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 初めて味わった桜色の唇は柔らかな感触がした。

 彼女は拒みはしなかったが、死者とはいえイタチへの罪悪感はあるらしい。


 でも、自分の彼女に向ける感情も、唇すらも、怯えながらも厭わしくはないと言った。


 抱きしめれば、細い手を回して抱き返してくれる。

 恥ずかしそうに頬を染めるその様は、今まで相手にしてきた女の誰よりも純粋で、素直だった。

 自分が殺した、自分のために死んだイタチへの罪悪感は心の中にあるし、彼女から大切な者を奪
ったという負い目が自分にもあるから、やはり躊躇はする。


 だから、躊躇いがちに触れあう唇は背徳の味すらした。

 お互い残る罪悪感から、先には進めない。進まない。

 サスケだって若いから欲だってあるけれど、そういうただの本能の対象をに向けるのもいやだ
ったし、無理強いするわけにも行かず、いまだ恥ずかしそうに震える彼女に手を出すのも気が引け
て、結局今だ手を出せずにいる。




「んー」




 は褥の上で身を捩る。

 寝間着代わりの長襦袢で布団の上で身を捩るから、あっさりとはだけるし、変な艶やかさがあり
、サスケはいつも目のやり場に困る。

 はそう言った男の目を気にしていない。否、理解していない。

 はしたないとか、恥ずかしいとかすらも感じていないと思うこともあり、サスケに着替えさせて
もらっても全然平気だった。



 あまりに無防備なのだ。は。

 勝手にとろとろ歩き回って、よく強姦も何もされなかった物だ。

 そこは一緒に居たイタチのおかげなのか、


 くるりと寝返りを打ってみせれば、肩までの紺色の髪がさらりと揺れて、白い首筋があらわにな
る。

 は、色が白い。幼い頃幽閉されていてほとんど外に出なかったせいもあるのだろう。

 傷も少なく、驚くほどきめ細かな肌は、触れてみたいと男ならば誰でも思う。


 イタチが、彼女にこだわり、寵愛を与えた理由も理解できる。

 幼さと、女らしさと、

 相反する微妙な狭間を彷徨う姿は、を恋愛範囲としてと言うよりも性の対象として酷く魅力的
に見せる。


 は、そんなことなど、これっぽちも自覚していないだろうが、




「サスケ、寝ないの?」




 少し眠たそうな声音で、が問うてくる。


 サスケもと同じく寝間着姿だが、寝転がったまま褥の上で巻物を読んでいた。

 貴重な術の書かれた書物だ。

 忍術には実戦も必要だが、知識も重要になってくる。

 座学も侮ることが出来ない。

 とはいえ、を見ていたから、巻物の内容なんてちっとも頭に入っていなかった。





「そうだな、これを読んだら眠る。」




 素っ気ない返事をすれば、は褥から体を起こし、サスケの方にずるずると膝立ちで近づいてき
て、巻物をのぞき込んだ。

 術の構成の仕方や、戦術の立て方が書かれたこの巻物の内容は難しい。

 字が読める読めないではなく、内容が難しいため、が頭に入れることは出来ないだろう。


 案の定、は眉を寄せ、サスケを見上げた。




「むずかしい、」




 一言。

 あまりに素直な意見にサスケは苦笑して、の頭を撫でる。

 すると、は複雑そうな表情をした。




「どうした?」

「いや、あの。」




 何度も口ごもって、けれど意を決したような顔で口をまた開いた。




「どうして、サスケは・・・あの・・・しないの?」




 おずおずと、本当に言いにくそうに、申し訳なさそうに尋ねるから、サスケは一瞬意味をとりか
ねた。

 だが、頬を赤く染めたと、今が褥の上だと言うことを考えれば、自ずと彼女が言いたいことは
わかる。


 彼女らしい酷く遠回しな言い方だ。

 恥ずかしがり屋な上、恋愛ごとにはサスケ以上に疎い彼女のことだ。


 誰に吹き込まれたのだろう。

 今は亡きサスケの兄、イタチと恋仲だったので、性欲処理の女ばかり相手にしていたサスケより
恋愛に関しては上手であってもおかしくはないのに、は男女のことになると殊更疎い。

