役所の奥の間に通されると、そこにはユルスンと青白宮がいた。
「やぁ、久しぶりだね。」
柔らかな銀色の髪を揺らして、片手を上げて青白宮はに微笑む。
「叔父上様、」
は青白宮に思い切り抱きついた。
どうしても彼に対しては子供の時と変わらない態度で臨んでしまう。
ユルスンは渋い顔で腕を組んで、直立していた。
言いたいことがいろいろあるようだが、青白宮の前なので慎んでいるらしい。
少し怖くて、は唇の端を引きつらせた。
奥の間は畳の部屋で、は近くにあった円座を引き寄せて座る。
ユルスンや青白宮も同じようにした。
しばらくすると侍女とおぼしき人物がお茶を持ってきて、すぐに退出した。
人払いがされているようだ。気配はすぐに消える。
「どうしてわたしを?」
は二人の顔を見比べて尋ねる。
が不知火を訪れたからと言って、とわざわざこのように改まった場所に呼んで話し合いをす
る必要はない。
不知火の宗主とは無関係だ。
は彼の母親であるが、宗主ではない。
親としての役目もイタチの死と共に完全に放棄してしまった。
不知火のすべての国政に対する決定権は幼いとはいえ宗主にあり、に出る幕はない。
もうは不知火と無関係の人間なのだ。
「ちょっと困った事態でして、」
ユルスンは目を伏せて、青白宮に目配せをする。
青白宮は胸元から二本の巻物を取り出してきた。
正式な形を踏んだ、書状だ。
は自分が見て良いものかと一瞬迷ったが、青白宮に促されて中を開く。
紐を解いて出てきたのは、見たことのある字だった。
「忍界大戦?」
内容を読んで、は目を丸くする。
五影と言われる里長達との話し合いの結果いかんによって、忍界大戦を開始する。
どちらにつくか、中立を保つか、選べと言うのだ。
それは間違いなく、暁のトップであるマダラからの書状だった。
「おどし?」
が問うと、ユルスンと青白宮が頷く。
「その通りです。知っての通り暁は尾獣を集めています。あとは九尾と八尾だけだという噂。」
「対して五影は残りの尾獣をもっていて、人間も多いが、まとまりが悪い。下手をすると仲違いが
はじまるかもしれないね。」
戦力はもちろん五影側の方が大きいだろう。
だが、まとまりが悪いと言うのは、自動的につけいる隙を与える。
国である限り他国に見せることの出来ない情報もあるからだ。
暁は不利だが、尾獣もいる。統制はとれている。
何より少数精鋭だ。
「どっちが勝つか、わからないということ、か。」
は神妙な顔で書状を見つめ、もう一本の巻物を開く。
こちらは火の国側からの書状だった。
火影の名の下に書かれた書状は、国―もしくは里に帰属しなければ侵攻すると書かれている。
昨今、木の葉は火影が変わったと聞く。
武闘派の火影は、不知火が邪魔なのだろう。
不知火は中立の地だ。中立を銘打っている。
しかしながら世界がまとまれば、それに対抗することは難しい。
確かに白炎使いは素晴らしいチャクラの量と力を持っているが、ひとり尾獣を二匹相手にするの
が限界だろう。
今までは白炎使いは最強の兵器であったが、現状の世界ではもうわからない。
まして尾獣を集めるという発想から、今までにはないのだ。
自分たちも、今までにない判断が必要とされる。
「火影は要するに、不知火を占領するということ?」
「その通りです。従わねば占領するという強硬姿勢に出てきています。」
ユルスンは渋い顔で説明を付け足す。
旧来の発想ならばそれでも不知火は中立を保つべきだが、おそらくそう言うわけにはいかない。
このままでは火の国に占領される可能性が出てくる。
不知火は国ではなく、街だ。
手練れがいたとしても、かなりきびしいはずだ。
「宮は、…いえ、宗主はなんと?」
「従来通り中立を保つ、と言っているが、彼も彼なりに考えてはいる。」
青白宮は宗主の意見をに伝える。
中立を保つ、その発言にどれ程の重みがあるか、宗主とてわかっているのだろう。
厳しい決断だ。
失敗した時のリスクは高い。
犯罪者を含め、不知火もかなりの戦力を持つが、尾獣を相手にするのはなかなか難しい。
