( 聞きたくても聞けないことがある 怖くて 聞けないことがある )
しあわせですか
が人の多い場所を嫌うと言うことを知ったのは、つい最近だった。
あまり大きな街と言うところに行ったことがないは、最初香燐がともに街に買い物などに出て
くれるのを歓迎していたが、それも最初の数回で徐々に嫌がるようになった。
しまいには先日とうとう何故か町中で座り込んでしまい、あげく気絶して困り顔の水月に抱えら
れて帰ってきた。
押しに弱いため香燐の押しに負けて渋々出かけていたが、精神的負担が大きかったらしい。
なにぶん、図太そうに見えて非常に繊細なところのあるだ。
精神的には弱い。
サスケは静かに青白い顔で眠っているを見下ろしたが、くるりと香燐を振り返る。
「香燐、の意見も聞け。」
うむ言わさぬ香燐の行動が優柔不断なが踏み出す一歩になる時もあるが、弊害もある。
意に沿わぬことでも反論の仕方を知らぬは押されたまま頷く。
それはの大きな問題でもあるし、一概に香燐が悪いとは思わないが、自覚は持っておいてもら
わないと困る。
「だって何も言わないし。」
ぶすっとして、香燐は反論する。
けれど、が倒れたことは香燐にも驚きだったらしく、その反論にいつも水月に返す時のような
力はなかった。
香燐は自分の境遇との境遇に通じるべきところを感じたのか、をやり方を間違っている時も
あるがかわいがっている。
年齢的には実はの方が香燐よりも年上なのだが、香燐にとっては妹のような物のようだ。
だからサスケには香燐に悪気はなく、比較的室内派で放っておいたら一日中でも座り込んでいる
をよかれと思って連れ出したことであることは、わかっていた。
は自己主張のまったくない女だ。
お腹がすいても言わないし、困ってもみんなそんなものと思っている。
それがいつもと違う事態だ、人と違う事態だと理解することが出来ない。
当然相談すると言うことも知らない。
おそらく、問題なく全てを与えられ、そして全てを持っていなかったため、それ以上を望む術を
教えられなかったのだろう。
多少深読みであっても、誰かが気付いてやらなければ自分で言うことを知らない。
幼い頃から知っているイタチであれば言わずともの変化に気付いたのかも知れないが、そのイ
タチは今いない。
もしも何かを不快だと感じたとしても、どういえば良いか、遠慮もあるだろうし、は言い方も
知らないから、大方問題が大きくなるまで放置する。
香燐がが不快に思っていることを気付かなくても、不思議ではなかった。
「もう少し自分ではっきり言ってくれたら良いんだがな。」
サスケは腕組みをして相変わらず眠っているを見下ろす。
幼げな面立ちだがサスケよりも二つ年上の彼女は、見た目通り幼く非常に危うい。
研究所の件の時、サスケが生きろと、必要としてやると言ったから、自ら死ぬようなまねはしな
いし、戸惑いながらも懸命に頑張っている。
共に寄り添うと決めた。
イタチが残したを守るのは当然だが、一緒に生きるだけでなく、守る者と守られる者という一
方的な関係でなく、一緒に歩み、一緒に痛みを分け合おうと、
傷の舐めあいでしかない関係。
サスケも縋るものが欲しかった、も同じだ。
痛みを分け合うのに都合の良い相手だったと言ってしまえばそれまでだが、一応他者よりも深い
繋がりを保っているように思う。
の白く細い首筋が静かに上下して、生きていることを感じさせる。
生きて、隣にいる。
だが、決定的に何かが足りないのかも知れない。
は望むことを知らない。
サスケは、知っている。
浅はかで、最悪な願いを自分が抱き始めていることを、知っている。
イタチをから奪ったサスケが望むことは出来ない願いを、サスケは自分で諦めきれていないこ
とを知っている。
自分は、のことを・・・
「ぅ・・・?」
小さくうめいたが寝返りを打って、それからぱちりと目を開ける。
身を起こすと、サスケを眠たそうな焦点の定まらない目でぼんやりと見た。
「あれ?サスケ?」
のんびりと首を傾げるから、誰もがため息をついた。
「おまえ、町中で倒れたそうじゃないか。」
「え、あれ?」
いまいち覚えていないらしいはうーんと考えて、ぱっと顔を上げる。
思い出したらしい。
「そういえば、・・・・」
「何か嫌だったのか?」
