麓まで行けば宿がある。

 そこでサスケ達は何日か休むことになった。





「アンタのおじさんねぇ。」





 の隣から青白宮をまじまじと見つめるのは、香燐だ。

 チャクラを取り戻し、傷がほとんど治った彼はすらりと背が高く、銀色の髪と蒼い瞳の綺麗な色
白の男だった。


 結構美男子と言えるだろう。

 年はもう30を優に超していると言うが、20代にしか見えない。

 容姿はとあまり似ていない。

 しかし、と彼は雰囲気と、出された茶を丁寧に両手で抱えて正座して飲むところが、そっくり
だ。

 手の置き方、礼儀作法。よく似ている。





「これで強いのかぁ、あり得ない。」






 大蛇丸に捕まったとはいえ、炎一族の宗主候補でもあった青白宮を水月をぼんやりと見る。

 ただの人の良いお兄さんにしか見えない。

 その見解はサスケも同じだった。





「さぁて、。買い物に行くぞ。」





 会話に興味がない香燐がすっと立ち上がり、の手を引っ張る。





「え、どうして?」

「おまえ、服とかどうしてるんだよ。」

「え?適当に使い回し・・・・?」






 は興味がないのか首を傾げ、適当な答えを返す。






「ウチら、買い物行ってくるから、」





 香燐は半ば強引にを立たせ、つれて行く。

 もまんざらではないのか、強引な香燐におとなしくついて行く。

 否、元々押しに弱いからかもしれない。


 香燐は最近、によく世話を焼く。

 どうやらの境遇を知り、何かしら自分の境遇と重ね合わせ、親近感を持ったらしい。


 炎一族の一件が終わってから数日たったが、頻繁にを買い物やらなんやらに連れ出している。

 サスケとしてもに世話を焼きたくても同性ではないので、突っ込み辛い部分もある。

 香燐が面倒を見てくれるというなら幸いだ。






「ねー、良いの?」

「何がだ、水月。」

「カリンに変に洗脳されたら困らない?」






 一体何を心配してるのか。

 水月は香燐とが仲良くすることに反対のようだ。


 香燐がいらないことを素直なに吹き込みやしないかと心配しているのだ。

 まともな心配だが、もし吹き込まれれば、訂正すればいい。


 サスケは楽観的に考えていた。






「上着は?」

「上着?」

「今日は涼しい、」






 サスケが声をかけると、はよくわからないと言う顔をしたが、香燐がさっさとの上着を取り
に行き、に着せる。


 着物にフードをつけたような上着は漆黒で、蝶の模様が描いてある。

 イタチが仕立てた物らしい。

 は服に頓着がなく、そのため破れても着るような性格の持ち主だった。

 そして、自分で服を購入する気もないし、下手すれば自分で着れない服を持っていることもたび
たびあった。




「気をつけて行けよ。何かあれば香燐に叫べ。」

「うん。香燐強いもんね。」




 はガッツポーズをする。

 先日、はぐれたが、男にたかられたらしい。

 困ったはあたふたしていたそうだが、香燐が相手を一発KO。事なきを得た。




「はぐれるのだけはやめてくれよ。」

「うん。香燐ちゃんにちゃんとついてくよ。」

「返事は良いけど気付ばいないのよな、アンタ、」




 香燐が腕組みをしてため息をつく。




「ねー、ボクも行くよ。」

「え、水月もついて行くの?」

「心配だし、じっとしてても仕方ないからさ。」




 お嬢を襲ってきた奴を殺しちゃおう。

 水月は物騒なことを言って、大きな刀をぶんぶんと振り回す。




「叔父上、いってきます。」




 水月に戸惑いながらも、はニコニコと笑って、手を振った。

 青白宮も笑って手を振り返す。

 なんだか二人の雰囲気はよく似ていた。


 と香燐が出て行くと、部屋が静かになる。