火の国は、九尾を持っている。
暁も尾獣がいる。
どちらの選択をしたとしても、苦渋の選択となる。
「宗主が、矢面に立つと。」
宗主を含め、全員で戦う。
不知火を守るために全力を尽くすというのが、宗主の決断だった。
それにそうのが、不知火に住まう犯罪者やすべての者達の意志となり、決定だ。
「ただ、もしも失敗した場合は、私と雪月宮とは逃げることになっています。」
ユルスンがに一番驚くべき決断を告げる。
「雪月宮は、当初炎も見られませんでしたが、白炎使いでした。」
未来を残すために、もしもの時は幼い宗主は自分の弟を逃がすことにしたのだ。
宗主は暁に存在を知られているが、雪月宮は違う。
と同じ、隠された東宮として、育つことが出来るかも知れない。
は幼い宗主の笑顔を思い出す。
甘えたで、泣くこともよくあったあの子がこれほどの決断を下すのか。
あまりの重い事態に愕然とする。
「だから、これはもしもの時の貴方の責任になります。」
に、ユルスンが真剣な目を向ける。
すべての重荷から、血から逃げたの、責任。
「火影と木の葉の上層部を殺しなさい。そうすればすべては瓦解するはずです。」
それが逃れようもない、の負うべき責任。
静かに窓辺を見ていた稜智の瞳がすっと動く。
「で、いつまでそこにいるのかなぁ。マダラは。」
稜智の瞳が、大人びた鋭い色を湛える。
警戒しているというのがわかる、厳しい声音に、サスケは僅かに目を見開き、彼が声を向けた方
向に目を向ける。
襖が静かに開き、そこには仮面をかぶった男がいた。
うちはマダラ、
うちは一族の男は、仮面から赤い瞳を見せる。
「いつから気付いていた?」
「最初から、かな。」
稜智は振り返り、漆黒の瞳を静かにマダラに向ける。
サスケは一瞬無表情のまま、マダラが稜智を殺してしまうのではないかと逡巡したが、マダラは
動かなかった。
「おれの前に姿をみせるなんて、いいどきょうだねぇ。」
ころりと子供らしく笑って、稜智は小首を傾げる。
次の瞬間、窓から稜智の頭よりも一回り大きな鳥が現れた。
鷲のような鋭い嘴を持つ鳥は、白い羽毛を揺らす。
それを慣れた様子で腕に乗せた稜智は、今度は不適な笑みを浮かべる。
しかし、笑みとは裏腹に瞳に宿っているのは激しい怒りだ。
「鷲見にやきころされたいらしいね。」
鳥が呼応するように高い鳴き声を上げる。
ざわりとチャクラが肥大する。
その大きさにサスケはぞっとすると同時に、を思いだした。
と同じ莫大なチャクラと炎の媒介。
白い、炎の化身。
「久しぶりだな。雪羽宮。」
マダラは口元は見えなかったが笑ったような気がした。
宮を冠するのはの一族の宗家の特徴だと、が言っていたのをサスケは思い出す。
「おまえ、」
サスケが一歩稜智の傍から後ずさる。
漆黒の髪が夜風に揺れて白い頬があらわになる。
イタチよりずっと色白で、垂れ目でふざけたような態度であるため印象がかなり違うように見え
ていたが、鋭い表情は今は亡き兄とよく似ている。
「別におまえともめる気はない。書状の件で話をしたいだけだ。」
マダラは争う気はないと手を挙げて見せ、冷静な話し合いを求める。
だが、稜智にその気はないようだ。
「見たけど、かんけいない。おれの気分次第だ。」
偉そうにはっきりと返す発言は、イタチによく似た口調だった。
不知火は宗主の意志に従う。
元々宗主なしには存在しない街だ。
炎一族の全員、否―街に住まう人間の全てにその覚悟が出来ている。
幼かろうが、子供だろうが、ひとまず不知火は宗主に従うのだ。
稜智だってその重みは理解しているが、それが事実だ。
決断は全て、稜智の気分で決まる。
「別に味方になれって訳じゃない。少なくとも五影側につかないなら良い。」
「どうだろうな。気分次第だ。明日木の葉の使者がくるらしい。」
マダラの空気が変わるが、稜智は構わない。
暁の不穏な動きに、木の葉を初め他の国々が、不穏な動きを内包することも探ることも出来る立
