尾獣の処理は難解極める。
一律同じ能力を持っているわけではないし、どの尾獣も莫大なチャクラを保有する。
暁が尾獣を集めており、サスケも木の葉の里を潰すために協力すると言うから、は尾獣につい
ての勉強をしていた。
サスケと一緒に歩むと決めた限りは最大限努力をしようと思ったからだ。
ところが、尾獣というやつはどこの里でも機密扱いで、資料が少ない。
巻物を奪うのは透先眼を持ち、ありとあらゆる現在の情景をのぞき見ることの出来るには容易
いことだったが、暗号化されている物を解読するだけの知識はなかった。
古文書や他国の言葉だったらイタチに学んだため読めるというのに、暗号だけははめっきり苦
手だった。
なぜなら知識と応用が必要になる。
知識が乏しく、丸覚えするだけが特技のに応用などできるはずもなく、巻物を入手したは良い
が、完全に行き詰まっていた。
「・・・・・・・うーー?」
記号なのか文字なのかよくわからない羅列をは睨む。
あぅ?と大きな犬神が不思議そうに巻物をのぞき込んでくる。
「わかる?」
父親の代から仕えるという犬神は巨大な口元を引き締めて唸り、大きな漆黒の瞳をくるくるさせ
たが、首を振った。
賢いが、やはり駄目らしい。
は白い毛並みに抱きついて顔を埋める。
調子に乗って犬の首に手を回してぶら下がろうとすると、しっかり腕を回す前に苔にまみれた幹
に足下をすくわれた。
「ふえ?」
は間抜けな声をあげて幹に尻餅をつくが、手に持っていた巻物が下に落ちていく。
この辺は鬱蒼とした樹海が広がり、出られなくて死ぬ人もいるくらいだからはぐれるなと、最初
にサスケに注意された。
気付かぬうちに木の高い場所を走っていたらしく、巻物が落ちていく様を見ながら、その高さに
はぞっとする。
落ちていたら上手に着地できた自信がない。
良かったと安堵した。
「何やってるんだ。」
いつの間にか、あきれ顔のサスケが落としたはずの巻物を持っての隣に着地する。
忍のくせに無様に尻餅をついたを見ていたようだ。
先ほど水をくみに行くと少し出かけたはずなのに、もう帰ってきたらしい。
今日は近くの街に買い出しに行く。
もちろんサスケは抜け忍でおおっぴらに行動は出来ないが、誰かが食料の調達や買い物に行かな
ければならない。
日頃は水月や香燐が行くのだが、今日は珍しくサスケが行くと言いだし、街が怖くて行きたくな
いと唸るを連れ出した。
サスケは強いし、サスケの隣にいると決めた限り、怖かろうがひとまずついて行くべきだ。
そう思って、怯えながらも街へ出るために森を突き進んでいた。
サスケは巻物を持ったままの答えを待つ。
「お勉強してたのっ、」
かえして、と手を伸ばすと、サスケは勝手に巻物を開いて、文字の羅列を確認してから不思議そ
うにを見た。
「おまえ、これが読めるのか?」
もの凄く意外そうな顔で尋ねられる。
「いや、読めないけど・・・・」
「だろうな。」
サスケはフンと、鼻で笑って巻物の文字を興味ありげに読む。
どうやら彼は読めているらしい。
巻物の意味を理解するうちに、どんどんサスケの表情が険しくなった。
「こんな巻物いったいどうしたんだ。尾獣の調査書だぞ。」
尾獣はどこの里でも最高機密である。
がそんな物を持っているのはおかしいので、聞かれるのは当然のことだ。
「あ、あのね。この間忍の人が持ってたよ。しばらく気絶してもらって、映させてもらったの。わ
たし、記憶力は良いから、一度ぱっと見れば全部記憶できるから。」
「・・・・読めないのにか。」
「うーん。なんて言うのかな。景色として記憶するみたいな?」
景色として、あそこに棒があった、こんな形だったというように、意味がわからなくても、こん
