( どうやって求めたらいいのかわからない )( どこまで求めていいのかわからない )
停滞に満たされている
「アンタ、何で1ヶ月も同じ部屋で寝てて何もないの?」
香燐が呆然とした面持ちで尋ねる。
そんなに、おかしいことなのだろうか。
は戸惑いもあらわに香燐の顔を見上げた。
サスケから想いを伝えられて、それにイタチを思いながらも彼の感情を認めて、それから、何も
ない。
抱きしめてくれることはあるけれど、あれから口付けられたこともなければ抱かれることもなか
った。
イタチ以外に抱かれたことがないから、初めて他の人に抱かれるということで覚悟はまだ無いか
らそれは有り難いけれど、口づけ一つもないのはおかしいかも知れない。
だが、にはそれが普通なのか、おかしいのかもよくわからない。
イタチとは、幼い頃からのつきあいで、木の葉を出てからずっと一緒にいて、いつの間にか口づ
けなんて当たり前になっていて、こちらから抱きつくのも普通で、恥ずかしなんて気持ちすら感じ
なかった。
やはり初めて抱かれた時は幽閉されていてあまりにそう言うことに疎すぎたには行為そのもの
が酷く怖くてたまらず、泣きじゃくる日々が続いたが、それにもいつしか慣れた。
ほぼ互いしかいなかったし、まるでそれが当たり前の成り行きだった。
関係が進んでいく、手順を踏んでいくというよりかは、既存の関係がより深くなった、そんな感
じだ。
お互いで一緒に進んでいく感じはなくて、イタチだけが進んでいて、そこに無理矢理引っ張り上
げられた。
でも、今は違う。
サスケと、一緒に進もうと約束した。
だから、自分もきちんと知るべきところがあるのだとは思うけれど、なにぶん恋物語一つ読んだ
ことのないには、荷が重かった。
「う、うん。それって、やっぱりおかしいの?おかしよね。」
「否、おかしいって言うかさ・・・まぁサスケだって普通に花街に通うしさ。男性として健全だとは思
うんだが。」
「男性として・・・健全?」
「あぁ、ホモだったりしないってことだよ。」
「ほも?」
はわからない言葉の羅列である香燐の台詞に首と傾げる。
「知らないならその方が良いさ。」
香燐はため息をついて、を見る。
人生知らない方が良い言葉も多数ある。
「最近は花街に通うのも控えてたはずだけどな。」
ここ1ヶ月ほど、サスケが花街に出て行くことはなくなった。
そう言う意味では、彼は案外律儀だ。
に不安を感じさせたくないとの配慮だろう。
だが、その心はにはあまり伝わっていないようだ。
「どうして花街に通うのを最近控えてるの?」
は本心からさも不思議ですと言わんばかりに首を傾げる。
「アンタ、花街が何するところかわかってんのか?」
「え?女性と・・・うん。まぁ、するとこ?」
「わかってんのに、別に気になんないのかよ?」
香燐はの判断基準がわからず、戸惑う。
普通恋人などが花街に行ったら不安がる物では無いのだろうか。
少なくとも香燐は不快に思うし、世間一般的にそうだろう。
情報収集というのは確かにあるけれど、特定の相手がいるならば避けるべきところだ。
「んー、いけないこと?でもわたしもしてるし、他の人としちゃ駄目って言うのは・・・・・・」
「特定の女がいて、男としてそれはどうかと思うだろ。」
「でも、暁の人はいっぱいそういう感じだったよ?」
は暁で過ごした時間が非常に長い。
もちろん不用意に構成員と接触があったわけではないが、暁の中には構成員に囲われている女が
何人もいたし、囲っているくせに花街に行く構成員もいた。
また花街はやはり抜け忍なども訪れるため情報も集まる。
情報収集のために花街の花魁などと寝るのは普通だし、花魁の中には暁とつながっている者もい
ると聞いている。
暁で多くの時を過ごし、幽閉されておりそれ以外の世界を全く知らないにとっては、花街に特定の女性がいるから男が行かないという理由が、よく飲み込めなかった。
「うちはイタチとかもそうしてたのか?」
「まぁ、それなりに、花街には行ってたけど・・・」
気にしたことがない、それがの本音だった。
にとって目の前のイタチが自分をどう思っていて、どう扱い、何をしてくれているか、自身
が彼に何をしてあげられるのかが重要なのであって、外で他人に対してしていたことには全く興味
