「ここは・・・・」

「ここは元々、炎一族の持っていた領地の一つだったんだよ。」




 男の子は低い声で説明する。

 は彼が人でないことをすぐに見抜いた。


 人形だ。


 炎一族がよく偵察に使う手で、昔母がそれで遊んでいるのを一度だけ見たことがある。

 人形は特殊な作りで白炎使いでないと使えないはずだ。

 は首を傾げる。

 男の子は、にこりと笑って、座り込むに手をさしのべた。




「ここにね、一族が逃げてきた後、みんな逃げてきたんだ。でも後から裏切り者と大蛇丸が手を組
んで、ここに研究所を建てたんだ。」




 研究材料となる炎一族を捕えやすいから。

 残酷な話に、は辺りを見回す。

 円筒状の大きなガラス管の中に水が入れられ、人が並んでいる。


 息をしている様子はなく、死んでいるようだ。

 いくつかどこかで見たような顔もある。





「その人はね、碧花宮、宗家の人だよ。君のおじさんの一人だ。」





 じっと一人の男の人を見ていると、男の子は言った。

 の母にはたくさんの母違いの兄弟がいた。


 おそらく彼もその一人なのだろう。


 水の中をたゆたう彼の表情は、断末魔をあげたようにゆがんでいた。

 いったいどんな殺され方をしたのだろう。




『あんたさえいなけりゃ、あの一族はなくならなかったんだ。』




 碧聖の言葉を思い出して、は想わず俯いた。

 彼らも、炎一族が滅んだ時の犠牲者なのだろうか。

 だったら幼かったとはいえ、自分にも多分に責任がある気がして、は気が重かった。





「暗い顔をしているね。」





 男の子は低い大人の声で笑う。

 優しい声音は、どこかで聞き覚えがある。





「そんな泣きそうな顔しないで、僕は君に会いたかったよ。大きくなった君に、とても会いたかっ
た。」





 会いたかったと言いつのる声は最期が掠れるほど、思いがこもっていた。

 優しい声は覚えているのに、は彼が誰なのかを思い出せない。


 男の子は順番に奥に進んでいく、

 気味が悪い研究所は、進めば進むほど、原形をとどめていない人ばかりで気分が悪い。 


 それらを見ないようにして進んでいくと、大きな扉があった。

 たくさんの封印がなされ、分厚く開かないようにしてある鉄の扉。




!!」




 後ろから慌てた低い声に、呼びかけられる。





「サスケ、無事だったの?」

「あぁ、おまえが書いた成功作のいた部屋の地下室がここにつながっていた。」




 さっき彼と一緒にいた水月は見あたらない。置いてきたらしい。

 サスケは肩で息をしながらの様子を上から下まで見て、首の赤い痕に顔を蒼くした。





「これ、大丈夫か?」

「首締められたけど、助けてくれたの。」





 は男の子を振り返る。





「おまえ、山で会った・・・・」

「違う子だと思うよ。この躯は人形だからね。僕は山までは行けない。」




 遠くに行けるほどの、チャクラがないのだ。

 サスケは山で会った少年に似ているため、警戒の目を向ける。




「きっとこの人形を作った子に似てるんだと思うよ。」




 誰かに似せて人形を作るのは簡単だ。

 インスピレーションが必要ない。


 人形の答えは満足のいく物ではなかったが、問うても意味はなさそうだ。

 サスケはそれ以上尋ねなかった。




「ここを開けて欲しい。」




 男の子はじっとを見て言う。

 疑うことを知らないはおとなしく彼に従って、封印の札をはがし始める。




「何故ここを開ける必要がある。」




 サスケは代わりに彼に尋ねる。




「この躯はね、僕に気付いてくれた子が貸してくれたんだ。僕の本体はこの中。」




 炎一族は、炎の媒介さえあれば、チャクラを使って術を使うことが出ている。


 たとえば躯が封印されていても、一部でも媒介が外に出ていれば、使う術の大小はあるが、力が
使える。

 おそらく、媒介が少ししか外に出られなかったため、彼はこの封印をはがすことが出来なかった
のだろう。


 長年にわたって閉じ込められてきたに違いない。

 は難しい封印をチャクラごと燃やしながら、扉を炎で溶かして開ける。



 融解した鉄の向こうには石造りの部屋と、血まみれで鎖に繋がれた男が一人いた。