サスケはオブラートに包むことなくはっきりと尋ねる。
は途端おどおどして香燐や水月を見てから、口を開いたり閉じたりしたが、結局穏便にことを
運ぶための言葉が見つからなかったのか口を噤んでしまった。
このままでは言い出さないだろうと考えたサスケは目で香燐と水月に部屋を出るように促す。
二人もそれを理解して、退出する。
「で、何が嫌だった」
二人の気配が消えて、サスケはもう一度尋ねた。
は胸元で自分の手を握りしめ、じっとその手を見ている。
「、あのな。言わないとわからない。俺は察しは良い方だが、心が読める訳じゃない。」
「・・・・・」
「気持ちが説明できないなら、何を見て、何を思って気絶したんだ。それだけでも説明しろ。」
命令口調だが、出来る限り優しい声音を心がける。
しかし、はますます俯くだけだ。
どういうふうに尋ねればは俯かないのだろう。
サスケは自分でも気付かぬうちに大きなため息を吐いていた。
「わたし、何か変なの?」
が意を決したようにぐっと手を握りしめて尋ねる。
変、
言われて見れば年齢の割に幼いところや、一般常識のないところは変だが、性格的には香燐の方
がどう考えても難があるし、忍として言うならば水月など水になる。
差し引きすればは見た目も普通だ。一般人と比べて遜色ない。
改めてを見てみても、何も思い浮かばない。
サスケはその意味が一瞬よくわからず、首を傾げた。
意図することを理解できず訝しむと、は慌てて「何でもない。」とまた俯いてしまった。
ここまで言って、何でもないはないだろう。
「どこのどの辺が変なんだ?」
「・・・・だって、街に行くと、みんなこっち見てくるんだもん。・・・・・怖かった、から。」
そう言えば最近、はフードのある着物を着ることが多くなった。
サスケは人の服に興味はないが、彼女の着物を着付けているのはサスケだ。
人の服などサスケも適当だし、当初も自分の持っている中から適当に取りだしている程度だっ
たが、言われて見ると最近は「これを着せて、」と訴えることが多かった。
サスケはそれを最初は言いにくくて遠慮していて、遠慮がなくなってきたのかと思っていたが、
違ったようだ。
の髪の色は非常に珍しい。
黒ではない、深い青色に近い紺色。
嫌な意味ではなく、ただ珍しいのだ。
そう言う意味で、街で振り返ってを見る人間はたくさんいたはずだし、サスケも暇なら振り返
っただろう。
別段そこに悪意はない、ただの興味だろうが、多くの人とふれあったことのないには珍しいと
希少さからくる好奇心が、化け物と自分を罵る人々と、重なって見えたのだ。
フードをかぶるようになったのは、人の目が気になったから、出来る限り目立たずにいたかった
と言うことだろう。
いざ何かされた時に守ってくれる人もいないし、自分に自信もないから、非常に怖いのだ。
「なるほどな。」
納得して、サスケは頷く。
「あまり人の多いところにはつれて行くなと、香燐には俺から言っておく。」
「で、でもっ、香燐ちゃんとでかけるのが嫌なんじゃないのっ!とても、楽しくてっ、」
がなかなか嫌だと言わなかった原因は、そこにあるようだ。
街に出かけるのは怖い、けれど香燐と出かけるのは嫌じゃない。
相反する二つの感情が、に負担をかけた。
「それも言っておこう。」
素直なに苦笑して、サスケはの寝乱れた髪の毛を撫でる。
かつてあった時よりも短く、肩を覆う程になってしまった紺色の髪。
同じ髪を持つ彼女の父親であった斎は、弟子のイタチが、そしてその弟であるサスケが、幽閉さ
れていた幼い娘と、これほど深い関わりを持つことを、予想していただろうか。
改めてを見ると、申し訳なさそうに視線を下げていた。
「そんなに項垂れるな。別におまえが気に病むことじゃない。誰でも苦手なことはある。」
「・・・・うん。」
「歯切れの悪い返事だな。」
から体を離して、サスケは障子を開ける。
白い紙切れ一枚に遮られていた空を見るように、硝子の窓を開けると、涼しい風が部屋の中に入
ってきた。
今日は少し風があるが、それでも見上げる空はいっそ忌ま忌ましさを忘れ、清々しいほど晴れて
いる。
眩しいほどの、青。
新たな風に、自分たちは何を見るのだろう。
サスケは静かに空を見上げるべく、窓辺に腰をかけた。