閉した人間にどうしたいのかと問われても、は右にも左にも進めないだろう。

 目の前に鬱蒼とする森があるだけで、には選択しようにも、選択する道が分からないのだ。



「…だがそれはイタチも同じだっただろう?」



 助け船を出すように綱手が言う。


「えぇ、そうですね。ですからイタチ様はまず教えようとなさいましたし、無知を蔑んだりはなさいませんでした。」



 最初に望めというのは不可能だ。選択肢を与えてやりたいと思っていたイタチは、の知識のなさに愕然とすると同時に、選択をするためにはまず、沢山の物を与えなければならないとわかった。それは根本的には愛情であり、大切にされているという実感、そして実質的には知識だった。

 時には何本かの道筋を示して、欠点と利点を話してに選ばせることもあった。そのためにも、彼はの行動のすべてを基本的には責めなかったし、馬鹿な事をしても、わからないことを聞いても無知を笑うことはしなかった。





「雪花院は非常に勘の鋭い方です。いろいろなことを隠し立てし、言わないのは、逆に彼女の負担になります。」



 どちらかというと人の感情を読み取ることが得意なユルスンが舌を巻くほどに、単純なくせには人の感情を読み取るのが得意だった。イタチもたまにの主観を参考にしたほどだ。

 だからこそ、自分に何が望まれているのか、そして何を望まれていないかを非常に敏感に把握する。

 イタチがをきつく叱りつけなかったのはおそらく、そうすればがイタチの顔色を覗うようになるのが目に見えていたからだ。イタチは確かに彼女を鳥かごの鳥のように閉じ込めたが、同時に彼女が籠から出たいと願えばそれを身に危険が及ばない限りは精一杯かなえた。

 そうして少しだけ勇気を出して鳥かごの中から出ては戻ってを繰り返しているうちに、慣れていけば良いとでも考えていたのかも知れない。




「彼女は確かに無知ですが、馬鹿ではないですから。」



 がもしもまともな教育を受けて育てば、間違いなく彼女は非常に賢い子供だっただろうし、忍術だって十分火影を狙えるほどの人材になるまで習得しただろう。頭の回転も非常に速い。

 だからこそ、サスケや火影である綱手がが分からないだろうと思って隠し立てをしたりすれば、はそれを感じてますます不安定になる。感情に関してもそうだ。サスケが罪悪感を隠して不機嫌を装ったとしても、は隠していることを読み取ろうとするだろう。

 それは逆にの心に負担をかけ、勝手にが何も言わずに自分を追い詰める分だけ、彼女の考えを把握できなくなる。ならば最初からよく話して聞かせ、互いの意見をすりあわせておいた方が有意義だ。

 彼女はそういう点では実に素直なのだから。



「俺はが傍にいて欲しいと思ってる。」



 サスケは大きなため息とともに、ユルスンを見据える。



「だが、おまえはどうするのが、にとって一番良いと思う?」



 問うと、サスケの心は酷く重たくなった。


 自分がを傷つけていることはよく分かっている。が里になじめないのもあまりに当然のことで、戸惑うを助けてやることも出来なかった。

 それでも恋愛感情を捨てることは簡単ではなく、経験もほとんどないためにこだわり続ける自分をどうして良いのかも分からない。の信頼を得る方法も、今となっては途方もない話なのかも知れないとすら思う。



「それをご自分でお話になることです。雪花院にとって何が良いかは、ご本人しか知りようがありません。」



 ユルスンの答えは至ってシンプルだった。



「貴方の心配も、ご不安も、お気持ちも、雪花院に直接言葉になさることです。」



 体調が悪いからと耳に入れるのを避けるのではなく、サスケの不安も、心配も、そして彼女を思う気持ちもすべてに対してきちんと話さなければ何の意味のない。その上で、に良い道を、ゆっくりと模索していくしかないのだ。



「…おまえは、敵のことを知っているのか?」



 綱手はユルスンに短く問うた。を狙う敵のことを知っているだろうと思って、大蛇丸は彼を呼び出したのだ。



「それは私の口から申し上げることは、雪花院の許可なしには出来ません。」



 ユルスンは無表情ながらも僅かに声に険を含ませて、そう答えた。それはサスケですら予想通りの答えだった。

 彼は見るからにどこまでも主に対して忠実だったからだ。




の事に関してはこちらで把握できていない物も多い。こちらに滞在している間に、ある程度不満や待遇に関することは聞いておいてくれ。できる限りのことはしたいと思っている。」



 綱手は目じりを下げて、ユルスンに言う。

 を助けたいと言えば、を傷つけ続けてきた里を率いる長である綱手にはあまりにおこがましいことなのかも知れない。だが、その気持ちに決して嘘はない。



「かしこまりました。」



 ユルスンはただ綱手を見て、深々と頭を下げるだけだった。







是正する