 銀色の髪に、血が赤黒くこびりついている。

 体中も血だらけで、生きているとわかるのは胸が時々振動するからだ。

 彫りの深く、美しい顔は痣や傷で汚れていたが、澄んだ蒼色の瞳がを見て優しく柔らかに細め
られた。




「ぁ、」




 ははっと顔を上げる。

 優しい、母と同じ双眸。一番母に似た人。




「青白宮の叔父上?」






 幼い頃、よく遊びに行っていた。

 少し離れた屋敷に住んだ、母の兄。

 彼は母と同じ白炎使いで宗主の候補者であったが、母が宗主になったため宗主にならなかった。


 母に一番雰囲気の似た優しい人で、両親が忙しく寂しがるに頻繁に構ってくれたものだった。




「なん、で・・・」




 くしゃりとは表情を歪めて、駆け寄る。




「どうしてっ」





 の蝶が、静かに鎖を溶かし、全ての術から彼を解放する。

 男の子の人形がぐらりと倒れた。

 大きく息を吐いた彼は、母と同じ優しい笑みをに向ける。




、」




 懐かしい、しかし怪我のせいで掠れた声に名を呼ばれ、血で汚れるのも構わず、崩れる彼の躯を
支える。





「おじっ、うえ、」

「大蛇丸に捕まっていたんだ。」





 ごめんね、と青白宮は笑う。


 サスケはその姿に驚いた。

 穏やかさを見せてはいるが、青白宮の傷は深い。

 と同じで術を解いてしまえば治りが早いとはいえ、命さえ危ぶまれる怪我で、彼にはまだ姪御
に心配させるまいと笑いかける気力があるのだ。


 サスケはと共に彼を支えた。

 青白宮は細身の躯を何とか自分の足で支えて、を見下ろす。


 彼の中にあるのは、小さな、3歳のだ。

 それが、いつの間にか、こんなに大きくなった。





「大きくなったね。。ごめんね、守れなくて、辛い思いをさせて、」




 ひたすら、青白宮はに謝る。

 はふるふると首を振った。




「ぅ、・・・だって、一族、が、滅びたの、わたしのせいっ、で、おじうえ、は。」




 被害者だ。

 一族が滅びなければ大蛇丸に捕まることもなかった。

 全部自分のせいだ。


 自虐的なの言葉に青白宮は僅かに目を見張り、尋ねる。





「誰がそんなことを、」

「ひっ、だって、」





 俯くをサスケはそっと抱きしめる。

 碧聖に、聞かされた事実。

 は今までイタチの庇護下で何も知らされず、知ろうともせずここまで来たため、傷ついたこと
が少ない。


 だから素直に傷を受け入れてしまう。

 素直なだけに、は深く深く、自分のせいだと沈んでしまう。




「ねぇ、、」





 青白宮はの前に膝をつき、低い背のの表情を下から伺う。

 そしてそっとの頭を撫でた。





「過去はね、変えられないよ。」





 どんなに嘆いても、悲しんでも、過去は変わらない。


 青白宮も嘆いた。

 どうすれば宗主を守れたのか、どうして守れなかったのか、たくさん悔やんで、でも戻ってこな
い。

 自分が後悔に身を刻んでも、何も戻ってこない。





、今が大切なんだよ。だから、ありがとう。僕を助けてくれて。」

「でっ、も」

「ここまで来て、この扉を開いて、助けてくれた。だから、ありがとう。」

「おじ、うえ、」

「僕は、成長した君をみれて、もの凄く嬉しい。」




 だから、生きていてくれて、ありがとう。

 青白宮はの涙に濡れた頬を手で包む。




 ―――――――せいのじーうえ




 まだまく発音できなくて、祖父みたいに聞こえると笑っていたくらいまだ幼かった彼女が、ここ
に生きている。


 あの酷い戦乱を乗り越えて、辛いものをたくさん見ながら、それでも生きている。

 それはきっと様々な人に守られてきたからだ。





「君にも、ありがとう。をここまで連れてきてくれて、」




 そっと青白宮は、サスケに手を伸ばす。


 傷だらけの大きな手、

 優しいその手は、酷く柔らかに、慎重にサスケの頭を撫でる。





「君がいてくれて、良かった。」




 強い強い、言葉。


 その言葉は、かつて奇しくもサスケが欲した言葉だった。

 

手に入らない過去と、手に入る未来と、 

( 失ってしまった物は戻らないけれど 僕たちには今がある )