ぱちぱちと炎のはじける音が響く。

 洞窟の闇は赤い光に照らされ、影だけが揺れる。

 水月や香燐は、寝ているらしい。



 サスケも目を閉じている。

 木の葉が風に揺れる音以外何もない、静かな夜だ。

 は立ち上がって、洞窟の外へと足を運んだ。



 きらきらと漆黒の空に星が瞬く。



 青白宮が不知火に立つとすぐに、サスケ達も尾獣を狩るために出発した。

 青白宮は最後までを心配していたが、大丈夫だと笑うと、困ったような顔をしていた。

 懐かしさはあったし、離れがたいとも思ったが、彼を本当に必要としているのはではない。


 だから、何よりも一族の繁栄を願っていた人だから、彼には一族の未来とともに歩んで欲しいと
思った。




「綺麗だなぁ。」




 いくつか流れる星を見上げて、は呟く。

 洞窟の前に座って、じっくりと空を見ると、天の川が見えた。


 空は遠い日と同じ。


 かつて、一緒に見上げたイタチはそこにいない。

 この身を八つ裂きにしてしまいたいほどの自分に対する憎しみはいつの間にか少しだけ薄れて、
もの悲しいが愛おしい思い出だけがの心を支配する。



 やはり、イタチのことを思い出すと涙が溢れる。

 優しい笑顔も、触れてくれる手も、与えてくれた愛情も、共に過ごした日々はの躯に染みつい
て、抜けてくれない。

 忘れたくない。

 徐々に彼が過去のことになってしまうのが、寂しくてたまらない。


 でも、今はそれを抱えて、前を向いて生きていこうと思う。

 イタチが死んで、世界なんてどうでも良いって思った。

 死だけを求めていた。




『死なないでくれ、』




 そんなに、サスケは生きて欲しいと言った。

 死なないでと、抱きしめてくれた。

 一緒に歩こうと言ってくれたけれど、それがどういうことなのかにはよくわからない。


 はマダラを疎ましくは思っているが、木の葉の上層部を憎んでいるわけではない。

 憎しみを知るには、は幼い時にあまりにたくさんの物を失いすぎた。

 悲しみに満たされることは知っているけれど、そこに憎しみのように他者を踏みつける激しさが
ない。


 サスケの考えが正しいのか、間違っているのか、わからない。

 そして、にはわからないからこそ、正否を問うことは、物を知らないには出来ない。


 けれど、サスケと共にあることは出来る。共に歩くことは出来る。

 彼のために、彼だけでなく自分も強くなることは出来る。

 そして、その過程こそが、今のに一番必要なことだ。


 頼る時だってある。

 でも一方が庇護するのではなく、依存するのではなく、お互いに助け合えるようになりたい。

 サスケの後ろで隠れていないで、隣に並べるように。



 そのために努力することは、サスケのやろうとしていることとは関係ない。

 はまだスタートラインにすらたてていないのだろう。




「少しだけ、強く、なれるかな。」




 イタチのように、誰かを守れるように。

 いつも守られてばかりだった

 でも、も、誰かを守れるようになるのかもしれない。

 なりたいと思う。


 今度こそ大切な人を失わずにすむように。

 愛おしい人の力になってあげられるように。




 ぽたりと、紺色の瞳から涙がこぼれ落ちる。

 胸は痛む。



 ずっとずっと、いろいろな物を抱えていたイタチを、わかってあげられることが出来なかった。

 一緒に戦うことは出来なかった。

 この傷は、想いは、きっと何があってもを苛み続ける傷だが、意味のない傷ではない。


 深い傷を捨てようとは思わない。


 イタチの想いを否定しようとは思わない。

 彼の残してくれたこの命を背負って、自分が何を出来るのかはまだわからないし、死んでしまっ
た彼にしてあげられることはもうないけれど、今を生きる自分が変わっていくことは出来る。

