サスケはの世話を焼くようになっていた。
着物を着れば襟のあわせが悪くてすぐに乱れるし、帯もきつく締められない。
腰紐も止まってはいるが、ぐちゃぐちゃで、本当に慰め程度で、暴れないから紐が解けないだけ
で、普通なら脱げているレベルだ。
肩までになっている紺色の髪は梳かなくてもそこそこ綺麗だが、自分では全くとかない。
サスケは当初、に細々とした小言を投げかけていたが、すぐにがそれについていけないこと
を理解したのか、自分がするようになった。
「なんて言うか、親と子だねぇ。」
水月は櫛を持っての髪を梳くサスケに苦笑する。
髪くらい自分でとくことを教えようとしたが、うまく手が櫛を持ったまま頭の後ろに回らないら
しく、何度やっても櫛を落とすので、結局サスケはあきらめた。
イタチといた頃もどうやらイタチがやっていたらしい。
「みすぼらしいと目障りだろう。」
サスケは悪びれもなくはっきりと水月に答える。
何事もきちんとしていたいサスケにとって、彼女の行動は予想以上に気になるのだ。
は気にした様子もなく、膝の上に本を広げている。
古文書のように見たこともないような文字の並ぶ本を、は難なく読んでいることが多々あり、
かなりの学があるようだ。
おそらく芸事に秀でたイタチの影響だったのだろう。
忍の世界には読み書きの出来ない者も多いが、彼女は字を書かせても達筆で、マダラへの連絡文
書を代筆させることもよくあった。
ぼんやりしているのは相変わらずだがは、いつの間にか何故か香燐と仲良くなり、いろいろ香
燐に世話を焼かれていたり、重吾とは案外仲良しで、疲れると重吾におんぶしてもらっていること
もある。
水月はことあるごとにに絡んでいたが、は水月の早い話の展開について行けないことが多く
、無言だったりであまりうまくはいっていないようだった。
髪を梳き終わり、サスケが声をかけてもは本を読んでいる。
「そんなに面白い本なのか?」
熱心に本を読むの本を香燐が上からのぞき込んで、固まった。
「なんだ、面白い内容なのか?」
サスケも同じように本の内容をのぞき見て、目を丸くする。
「・・・?どうしたのさ、二人とも。」
水月は不思議そうな顔をして、首を傾げる。
が顔を上げて、固まってるふたりを交互に見上げる。
「おまえ・・・・、」
「う?」
「お取り上げだな。」
サスケが横から手を出してから本を奪う。
「あぁ!どうしてとるのっ?」
「おまえには早いだろ、絶対早い。」
「意味わからないっ、返してっ。」
はサスケから取り返そうと手を伸ばすが、サスケは立ち上がり自分の手を高く上げた。
の背は150pと少し、サスケは170p近くある。
腕の長さも当然ながらそれに比例しての方が短いから、ジャンプしても届くはずがない。
「ほんと信じられんねぇ。18歳未満って、この本読むの禁止だろ。」
香燐は悩むように頭を抱える。
幼いの容姿に似合わない。
香燐の言葉には不服そうな顔をして、サスケから本を取り返すことに一生懸命になる。
「そもそも、一体これはどこから買ってきたんだ。」
はお金を持っていないと思っていた。
「自分で買ったんだもん。」
「よく一八禁の本を店員がおまえに売ったな。」
絶対に十八以上だと訴えても信じてもらえない容姿だ。
だが、自身サスケ達が止める理由もわからないらしく首を傾げた。
「そんな危ない本なの?・・・そういえば店員さん何かにやにやしてたかも?」
それほど深く考えて購入していたわけではなかったようだ。
どうせ、本の表紙がおもしろいとでも思って買ったんだろう。
本当に仕方ない奴だ。
かつての自らの師がよく読んでいた本。
サスケ自身が好きなわけではないが、懐かしさを誤魔化すように深いため息をつく。
「それにしても、本なんて毎回買うお金がよくあるね。」
水月は腕組みをして、面白そうにサスケの取り上げた本を眺めている。
水月の指摘に、サスケも確かにと不思議に思う。
は俗世のことに疎い。
全体的に世間一般が持ちうる知識を持ち合わせていないので危うくてお金など持たせられないか
ら、一度もお金を持たせたことがない、はずだ。
一度自分で買い物をさせたらお金をちょろまかされて帰ってきたから、そう言うことは多々ある
だろう。
なのに、は本を購入している。
それも結構何種類も持っている。
彼女はほとんど荷物を持っていない。
鞄の全てに本を詰めているとしても数が合わないから、どこかで購入しているのだろう。
一体、その購入費用はどこで調達しているのだ。
皆の疑念の視線に、は鞄の中からごそごそと一本の巻物を取り出す。
「なんだそれは、」
「わかんない。」
も内容はよく知らないらしいが、広げるとたくさんの文字が羅列されていて、一番最後の欄に