がなかった。
近くにいる女性達と自分を比べて惨めに感じることがあってもそれは自分に対してのみであって
、イタチにどうして欲しいとか考えたことがなかった。
たまに嫉妬した女や構成員が戯れにイタチが花街に行ったようなことを当てつけのように言って
いたが、何も気にならなかった。
帰ってこないことに寂しいと思っても、それ以上別の感情を感じたことはあまりなかったように
思う。
「あー。アンタそれ、かなりおかしいよ。」
香燐は困ったようにわしゃわしゃと自分の髪の毛を掻き上げる。
「普通、自分の男が自分以外の女に行ったら悲しいとは言わないまでも嫉妬するもんだろ。」
「でも・・・うち、お祖父様もたくさん奥さんいたよ?」
の母と父はお互いがお互いに一人だけだったが、の祖父で炎一族宗主だった人にはたくさん
の奥方がいて、彼の娘である母には、たくさんの兄姉がいた。
それが、普通だと思っていた。
だから、暁でたくさんの女性と関係を持つ彼らを見ても、変だと思わなかった。
彼女の境遇故だったのだけれど、何の因果か普通に育たなかったはそれが世間一般的にずれて
いるということも知らない。
「アンタんちが権力者だったからだ。大名とかならそうだが、普通は一人だ。法律で決まってると
ころもあるしな。」
「ほうりつ?」
「里や国ごとの決めごとさ。」
香燐が言うが、はいかにもよくわからないような顔をしている。
「アンタさ、うちはイタチとの時はどうしてたんだよ。ほら、初めての時とか・・」
「え、んー。怖かったし、泣いた・・・けど・・・、わたし、イタチしか、いなかったから。」
イタチが好きだった。そしてそれと同時に彼しかにはいなかった。
だから彼に酷いことをされても、絶対離れることは出来なかった。
イタチに無理強いされても逃げたくても、彼の部屋にいることしか出来ないから、最初は怖くて
も徐々にイタチとまた心を通わせることができた。
それ以外のイタチは酷く優しかったから許せた。
幼馴染みだったから、幼い頃から口づけとか、抱きしめられるとかは普通だった。
元々恋人同士のふれあいが当たり前にあって、でも、行為との間には知識と言う大きな壁があっ
て、それをイタチは順序立てずにあっさり力尽くで破壊したというわけだ。
順序立てて、お互いに徐々に知っていって、
そう言う恋愛が当たり前だが、は知らない。
香燐は大きなため息をついた。
「そりゃサスケも進みにくいはな。」
の恋愛はどこまでも相手本意だ。
どこまでわかっていて、どこまでわからないのか、底が読めない。
一緒に進んでは行きたいけれど、サスケもどうすればいいのか、どう扱えばいいのか戸惑ってい
るのだ。
香燐はがイタチの寵愛を受けていたと大蛇丸から聞いている。
容姿も才能も一級品であるイタチの寵愛を受ける女だ。
さぞかし能力も高く、美しい女なんだろうと想像していたが、実際のはといえば能力は高くと
も自分でろくに扱えないし、顔はこぎれいだが童顔でどう見ても美しいとは言えない。
かといって寝所で何か特別な技能があるとか、男を楽しませることが出来るかと言えばそれも否
だろう。
明らかマグロのタイプだ。
寵愛を受けていたと言ってもそれは幼馴染みであったというイタチから当たり前のように与えら
れた愛情で、恋愛として順序立てて進む必要もなかったし、年上のイタチからしてみたらそういう
もの知らないが恋愛を知るまでと待っていたらいつまでたっても行為に及べるレベルに達しなか
った。
だからうちはイタチは無理矢理自分のレベルまで引き上げた。
恋愛的な一般常識がいったいどのレベルまで到達しているかわからないから、普通に嫌がること
を嫌がらなかったり、逆に人が肯定することにも嫌悪感を覚えるかも知れない。
割り切った様子もなければ、寵愛を受けていたくせにこなれてもいない。
ここ一ヶ月手を出さなかったのは、が告白にどういう印象を受けたのか、どう求めてくるのか
をサスケも見たかったのだろう。
だがにはサスケが何もしてこないのは不思議に思えても、求め方なんてわからない。
それが普通なのか、おかしいのかもわかっていない。
「アンタ超恋愛下手?」
「え、どう・・・なんだろう?」