 そのため同じ女である香燐の妄想まがいの言葉も真に受けるし、真剣な顔でくだらないことを聞
いてくることもある。


 イタチは抜け忍で周りは男ばかりで、男女の機微を教える人間はイタチだけだったはずだ。

 なのに、イタチはあまりそういうことを教えなかったようだ。

 彼女は恋愛に関して本当に限られた知識しか持たない。


 おそらく思い合った男女が一緒に寝ていて何もないなんておかしいとでも、香燐に言われたのだ
ろう。





「しても良いのか?」




 サスケは巻物から顔を上げて枕に頬杖をつき、無表情のまま意地悪くあっさりと彼女に尋ね返した。




「え・・・、あの、えっと・・・」




 はなんと答えれば良いのかわからず、明らかに狼狽して焦った顔で視線をさまよわせる。

 その顔には戸惑いと、躊躇が浮かんでいた。


 サスケはやはりと息を吐く。

 思いあうようになってから、サスケは一度もを抱いたことがない。

 別に亡き兄に遠慮しているつもりはない。


 だが、一度ことに臨もうかと思った時、抱きしめ、首筋に口付けたが震えていることに気付い
た。

 はイタチが初めての相手で、彼以外に抱かれたことはないと言う。

 女性として、他の男に抱かれる恐怖はあってもおかしくない。

 そのまま抱いても、彼女は自分のことを嫌いはしなかっただろうし、その自信はあったが、なし
崩しに迫るような今までの女と同じようなことをしたくなかった。


 だから、彼女が納得して、良いと言うまで待とうと思っていたのだ。




「オレはしても良い。おまえが良いというならな。」




 そっと彼女の赤く染まった頬に手を伸ばす。

 はびくっとしたが、手を拒もうとはしなかった。


 最近口づけても受け入れるようになったし、抱きしめても硬直しなくなった。

 だんだん慣れてくれるのは嬉しい。

 だから、焦らなくて良いのだ。

 はサスケより一つ二つ年上だが、容姿も、精神的にも幼い。

 ゆっくり成長して、知っていってくれれば良い。


 まるで子どもを見守る親のような考えだと自分で苦笑しながらも、そう穏やかに考えていた。




「わたし、は、う、えっと・・・、」

「別にそんな無理しなくて良い。」




 今更一ヶ月待とうと半年待とうと変わりはない。

 はふるふると首を振る。




「ちが、う。わたし・・・、」

「?」




 詰まりながら何かを言おうとするにサスケは訝しむ。

 はその視線に居たたまれないようで俯いた。




「あの、い、よ。」

「は?」

「いい、って、あの、だから、」




 耳に届いた小さな肯定が一瞬何に対しての物かわからなかった。

 理解して、サスケは目を丸くする。




「良いのか?」

「あ、うん。」




 は躊躇いがちに頷く。

 サスケは伺うようにを見たが、本当に覚悟を決めたらしい。

 がちがちながら、応じようという気はあるようだ。


 細い腕を引っ張ると、褥に転がるサスケの上にが乗るような形になった。

 はサスケの上にまたがったまま、どうすればいいのかわからないようにおどおどしている。




「体から力抜けよ。」

「う、うん。」

「まったく抜けていないぞ。」




 自分の躯の上にある細いは、頷きながらも力をうまく抜くことが出来ないようだ。

 緊張しているのは、わかる。


 だが、緊張は拒絶とは違うから、サスケは少しほっとした。

 宥めるようにぽんぽんと小さな背中を撫で、襦袢の裾をまくり上げて細い足に、素肌に触れる。

 忍のくせに、細い足は筋肉がないせいか、柔らかい。

 きめの細かい白い肌に手を沿わせれば、はびくりと躯を震わせ、サスケの服をぎゅっと握りし
めた。


 を抱え、サスケは身を起こし、と向き合う。




「最初からこんなに緊張してたら、最後までもたない。」

「うぅ、わかってるけど、」




 顔を見ると恥ずかしい。

 おずおずと不安そうに上目遣いではサスケを見上げ、すぐに目をそらす。


 サスケはの頬に柔らかな頬に口づけ、の長襦袢の紐を解いた。

 しゅるっ、と衣擦れの音がして、白い、細い方があらわになる。

 だが、はサスケの服をぎゅっと手で掴んだまま、固まっているため、着物は下まで脱げず、腕
のあたりで引っかかった。




「ぁ、う」




 は恥ずかしそうに脱げかけの長襦袢で胸を隠す。




「恥ずかしいのか?」




 あまりにも真っ赤な顔をするからサスケは尋ねる。

 サスケは別に脱いだところで恥ずかしくないが、男と女では感覚が違うのだろう。

 彼女の頬に手を添えて、うつむきがちの顔を上に向かせて、そっと唇を重ねる。




「ん、」




 小さくうめいて、サスケに応えるように唇を薄く開く。

 サスケはそっと舌を差し入れた。




「ぅ、んん、ふっ、」




 苦しそうにはサスケの服を固く握りしめる。




「力を抜けよ、」




 を座った自分の上にまたがせ、足を開かせる。

 膝立ちになったはサスケに抱きつくことでなんとか躯を支える。

 サスケはの乏しい胸に顔を埋め、手をの太ももに沿わせた。




「細いな。」




 柔らかな内ももを親指で押すと、はぴくりと反応した。