「まさか、驚いたな。」




 窓辺にいた青白宮は、サスケを上から下まで観察しながらそう言った。





「何がだ。」




 サスケはその視線に不快感を覚えながら、彼に向き直る。






「うちはだから、かな。風の噂で、イタチや君のことを聞いたよ。」





 彼は小首を傾げて笑った。


 その姿が、無邪気な笑顔がとよく似ている。

 は嫌いではないが、彼は好きではない。


 それがサスケの素直な意見だった。





「俺はね。あの日、諦めたんだ。」




 青白宮は笑う。





「炎一族が滅びたあの日、妹にね、を頼むと何度も言われたのに、一族の灰になった姿を見て、
全てを諦めた。」





 を宗主として担ぎ、炎一族の末裔を集めれば、どこかで里を開けたかもしれない。

 少なくとも、多くの犠牲者を出さなくてもすんだだろう。

 に辛い思いをさせずにすんだだろう。


 でも、絶望した自分に、選択は全て見えなかった。


 全てが、闇に見えた。

 なくしていなかった光が、見えなかった。

 大蛇丸に捕まったのは、どうでも良いと思ったからだ。

 全てを諦めたから。




「きっと俺も、裏切り者に変わりないよ。」





 に会う勇気も、見せる顔もなかった。

 けれど、青白宮に小さな力を与えた男の子が言った。




 ――――――貴方はただ、怖いだけ でしょ





 会って裏切り者と罵られるのが怖いだけだ。


 だが、それが事実だというのなら、それを受け入れることこそが、罰だ。

 貴方の罰は、自分の力で彼女に相対することである、


 男の子は幼い声音でそう言った。





「俺は、不知火に行くよ。」




 青白宮は青い空を見上げる。

 何年もの間、眺めることのなかった青い空は目に眩しい。





が許してくれるから、精一杯、戦おうと思う。今度は諦めずに、不知火を守ろうと思うよ。」

「不知火へ?」

「あぁ、暁に行っても仕方がないからね。」





 里を潰した木の葉は憎い。


 出来ることならば、里の上層部をこの手で殺したいとは思う。

 青白宮が大切にした物をすべて潰したのは、里だ。

 でも、世界が壊れて良いとは思わない。

 が自分に未来を望むなら、暁の理想と共にあることはできない。


 未来は、不知火にある。




「君には、言っておかないといけないことが二つある。」




 改めて、真剣な顔で青白宮はサスケを見る。




「一つは、不知火だ。」 




 商業都市不知火。

 炎一族のかつての領地の一つであり、一度は炎一族の滅亡と共に衰退したが、統治者の血筋が戻
り、現在は交通の要衝として栄える街。




「不知火の宗主は白炎使いだ。しかし白炎使いは元々一系統にしか受け継がれない力。だから俺は
種がない。」





 例え、一代に二人の白炎使いが生まれたとしても、どちらかは白炎使いを作ることが出来ない。


 未来を紡げない。

 蒼雪宗主が青白宮より年下で女であるにも関わらず宗主となったのは、彼女が白炎使いである
を生んだからだ。

 彼女が白炎使いの子どもを産んだと言うことは、同じ世代の青白宮の子どもには百%白炎使いは
いない。

 青白宮が宗主となっても未来がないのだ。

 だから、青白宮は宗主になれなかった。


 サスケは青白宮の話に目を丸くする。






「賢い君ならば意味がわかるだろう。蒼雪の子どもは一人だ。それ以上いない。ならば、不知火の
宗主が誰であるか、自動的に想像がつくはずだ。」

「まさか、は一体いくつだ・・・」

「容姿は、幼いかもしれないけれど、炎一族は肉体的には早熟だよ。11歳で子どもを生んだ例もあ
る。は九尾事件の前々年に生まれてる。俺が何年閉じ込められてたかわかんないから、いくつ
だろ?」