はわからず首を傾げてしまう。
香燐はそんなの様子に頭を抱えてしまった。
恋愛は告白から始まって、口づけなど順序を踏んで、なんて純粋な一般的理論も、に通じるも
のではないだろう。
むしろどうしてそう言うことを知らなくて、男の都合のいい女としての立ち回りだけは知ってい
るのか。
相手のころころ変わる構成員達の女と違い、絶対的な固定の相手であり、イタチの絶大な寵愛を
持つことから粗雑に扱われたことはないだろうが、には自信はなく、価値観はおそらく構成員の
寵愛を受けた女達と似ているのだ。
恋人を怒らせるようなことはしてはならない。相手が疎ましいと言うことをすれば、自分は捨て
られる。
相手の望むままに。
はそういう男の都合の良い女の考えだけは持っている。
ただ、女達はおそらく一般的な恋愛観は知っていた。は知らなかった。
その違いだ。
香燐が呆れてを見つめていると、突然香燐の後ろにあった襖が開いた。
「何を二人で影で話し合っているんだ?」
買い物から帰ってきたのか、紙袋を持ったままのサスケが訝しげに眉を寄せる。
サスケ達男組が買い物に行っている間に女同士の話をしてしまおうと思ったが、男の買い物は早
い上に全員買い物に興味がないため早々帰ってきたらしい。
「別になんでもないっ!!」
香燐が赤くなって叫ぶが、それにサスケだけでなくすら首を傾げる。
サスケの後ろにいた水月は香燐の態度の意味を理解したが、重吾も不思議そうな顔をしている。
やはり、の価値観はどちらかというと男に近い。
「ひとまず、何でもアンタは自分本位で良いと思うぞ。」
香燐は一言アドバイスをして、立ち上がる。
男が帰ってきたのでは流石にはしたない香燐とはいえ、女同士の話をする気にはなれない。
「自分本位?」
は首を傾げる。
自分本位と言われても、比較的意志薄弱の自覚もあるだ。
「相手がして欲しいか、じゃなくて、自分がしたいか、だろ。」
躯がついてきて、心がついてこない。
イタチは躯に手を出してから心を引き上げたが、サスケはそんなこと望んでいない。
対等でありたいと願った。
ならば、にもサスケが選ぶのと同じように選択権が用意される。
「した、い、か?」
は難しそうに眉間に皺を寄せる。
サスケと水月は顔を見合わせて、それからサスケはの隣に腰を下ろした。
持っていた紙袋から何かをごそごそと出してくる。
出てきたのは漆黒の紐に赤い漆の球のついた髪紐だった。
赤いたまには花模様が描かれている。
「髪の毛、邪魔だろう。」
サスケは近くにあったの櫛を取って、の髪をまとめる。
肩の少し上までの紺色の髪は、昔は長かったけれどイタチが死んだ時に切ってしまった。
中途半端でくくりにくいはずの髪を、サスケは器用にまとめる。
紺色の髪に漆黒の髪紐と朱色の球が映えて、によく似合った。
「可愛いじゃん。」
水月が面白そうに笑う。
サスケも自分の手柄に満足なようで、珍しく唇の端をつり上げる。
は嬉しくて、恥ずかしくて、振り返ってサスケの顔を見上げた。
イタチに対しての温もりや、愛情はもっと穏やかで、優しかった。
けれど、何故かサスケの前では居たたまれなくなる。
恥ずかしくて、むず痒い感覚。
―――――――――自分がしたいか、だろ
先ほどの香燐の言葉を思い出す。
したいか、したくないか。
嫌じゃない、サスケとなら。
「あり、がとう。」
は自分の感情に戸惑いながらも、おずおずと礼を言う。
そして、もう一度、意を決して口を開いた。
「あ、あのね・・。」
「ん?なんだ?」
サスケは立ち上がって櫛を片付けようとしていたが、振り返る。
は思わず一度目を伏せるが、サスケを再び見上げる。
「ね、嬉しいから、抱きついて、い?」
手を伸ばしてみる。
サスケはの申し出にこれ以上ないほど目を丸くした。
水月がぷっと吹き出し、香燐が呆れた顔をして、重吾が柔らかに笑う。
「仕方ない奴だな。」
サスケは深く息をついての細い躯を優しく抱え込む。
呆れたようなため息だったが、表情が少しほころんでいる。
上手な求め方も、進み方もわからない。
でも、素直に自分のして欲しいことを言えたなら、少しずつ前に進めるのかも知れない。
は力強い腕を感じながら、目を閉じてそう思った。