達筆な文字で“蒼斎”“炎雪”というサインと刻印がされていた。
羅列された文字の最初を見ると、どうやらお金の出入表のようだ。
「これを、両替って書いてあるところで見せると、お金をくれるの。」
はにこりと笑う。
彼女は炎一族宗主・蒼雪姫宮と、予言を生業とした木の葉の名家蒼一族の純血の最終血統・蒼斎
との間に生まれた。
二つともかなり古い一族であり、特に炎一族が代々治めていた商業都市不知火を初めとするその
遺産は莫大な物だ。
大半は不知火にいる今の宗主に譲ってはいるが、それでも遺産はが生活して行くに困らない程
度には残されている。
要するにこれは、彼女が持つ財産の一つなのだろう。
もどうして両替屋に行ってお金がもらえるのかはわかっていないが、両親のおかげでお金をも
らえるということだけは理解しているようだ。
「ゼロの数がちょっと、天文学的数字なんだけど。」
水月は巻物に並ぶ数字を見ながら呆然とする。
はよくわからないのか首を傾げ、心配そうにサスケを見る。
サスケはそれを横目で見ながら、入金されていることに気付く。
ちょうど数日前の記述で、不知火から入金されている。
は、使うばかりだ。
働いてもいないのだから、入金するわけもない。
が使った以上の、かなりの額だ。
「不知火、か。」
「え?」
「武器調達も含めて、行っても良いかもしれないな。」
サスケは顎に手を当てる。
「ちょうどうちはの武器商人をしていた奴が、不知火にいたと聞いている。」
商業都市・不知火は火の国の国境沿いにあるがどこの国にも属さない独自の法律と、独自の軍事
態勢を持つ。
例え国際手配されている犯罪者でも、不知火の国内で犯罪を犯していなければ入国を許される。
そのため犯罪者が不知火に逃げ込むことはよくあったし、それで他国ともめることもある。
だが、不知火に直接的に干渉したり、手を出したことはない。
他国は不知火に手を出すことに怯えているふしもある。
「の故郷ってこと?」
水月がに目を向ける。
「いや、違うよ。わたしは、母が亡くなってからは木の葉に幽閉されていたから。」
は僅かに目を伏せて言う。
木の葉がを幽閉した理由の中にはが危険だという以外にも、おそらく不知火に利権もかかわ
っていたのだろう。
だが、木の葉は不知火を手に入れることは出来なかった。
結果的に炎一族の滅亡後、不知火は衰退した。
不知火は炎一族宗主の莫大なチャクラと才能に依存し、それによって商業、工業を発達させてき
た。
その宗主なしでは誰も不知火を信頼しない。
だから、がイタチによって幽閉先から出され、不知火の支配権を取り戻した時、治めたり整備
をしたのはイタチであったにもかかわらず、ちりぢりになっていた不知火の人々は不知火に戻り、
街を再興した。
そして今不知火が成り立つのも、街を治める宗主が炎一族の白炎使いであると皆が知っているか
らだ。
は、今の宗主と共にあることは出来ない。
まだ木の葉は不知火の宗主の正体に気付いていない。
が不知火の宗主と誤認することは可能だったろうが、はイタチと共に不知火からは離れて暮
らしていた。
だから、木の葉は不知火の宗主の素性を知らない。
性別、素性、何一つ不知火の宗主についての情報はもたらされていない。
ただわかるのは一つ。白炎使いであり、不知火の人々が宗主に従っていると言うことだけ。
蒼一族の娘であり予言の力を持ち、莫大な力を持つ白炎使いであると、うちはという呪われた
血筋であり写輪眼を持つイタチの、血縁であると知られてはならないのだ。
共に、暮らすことは、出来ない。
「何か不都合があるか?」
サスケはを振り向く。
不知火の宗主のことは断片的だが青白宮から聞いて知っているだが、はサスケがそのことを知
っているとは考えず、不思議そうな顔をする。
「行くだけなら、問題はないと思うよ。叔父上も、きっと歓迎してくれる。」
は小首を傾げて困ったような顔で頷いた。
「やったー久々に犯罪者としてじゃなくてゆっくり出来るわけだね。」
犯罪者なので日頃は目立つわけにも行かない。
水月は貧相な怪しい宿生活に疲れていたようだ。
手を挙げて喜ぶ。
香燐もほっとした顔をして、それからの方を伺うように見る。
「、アンタ大丈夫か?」
「うん。・・・」
は喜びとも悲しみともとれない複雑そうな表情で俯く。
行くのが、嫌な訳じゃない。
でも、不知火には自分の捨てた、見失った未来がある。
イタチが残してくれた街と、イタチが残してくれた宝物。
それすら見失って自暴自棄になっていたにとってあの街に足を踏み入れるのはかなり勇気がい
る。
捨ててきた宝物達に、どうやって向き合えばいいのか、には見当もつかなかった。
過去に見捨てた未来の宝物