 青白宮にもよくわからないのか、首を傾げ、頭をかいている。



 しかしサスケは九尾事件の年に生まれた。

 は少なくともサスケより一つ、ないしは二つ年上と言うことになる。


 そして自動的に不知火の宗主の父は・・・・




「木の葉の上層部は今は気付かずとも、後々そのことに気付くだろう。とイタチの関係は有名な
んだ。」

「どうしては、兄貴が死んでから不知火の宗主とともにいなかったんだ。」

「いられないよ。木の葉の上層部が不知火の宗主の素性に気付くのは、遅ければ遅いほど良いから
ね。あまり近づくことは出来なかっただろう。」





 愛おしくともひとり不知火に行き、抱きしめることすら許されない。

 守るためには傍にいることすら許されない。


 イタチの死とともに、その事実はにどれ程の絶望を与えただろう。





は、・・・・」

にはおそらく、イタチだけだっただろう。本当に彼を愛しただろう。あれほど力を憎む子だ。
きっと。」




 大切にし、大切にされていたに違いない。



 だからこそ、は忌むべき自らを、イタチの血を残すという選択をした。

 全てを失い、木の葉に幽閉され、持ちうるものをすべてを奪われたに手をさしのべたのは、イ
タチだけだった。


 青白宮ですら絶望を感じた世界に、幼いは一人取り残され、その中で彼女を見いだしたのはイ
タチだけだった。

 が死を願うほど、イタチへの想いは深い。




「死から、をつなぎ止めてくれたのは君だ。だから、知っておいて欲しいと思ったんだ。」




 一度はがイタチと共に生き、未来を願い、命を孕んだこと。

 そして、それを自ら育てることが出来なかったと言うこと。




「不知火の宗主様はね、木の葉の上層部と、そして、マダラの首を狙ってる。」




 青白宮はふっと淡く笑って、サスケを見る。

 うちはの創始者といっても過言ではないマダラ。




「マダラを知っているのか?」

「・・・・不知火の宗主が、言っていたよ。」





 不知火の宗主は、青白宮を利用しに来ただけだ。

 幼いあの少年は、青白宮を必要とした上で、青白宮が自分自身に区切りがつけられるように、
と向き合う機会を設けた。

 自分に仕えるなら、新たな気持ちで来いと言うことだ。


 扉の向こうの少年を、見たことはない。

 だが、おそらく強い。かなり強い未来だ。




「まだ子どもだよ。でも、野心家でね。残っていたらマダラを喰うと宣言した。」

「マダラを?」

「まぁ、イタチを殺したのはマダラみたいなもんと見えたんだろう。あの子はイタチの結末を
上に正確に把握している。その原因を作ったマダラを許しはしない。」

「まだ3歳くらいのガキだろう?」





 の年齢から考えれば、どう計算しても数歳だ。

 そんな子どもに何が出来る。

 サスケは鼻で笑うが、青白宮は真剣な顔のままだ。




「炎一族は本来、早熟なんだ。はチャクラを制御された部屋で幼い頃を過ごしていたからあの容
姿だが、本来は人間よりも3,4歳ほど成長は早いはずだ。」

「だからそのガキがマダラを狩りに行くとでも言いたいのか?」

「賢い子だから、今はしないけど、数年後にはね。今なら相打ちだ。あの子は100%勝てるゲー
ムしかしない。」




 イタチの整えた不知火を守ると言う信念を持つ不知火の宗主が、不知火と関係のないことで賭に
出ることはしない。

 だから、待っている。

 自分の実力が整うのを。

 そして、絶対的な力を持って自らが望む、父親の仇を討つために。




「木の葉の上層部を殺せば、は不知火の宗主と共にいられるのか?」





 サスケは寂しそうな顔で笑う青白宮に尋ねる。

 彼は、少し驚いた顔をしたが、考えるそぶりを見せた。




「どうなんだろうね。」

「・・・どうせ俺は木の葉の上層部もマダラも食う気でいる。だから別に不知火の宗主が狙っていたと
しても意味はないさ。」




 イタチを奪った木の葉の上層部も、マダラも許しはしない。

 その気持ちは不知火の宗主と同じ物だ。


 サスケは一族と、両親と、兄との未来を奪われた。

 不知火の宗主はイタチと、母親であった、二人とともにあるはずだった未来を奪われた。


 憎む気持ちはおそらく、




「彼の手は、汚させない。」




 過去の遺物は、自分が片付けよう

 新たな未来である彼は、綺麗なままでイタチの残した不知火を守ればいい。


 サスケは手を握りしめ、ふっと笑う。

 優しい兄の顔を思い出す。

 すべてを捨てて、自分を守ってくれたイタチが、残した物が不知火にある。


 まだ、未来が残っている。

 そう考えれば、少しだけ心が軽い。




「不知火の宗主に伝えろ。俺はと共にいる。」





 イタチが残したと共に、サスケはあり続ける。

 未来と共にいることも、未来を歩むことも出来なかったは、過去を引きずり、復讐を誓う自分
が連れて行く。

 だから、彼は前を向いていて欲しい。




「わかった。」




 青白宮はだいたい察したのか、何も問わずに頷いた。


 窓の外の空は青く、ただ白い雲が流れる。

 天気が良い。明日も晴れるだろう。





が生まれたのも、とてもよく晴れた日だったんだよ。」






 誰に言うでもなく、青白宮は呟く。

 その目には、かつての日が映っているのだろうか。

 祝福され、一族から必要とされて生まれた命。


 それがたった十数年で様変わりして、疎まれ、は自分自身でもその力を嫌っている。

 失ってしまった物が多すぎて、優しかった記憶は遠ざかっていく。


 それでも、覚えている。 

 せめて記憶だけでもなくしたいと思う。



「そうか、」




 サスケも青い空を見上げる。

 柔らかで澄んだ青は、遠い日と変わらず、サスケを静かに見下ろしていた。







 空 ( 何が変わっても 変わらないもの )