雷影であるエーがの元を訪れたのは、サスケとの話し合いが完全に決裂した翌日のことだった。

 サスケは呆然とした面持ちのままただを見ていることしか出来ず、サクラは自分の感情を見抜かれていたショックで全く来ない。ナルトは何度もを説得しに来ていたし、我愛羅も食事をしないかと誘いに来たが全く無駄だった。



「ハンガーストライキか、」



 事情をある程度聞いているのか、食事をしていないせいで体調が悪く、力なく横たわっているの頭をその大きな手でくしゃりと撫でて、エーは言った。

 その言葉には別にを責めるものは含まれておらず、は視線だけで彼の顔を見上げる。




「食いたく、ないのか?」






 エーは別にを責めたりはしなかった。



「・・・うん。」



 小さくこくんと頷くと、エーは「そうか、」と一言返事をしてから、ただ一緒に出かけないかと言い出した。



「どこに?」

「外だ。こんな良い天気だというのに部屋に閉じこもっていてはいかん。食わずとも良い。茶でも飲みに行かんか。」

「…」



 は顔を上げて、重い体を起こす。チャクラを封じられているため体を起こすのもやっとで、エーが片腕で助けてくれた。

 確かに外を見てみると鮮やかな青色の空が広がっていて、天気もよさそうだ。確かに部屋にいるのがもったいないというエーの気持ちは分かる。食事をしていないせいか体調はあまり良くないが、それでも出先で倒れるほどではないだろう。



「うん。行きたい。」



 はエーの誘いを受ける事にした。頷くと彼は近くにいたサスケに車椅子を用意させる。部下のダルイも驚いてはいたが、ばたばたと護衛のために付き従った。が襲われていることもあり護衛は必要だ。ダルイとサスケはエーとについて行くことになった。

 外に出る前には羽織のフードを深く被る。エーもそれを止めることはなかったが、外に出ると、すぐに空を示した。



「みてみろ。あそこに飛んでいるのが見えるか?」

「うん?あ、見える。」

「あれはと鳶いう奴だ。鷲や鷹に似た鳥だ。」



 エーの言葉に促されるように、は自然に顔を上げ、青い空を見上げる。目の良いは透先眼がなくても鳥が十分に見えているらしい。



「とんびは、食べれる?」



 はよく分かっていないのか、恐ろしいことを聞く。



「…」



 車椅子を押していたダルイとサスケは目をぱちくりさせた。だがエーは別に笑うこともせず、淡々と答える。



「あまり食べるという話は聞いたことが無い。あいつらは肉食だからな。あまり肉食のものの肉はうまくないと聞く。」

「ふぅん。お肉を食べるの?なんの?」

「兎とか、あとはネズミとか。魚も食べると聞いたことがある。」

「じゃあわたしと一緒だね。」

「…おまえはネズミを食べるのか?」

「あ、それは食べないかも。」





 は軽く首を傾げて、ずっと空を見上げて鳶を目で追っている。この辺りは鳶の多い地域らしく、は街に入ったのにも気づくことなく顔を上げたままだった。



「あ、違う鳥が来た。」

「あれは鷹だな。」



 エーはの隣を歩きながら、言う。



「鷹は見たことがあるよ。」

「そうか。あいつらはつがいを見つけるとな、相手が死ぬまで一生添い遂げるそうだ。」

「死ぬ、まで?」

「もちろん死ねば新しい相手を見つける。だが、死ぬまではそうらしい。」

「死ねば、新しい相手を見つけられるの?」



 は紺色の瞳でまっすぐエーを見上げて、尋ねる。



「…簡単ではないだろう。見つけられずそのまま死んでいく奴も多いだろうな。」



 エーは静かにそう言って、目を伏せた。それは火影である綱手を思ってのことかも知れない。

 彼女は若い時の忍界大戦で婚約者を失った。火影候補とまで言われた立派な人物だったという。彼女はそれから、今でもずっと独身だ。簡単ではないからこそ、大切なのだ。変わりなどいない。変わりになど誰もなれない。

 も結局は同じだ。サスケを愛しながらも、イタチを忘れたことはない。彼の代替品としてサスケを求めたことはないのだ。

 誰も、誰かのかわりにはなれない。失われた命は戻らない。



「だが、生物には生存し、子孫を残すという使命があり、託された意志がある。死んでいった奴らは、きっと不幸を望んでいるわけではあるまい。」




 エーは淡々としていたが、彼もまた亡くしたものが沢山あったと言外に示し、またそれ故に託されたものを知り、前を向こうとしているようだった。

 は目を伏せて、イタチの顔を思い浮かべる。

 死にゆく彼はきっとの不幸を願ってはいなかっただろう。どんな形でも良いから幸せを見つけて欲しいとをこの世界に残したはずだ。そこにはイタチがを思うからこそ道連れにしなかったという事実がある。願いがある。

 きっとが生きる事を何よりも願っていただろう。



「…でも、…辛い、悲しい、わたし、は、」



 生きているのは辛くて悲しい。生きている人が与えてくれる物はにとっては苦痛な物が多いのだ。人と関わって生きて来なかったにとって人と一緒にものをすることはそれ程楽しいことではない。常に緊張を強いられ、ともにいるサスケもあてにならない。



「でもおまえは生きているわけだろう?逃げてしまえば良い。」

「…どこに?」





 にはもう頼るべき人はサスケ以外にいないのだ。彼の元を離れてしまえば、自分は一体何処に行けば良いのだろう。



「どこでも良い。砂隠れでも、なんなら雲隠れでも良い。儂らはおまえを背負うと決めた。死なすよりましだ。」





 エーは、そして五影たちは会談で、を助けると決めたのだ。


 彼女はある意味で里の犠牲者だ。利用され続け、ただ搾取され、未来を奪われた彼女に選択の余地などなかった。彼女の犯した罪よりも里が彼女の未来を奪ったことの罪の方が重かったと、公式にも認めている。




「良いか、姫。おまえにはこの空のように広い選択肢がある。それを儂らが全力で保証する。」




 エーはに空を示す。

 が幼い頃に見たのは、窓に切り取られた小さな空だけだった。今はなんの仕切りもない青い空を見上げることが出来る。



「おまえは頼ることを知らなすぎていかん。」



 エーはの肩にその大きな手を置く。

 分かち合ったことも、人と関わることもなく、ただは常に守られて来た。イタチによってすべてから庇護され、望む必要がなかった。他の誰かを頼ることも、知る必要がなかった。



「わかんない…、」




 は何も知らない。選ぶことなど、したことがない。




「今はわからんくて良い。ゆっくり知れば良いんだ。」



 の傷は十数年かけて作られたものだ。ならばそれを認め、理解していくのに同じだけの時間がかかるのは当然のことだ。だから、エーはが手を伸ばしてくる時に、いつでも助けられるようにしていたいと思うし、いつでも辛い時に手をさしのべたいと思う。

 エーは彼女の紺色のつむじを眺める。

 それはかつてエーと戦った、不敵な笑みを浮かべる少年と同じもので、ただ彼と同じように無邪気ににも笑って欲しいと願っていた。


必死でかき集め、拾う
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