 だから、今度は。


 炎の蝶が揺らいで、の肩を離れて闇の中を飛ぶ。

 ひらひらとした頼りない動作で飛んでいた蝶は、洞窟の中に入っていく。


 が首を傾げていると、蝶を肩にしたサスケが出てきた。




「ぁ、起こしちゃった?」




 は日頃口寄せの犬神に乗っているために大丈夫だが、昼間に走って移動しているので、サスケ
は疲れているだろう。

 水月や香燐などぐっすりだ。

 申し訳なくて俯くと、ぽんと慰めるように頭に手を置かれた。




「元々おまえが起きる前から起きてた。」




 慰めだろうか、それとも本当なのか。

 サスケは無表情のままの傍に座り、の見上げていた空を見上げる。




「泣いてたのか。」

「・・・」




 顔も見ずに問われて、は慌てて涙を拭く。

 涙はまだ止まっていなくて、袖を滑り落ちた涙はぽたりと地面に落ちて吸い込まれた。





「イタチを、思い出してたのか?」

「・・・・」

「答えたくないなら、聞かない。」

「・・・・・サスケは優しいね。」




 自分で聞いておいて気になるだろうに、あっさりと退いたサスケにそれで良いのかとは思わず
笑ってしまった。


 彼は強引なのか、優しいのかわからない時がある。

 隠し事はしないでほしいと言ったけれど、言えないことは、待つと約束してくれた。

 律儀に約束を守ってくれているのかもしれない。

 はやっと涙がとまって、淡く笑った。




「なんだか、これから頑張らなくちゃって思ったら、イタチを思い出しちゃったの。」




 素直に告げる。




「そうか、」




 素っ気ない答え、


 そこにどんな感情が介在するのかよく読み取れなくて、密かに隣をのぞき見ると、サスケもこち
らを見ていた。


 漆黒の瞳が、月の光を受けて青く光る。

 その瞳は深い穏やかさを映したイタチとは違う。

 闇と、鋭さ。

 静かな色合いの奥に秘められる激情。




「紺色、」




 ぽつり、サスケが呟く。




「え?」

「いや、髪の色も目の色も紺色なんだなと思ってな。」




 沈みゆく瞬間の空のように深い紺色の髪。

 肩までに切りそろえられたそれは、月に揺れると鈍く深い青色に輝く。


 目の色も同じだ。




「珍しい色なの?」

「そうだな。俺はおまえと同じ色の髪を持った奴を一度しか見たことがない。」

「んー、父上様も一緒に髪だったけどなぁ。」




 は人差し指を顎に当てて首を傾げる。

 の容姿は父そっくりだ。

 たくさんの人間と関わったことのないだが、確かにサスケに言われて考えてみると同じ髪の色
の人にあったことがない。




「父上様か、」




 意味ありげにサスケは息を吐いて、空を見上げたまま立ち上がる。




「おまえは母親が炎一族の宗主だったんだな。」

「うん。そして父上様は蒼っていう一族の純血の最終血統だった。」




 二人とも血継限界を持った一族出身の人だった。

 木の葉や火の国が出来る前からの古い家系であり、蒼一族は元々は予言を生業としていた古代に
おいては神とすら敬われた一族だったという。




「父親はもしかして木の葉の人間だったのか?」

「そうだよ。蒼斎って言って結構名の知れた・・・」

「斎?」




 サスケがの言葉を遮り、納得したように頷く。




「そうか、おまえ斎さんの娘なのか、」

「・・・知ってるの?」

「イタチの担当上忍で、何度か顔も見たことがある、」




 穏やかそうに笑う、優しげな人だった。

 優秀だと噂されていたが、担当上忍になるにはあまりに若そうだったので戯れに年齢を尋ねたら
二十歳を超していて驚いたため、かなり印象に残っている。 


 彼は、任務中にイタチを庇って死んだという。

 兄はそれからしばらくかなり沈んでいた。

 道理でイタチがにこだわったわけである。

 己を庇って死んだ担当上忍の娘であれば、会う機会も、代え難い想いもある。




「斎さんか、・・・」




 人の良さそうな、優しい彼の笑みを思い浮かべる。

 娘が幽閉され、彼はどれ程苦しんで、それでいて里を疑いながらも里を守ったんだろう。

 自分を撫でてくれた大きな優しい手は覚えているというのに、彼もまた、もういない。


 は、父の訃報を、どんな気持ちで聞いたのだろう。

 兄はどんな思いでの前に立ったのだろう。



 想像することは出来ても、もう永遠にわからない。


 思い出せば、なくした人に聞きたいことがたくさんある。

 それは、自分がたくさんのことを見落としてきたと言うこと。





「眉間に皺、」 




 突然、の手が近づいてきて、サスケの細い眉の間を人差し指でつく。




「なんだ、」




 少し不機嫌になって尋ねると、だめだよとが真剣な顔で言う。




「怖く見えるよ。」

「忍なんだ怖く見えた方が良いだろう。」

「そうなの?顔が怖いと何か役に立つの?」

「いや、・・・どうだろうな。」




 いらない敵にたかられずにすむかもしれないが、実際のところはどうなんだろう。

 襲われる時は強面でも襲われる。




「わかんないんだったら、怖くない方が良いよ。」





 笑いもせず大まじめにが言うから、サスケは思わず笑ってしまった。




「おまえ、くだらないことで一生懸命だな。」

「・・・・・嫌なこと言われてる気がする。」

「一応ほめてる。」




 意味のよくわからないは、サスケの言葉に素直にそうかと頷く。

 だから、ますますサスケは笑ってしまった。

 こうして、僅かでも笑って、過ごしていくことが出来るのだろうか。

 そう思えば、悲しみも、苦しみも意味があるように思える。




「そろそろ水月達のところに戻ろう。」




 彼らが起きれば変な邪推をされかねない。

 サスケは立ち上がり、に手をさしのべる。





「うん。」




 はそっと大きな手に、自分の白い手を重ねた。


 たくさん失ってしまった物がある。

 お互いに大切な物を失って、この場所に立っている。


 深い絶望も、必要とされない孤独も、互いに知っている。

 今は同じ傷を持つ者同士の、慰め合いかもしれない。

 けれどそれが大きな絆となることを、サスケはどこかで望んでいた。



 





 一人ではないと思いたいから