ち位置にある不知火を取り込もうとしている。
特に木の葉の里を抱く火の国が強硬姿勢に出てきていることは、目先の困った議題だった。
優秀なユルスンがうまくしのいでいるが限界があることを、稜智は知っていた。
イタチが残してくれた重要な他国の情報もあるが、それでも国とは大きい。
火の国からの圧力が徐々に増しており、不知火は非常に不安定な立場にある。
マダラとて、そのことがわかっているからこそ、味方は無理でも中立を保つように圧力をかけて
いるのだ。
不知火の力は侮れない、
宗主である稜智もやっかいだが、重要な特殊能力を持つ犯罪者達をたくさん抱えている。
本気になれば作戦の組み立て方によっては暁に食いつくことも出来る。
トップの稜智を殺すにしても、現状マダラでもただではすまない。
敵の多い今、稜智を殺せたとしてもマダラが大怪我をして静養する間に、他の勢力にマダラの方
が食われるだろう。
かといって長い間放って置けば、稜智が成長してマダラでも勝てなくなる。
時間稼ぎは必要だが、稼ぎすぎればし損じる。
マダラが自分の目的を定め、計算をし始めた時に、彼は生まれていなかったため、計算に入って
いるはずもない。
イタチという大樹に守られて一定まで育ってしまった稜智は、マダラにとってかなりやっかいな
目の上のたんこぶだった。
「おまえは雪花院の血族には関わらない。個人的な関係は持たない。それが父上が結んだげんそく
だったはずだけど?」
稜智にはうちは一族の血が流れているが、うちは一族としての立場をとっていない。
炎一族の人間として振る舞っている限り、稜智は雪花院・の親族と言うことになる。
イタチがを暁に引き入れるに伴ってマダラと結んだ約束は、を人質とする代わりに安全を確
保すると言う物だった。
暁にとってははイタチが暁を裏切らないようにするための人質だったが、同時にの安全を保
証する役目を担った。
個人に対しては、だ。
イタチは稜智が生まれた時に子供達に対して暁の干渉を許さないと言う立場をとった。
実際そのためにイタチは稜智には不知火と言う収益の上がる生活基盤を与え、すべてを不知火か
らの収益で賄っていた。
イタチが死ねば、完全に稜智は暁から切り離される。
だから本来ならば、マダラが不知火に許可なく入ってくること自体が契約違反だ。
その上、不知火では、マダラは稜智に勝てない。
不知火から稜智を出さない限り、マダラは契約に縛られる。
イタチの残した、呪いでもあった。
「旧来通り、中立を保てと言っているだけだ。それにおまえにとっても別に悪い話ではない。」
マダラは冷たい意見を返す稜智を宥めるように、言う。
「…五影に味方をしないなら、木の葉の上層部は皆殺しにしてやる。」
「…!」
「おまえも疎ましいと思っているはずだ。イタチやの件もあるからな。」
邪魔な木の葉が瓦解する。それは稜智にとって魅力的な提案ではあった。
しかし、それ以上に、マダラの言葉は稜智の一番の琴線にひっかかった。
稜智の空気が変わる。
イタチとはまるで木の葉の上層部のおもちゃのようだった。
イタチは木の葉の上層部に利用され、罪を背負い、死んだ。
は木の葉の上層部に幽閉され、癒えない孤独を刻まれた。
誰よりも二人の傍にいた稜智は、彼らの無念を誰よりも知っている。
稜智の炎の媒介でもある鷲が、ゆらりと揺れる。
怒りながらも余裕のある表情を浮かべていた稜智の顔がくしゃりと歪む瞬間、稜智は小さな手で
自分の顔を覆い隠した。
チャクラの質が、一瞬で変わる。
「その名を、おまえがくちにするな!!!」
高い声で叫んだ稜智に呼応するように、鷲が白い炎を刃としてはじき出す。
狙うはマダラだ。
マダラはそれを何とか避けたが、襖は灰になって消えた。
稜智は一片たりともこの話を、これ以上続ける気はなさそうだ。
「考えておけ、悪い話ではないはずだ。」
マダラはそれだけを言い残して消える。
稜智は飽きたらぬように襖をもう一枚燃やしたが、ため息をついて怒りを抑えた。
不知火