「触るぞ。」




 サスケの手が、の秘部を下着の上からそっと撫でる。

 の躯が大きく震えた。




「なぁ、別に無理しなくて良いぞ。」




 あまりの緊張ぶりに可哀想になってきて、サスケはの胸元から顔を上げる。

 見上げれば、眉間に皺を寄せて一生懸命堪えるがいる。


 そこまで無理をして応えなくても、サスケはまだ待てる。

 言うと、はくしゃりと顔を歪めた。



「だいじょうぶっ、」

「大丈夫じゃないだろう?」

「だいじょうぶ、」




 かたかたと小さく躯を震わせながら、大丈夫だと繰り返す。

 その姿は何かに追い詰められているようで、サスケは自分が萎えるのを感じた。


 怖がっている女を無理矢理手込めにしてどうする。

 サスケはをまたがせたその体勢のまま、を強く抱きしめた。


 の躯は酷く細いし、震えている。




「どうした。何か怖いことがあるのか?」

「ちがっ、」

「じゃあなんだ。」

「・・・・・」

「黙っていてもわからないだろうが。しっかりしてくれ。」




 少し強い語気で言うと、また俯いてしまった。




「別に叱っている訳じゃない。ただ、オレはおまえの意に沿わないことはしたくない。」




 ここで抱いてしまうことは簡単だ。

 だが、どうして怖がっているのか、知らないままで抱いてしまっても、しこりが残る。 




「意に、沿わないことはない、よ。」




 は躊躇いがちにサスケを見上げ、目があうとまた視線を下げる。




「サスケなら、良いから、」

「例え怖くても、か?」

「こ、怖い、ものでしょ?はじめて、だから。」




 イタチとの初めては、とても怖かった。 

 肌を乱暴にまさぐる大きな自分が知っているはずの手とか、わからない感覚とか、押さえつけら
れた腕の重み。知らない人を前にしているような恐怖。

 それに比べたらずっとサスケは優しい。


 でも、やはり思いだしてしまう。

 行為は、いつでも溺れるまでは怖い。

 なら、最初を怖くても乗り越えてしまうしかない。




「おまえ、一体どういうふうにイタチに教えられてきたんだ。怖くても、イタチが望めば意に沿え
と?」

「イタチ、が、したいなら、」




 望むようにすればいいと、思っていた。

 自分はイタチのものだから、意に沿うのが当然だと思っていた。

 初めての時以外拒んだことはほとんど無い。


 だから、サスケがしたいなら自分が我慢すべきだと思った。




、おまえはどうなんだ?」




 サスケは困ったように戸惑うの背中を撫でながら尋ねる。




「サスケが、したい、なら、」

「違う。おまえがしたいかしたくないかだ。」




 こんなに怖がって、怯えて応じても仕方が無い。

 は性欲処理の道具ではないのだ。

 そんなものは花街に行けば幾らでもいる。

 そこにある意志が大切なのに、にはいまいちそれがわかっていない。




「おまえと俺とは対等だ。がしたくないのなら、しなくて良い。俺がそれを選択できるように、
おまえ選択することが出来る。」




 選択肢は、対等に。

 一方的ではなく互いにと、そう最初にサスケは願った。

 それは与えられ、一方的に庇護されるばかりだったには難しいことだ。


 けれど、サスケはイタチほど強くない。

 外から自分との全てを守れるほど、強くはない。

 一緒に歩んで、一緒に戦って欲しいと願うから、対等でいたい。


 だから、どちらかだけが選択権を持つのではないのだ。全ての物事に対して。




「怖いことは、いやだろう?だからが待って欲しいなら、俺はしない。」




 少し体を離しの頬を撫でると、はびくりとする。

 まだ怖さが残っているのだろう。

 はおずおずとサスケを見上げ、表情を伺うそぶりを見せる。




「そう人の顔色ばかり伺うのはやめろ。多少失礼なことを言っても俺は怒らない。」




 サスケは苦笑しながらの着物を整えてやる。

 はだけた着物からのぞく肌は扇情的だが、今日はもう仕方があるまい。




「別に、怖いだけで、嫌じゃないよ・・・・」




 は首を振って俯く。

 根強い恐怖はトラウマのようなものだ、

 治ることなんてあるのだろうかと不安にすら思う。




「だから、・・・して、良い。わたしは、し、たい。」




 きゅっとは自分の長襦袢の襟元を握りしめる。

 怖いけれど、応えられない訳じゃないし、嫌じゃない。

 サスケのことは、信頼している。




「本当に良いのか?」

「うん。」




 気持ちに、嘘はないから。


 はこわごわと躊躇いがちにサスケの首に腕を絡める。

 サスケはの答えを聞いて、やっと結びなおした彼女の襦袢の帯に手をかける。

 さらりと、短くなった紺色の髪がの肩で揺れる。


 の首元に顔を埋めれば淡い香りがして、細くて白い首筋があらわになる。




「好きだ。」




 告げたのはちっぽけな、言葉。

 何か意味があるわけでもない。


 それがわかっていても、サスケは言わずにはいられなかった。





需要と供給だけなら完璧に合っていた




( 体温を わけあうこと 寂しさを 分け合うこと )