な形の文字だったというのを、は詳細に記憶できる。
それを丸写しすれば、複写のできあがりだ。
特技と言えば特技なのかも知れない。
「案外賢いのか?」
サスケは小首を傾げ、真顔で尋ねる。
「それ、ひどいよ。わたし、ちゃんと読み書きできるもん。」
傭兵のような忍の中には読み書きの出来ない者もたくさんいる。
それに比べたらは文字どころか古文書も読めるし、他の者よりは出来ていると思う。
は頬を膨らまして反論し、犬神に寄りかかる。
「ねー、」
賛同を求めると、くぅんと鳴く。
「ほら、」
賛同を受け、は少しばかり強気でサスケにくってかかる。
理解しているのかいないのかわからない犬に賛同されて、なんの心の支えになるのか。
サスケは思わず意地悪く笑ってしまった。
「おまえ、馬鹿だろ。」
「違うよっ、失礼な。じゃあサスケは古文書が読めるの?」
「読めないけど、俺は暗号は解けるからな。」
ひらひらと巻物をこれ見よがしに見せる。
すると、は渋い顔をした。
「難しいんだもん。」
「・・・・まぁ否定はしないがな。」
巻物の暗号は一級品であり、サスケも電信の知識がなければ解けなかっただろう。
暗号は己の幅広い知識とそれを用いる応用力にかかっている。
例え難しい知識を一部分だけ知っていても一般常識がなければ解けないし、応用力も重要だ。
がそのすべてを持っているとは思えない。
「そんなもん読んでいる暇があったら一般常識の本を読んだらどうだ?」
「違うよ。暁が尾獣を集めてるからちゃんと勉強しようと思ったの!!」
「なぜ?」
「だって・・・サスケはちゃんと知ってるでしょ?わたしもちゃんと知らなくちゃ。」
同じ物を見よう、同じ道を生きよう。
そう思うなら、サスケが見る物を、も一緒に見なければならない。
真面目にそう思っているの反論にサスケは酷く驚いた顔をしたが、ふっと笑う。
「そうか。なるほどな。」
納得は出来た。
はで頑張っている。
サスケを知ろうと、回りのことを知ろうと、真摯に向き合おうと、努力している。
それは後ろ向きにイタチばかりを思い、死を願っていたにしては大進歩だ。
「教えてやろうか。」
「え?」
珍しく素直に尋ねると、はきょとんとした顔をして目を丸くする。
「読めないんじゃないのか?」
「簡単なのはわかるよ。イタチに教えてもらったもん。難しいのがわからないだけ。」
馬鹿だと言われたと勘違いしたのだろう。
どうやらの機嫌を頗るそこねたらしい。
子供っぽいふくれっ面ではサスケに背を向ける。
は、結構真剣にこちらにくってかかってくる。
その姿が、昔木の葉にいたまっすぐな青い瞳の少年に重なる。
無邪気な、人を信じる瞳。
肩より少し長い紺色の髪が、木の葉の隙間から差し込む光に反射して青く翻る。
空にかざされる白い手が、幼い頃の自分を想わせる。
兄を追っていた、遠い日。
儚げな後ろ姿、緋色の帯がひらりと舞う。
サスケは、その細い体に手を伸ばしていた。
「わっ、」
が小さな悲鳴を上げる。
いつの間にか、サスケは彼女を後ろから抱きしめていた。
腕の中に柔らかな温もりをくれる小さな躯が確かにある。
失った物を取り戻せるわけではないけれど、サスケに確かな存在を感じさせてくれる。
「サスケ、くるしっ、」
きつく抱きしめすぎたせいか、が苦しそうに振り返る。
寄せられた眉間が皺を描いている。
行動すればちゃんを感情を返し、笑ったり、悲しんだりしてくれる人間が傍にいる。
それは、どれ程かけがえのないことで、
どれ程、愛おしいのか。
狂って、いく。
「好きだ、」
めいっぱいその細い躯を抱きしめ、ふっくらした唇に、そっと自分のそれを重ねる。
拒まれても良い。
僅かでも自分を想っていてくれるなら、拒まれても、
世界から隔離する接吻