宿は幸いにも綺麗なところだった。

 御所を見上げる丘の中腹にあり、街へ行くにも便利だ。


 温泉もある。

 元々鉱山資源の豊富な地域で、裏山には火山もあるので、温泉が多数湧くのだ。




「犯罪者でも受け入れる街、か。」





 香燐が窓辺から街の様子を見つめながら、息を吐く。

 独立国家不知火。

 この国家に仕える人間の半分以上が犯罪者で、他国では大方指名手配犯の者達が治安を担ってい
る。

 特殊な術を持つ犯罪者達こそが、この街を支える。





「そう言えばお嬢をひとりで出しちゃって良かったわけ?」





 水月が柱を背に佇むサスケに尋ねる。

 は、あの後ユルスンに中央にある役所に呼び出された。 

 青白宮と会うらしい。

 あまりの存在が目立ってはいけないから宗主のいる御所には呼び出せないと言うことで、役所
に呼び出されたようだ。




「結局さ、お嬢ってなんなの?炎一族の宗主ってことだよね。」

「いや、宗主の名は不知火の宗主が継いでいるらしい。」




 実際の事情を知らない水月にサスケは返す。

 サスケとて継承の仕組みをしっかり理解しているわけではないのだが、が違うというので間違
いないのだろう。


 は基本的に嘘をつくというのが苦手だ。顔にすぐ出る。

 だから言わないで黙ると言うことはあっても、嘘は言わない。

 特に大切なことに関してはそれが顕著だった。


 厳密に宗主というのが炎一族を治める長を示す。

 には炎一族を治めたことはなく、また、継承の儀を行ったこともないのだという。

 自分に明確な資格がないというの言葉から、おそらく白炎使いとしての力を持つ以外にも継承
に関して何かしら特別な方法なり、儀礼なり、覚醒が必要なのだろう。

 それを不知火の宗主は持っていては持っていない。




はあくまで宗主の子供で、一族を継いでも構わない白炎使いではあった。だが、一族が滅び、
継ぎもしなかったということだ。」

「でもだったら、不知火の宗主は誰なのさ。」




 水月の疑問に、サスケは口を噤む。

 不知火の宗主の正体。

 それをサスケは青白宮から聞かされて知っている。

 だが、それはの秘密であり、そしてサスケの秘密でもある。




「さぁな、の親族だろう。」




 嘘はついていない、内心そう思いながら、サスケは答えた。

 の親族であることにはかわりない。

 サスケと、どちらにとっても酷く近しい親族ではあるが。


 出会ったことのないはずの自分の甥に当たる人物は一体どんな思いでいるのだろう。

 興味はあるが、会いたいとはまだ思えなかった。

 まだ何も終わっていない今、会っても話すことなど、欠片も思いつかない。

 幼い彼が父を殺した自分を恨み殺したいと願うことをサスケが否定することは出来ないし、どう
しようもないが、それでも今殺されてやるわけにはいかない。

 全て終わった後に、会いたい。

 そして自分を断罪して欲しい。


 誰でもなく、自分のために生きてくれた、全てを捨ててくれた兄の子供である、彼に。

 勝手な願いは、今かなえてもらうものじゃない。




「むずかしい顔してるね―。」




 聞き慣れない、酷く高い声音。

 現実に引き戻されると、窓辺に佇むサスケの傍に、不思議そうにサスケを見上げる子供が立って
いた。

 少し垂れ気味の大きな黒い瞳がサスケを映し細められる。




「あ、こないだのガキ。」




 香燐が指をさして口を半開きにした。

 大蛇丸の研究所近くで、ひとりで実験体を探しに行くべくが結界にサスケ達を閉じ込めて行っ
てしまった時、何故か結界を破って入ってきていた子供だ。

 結界の外までサスケ達を導いていった、彼の意図はわからず、素性も知らない。


 まさに怪しい子供である。


 どう見ても年の頃は5,6才。

 ころりと子供のような―――――実際に子供なのだが、酷く違和感のある笑みを浮かべる。


 サスケはちらりと水月に目配せをする。

 だが、彼もこの小さな子供の気配に子供が声を発するまで気付かなかったらしく、驚いた顔をし
ていた。





「だめだよー。なんぼ不知火だって言っても間者がいないとはかぎらないんだからねー。」




 無邪気な口調で笑いながら警戒しろと諫める。

 彼の漆黒の瞳は大人びた色を浮かべていた。


 確かに、彼はいつ入ってきたのか、

 油断しすぎていたと言うことだろう。


 サスケは長いため息をつく。

 日頃ならこんな怪しい来客には必ず斬りかかるだろうに、何故か彼にそういうことをする気には
ならない。

 子供とはいえ、気配の消し方を考えればただ者ではないが、殺気はない。

 警戒するに超したことはないが、だからといって攻撃する必要もなさそうだ。




「この間の首飾り、返しておこう。」




 青い藍玉のついた首飾り。

 それはこの幼い少年がサスケに託した物だ。

 また不知火で、と彼は笑っていったから、ここで返すべきだと思い、サスケは首飾りを自分の荷
物の袋から出したが、彼は首を振った。




「まだいいよ。あなたがあずかっておいて。」




 ころりと笑って少年は答える。

 自分の物であるというのに、受け取る気がさらさらないようだ。

 違和感を感じたが、有害な物ではなさそうなので、預かっておく。




「まえ、なまえ、いってなかったね。おれは稜智、いずちだよ。名字はもたないんだ。」

「オレは・・サスケだ。」




 サスケは彼に呼応するように名乗ったが、あえて名字は出さない。

 うちはの名はあまりに大きい。

 幼い彼がその名を知っているかはわからないが、彼の最初の忠告の通り、間者がいる可能性もあ
るかもしれない。迂闊なことは口にしない方が良いだろう。


 改めて稜智と名乗った彼を観察すれば、あまりに仕立ての良い着物に気付く。

 金糸で鳥の家紋の入った薄縹の着物は彼の大人びた印象を引き立てたし、布地自体がかなり良い
物だ。

 これほどの仕立ては木の葉でも神社の儀礼以外、ほとんど見ない。




「おまえ、あのあたりに住んでる訳じゃなかったのか。」

「まぁね。いろいろあるのさ。」




 稜智は気取った様子もなく、子供のように無邪気に笑う。




「待て、くそガキ!それで済まされると思うのか!!」




 香燐が叫んで、少年―稜智を捕らえようとする。

 しかし、香燐を猫のように軽やかな動作で避けて、稜智はころりと笑った。





「あはっは、面白いおばさんだね。」

「おばさん!?」

「だってぇ、おれより十歳は年上だもん。」




 悪びれもなく言い訳して、楽しそうな笑みを浮かべる。

 無邪気な子供の笑みは、先ほどの大人びた悟ったような瞳とは裏腹に本当に子供らしい。

 だからこそ、違和感があるのだろう。

 本気で掴みかかった香燐を、ひらりと飛んで避ける。




「香燐、水月、重吾、外に出ておけ。」




 これ以上もめてもらっても困る。


 稜智が口を慎むと言うこともなさそうなので、サスケは三人に言う。

 不満そうではあったが、三人とも、言われたとおり襖から出て行った。


 その様子を確認して、稜智は窓辺のサスケと同じように外の様子を見る。

 宿屋は町より少し高い場所にあるため、町を一望できる。

 夜のため、明かりしか見えないが、たくさんの明かりは人々の暮らしの豊かさを示す。




「綺麗なまちでしょ?ある人の遺産なんだ」




 嬉しそうに、誇らしげに、稜智は言った。

 サスケはその意味がわからなかったが、町の整備が行き届き、配置も賑わいも確かに一級品だ。




「そうだな。」




 不思議と静かに頷いていた。

 ふと小さな稜智の表情を伺えば、夜風に揺れる黒髪からのぞく漆黒の瞳は、寂しげな、大人びた
色を湛えていた。

 遠くを見つめる、暗い色の瞳。

 いつも遠くを見ていた兄の姿を思いだし、心が痛む。




「おにいさんは、さがしていた人はみつかった?」




 あなたはあきらめたらだめだよ、と。

 前に会った時彼は言った。


 その質問に、サスケは目を伏せて考える。

 探していた人、それはだったわけだけれど、だけではなかったのかも知れない。

 随分と亡くしてしまったから。

 木の葉への復讐を願う自分にどこまでもついてきてくれるは、サスケに僅かに温もりと安心感
を与える。


 復讐が終わった後どうするかと言ったことを、昔は考えたこともあったが、今は何もない。

 彼女が一緒に死んでくれるから何も怖くはないと、思ってしまった。

 たまに、一緒に生きよう、対等であろうと願ったくせに、自分が彼女に依存している気がする。


 彼女を自分自身を守る基軸にしている気がする。

 溺れる、と。

 感じたのはいつだろうか。

 危険だと思う心が、徐々に薄れている。




「見つかりは、したな。」




 サスケは結局、微妙な答えを返した。

 見つけた花はある意味で毒の花かも知れない。

 柔らかな香りの弱々しい、人を酔わせる花。


 サスケはぼんやりと稜智の顔を見つめながら、その少したれた瞳に無邪気な笑顔のをだぶらせ
た。







 憧憬