窓辺から差し込む月明かりに、はすっと瞼を上げる。
霞がかかった意識は、ゆっくりと覚醒に向かう。
もう朝方か、随分月は傾いていたが、満月なので明るい。
は痛む躯をサスケを起こさないようにゆっくり起こして、月を見上げた。
後数時間すれば朝日も昇るだろうが、まだ暗い。
明かりもつけずに眠ってしまったらしく部屋は真っ暗で、月明かりだけが明るく二人を照らして
いる。
行為は痛かったし、やはり苦しかった。
イタチとの初めてほどではなかったにしろ、同じように苦痛を感じた。
徐々に慣れていけば、心地良いとまではいかなくても、イタチの時と同じように痛くはなくなっ
てくるのだろう。
イタチとは違うサスケに、慣れていくのだろう。
イタチを忘れていくことにいい知れない恐怖を感じていたのに、今は心穏やかにそのことを感じ
られた。
別にイタチが嫌いになったわけでもない。悲しみが薄れたわけでもない。
ただ香燐の言うとおり、生者に心が移っていくということなのだろう。
そっとは自分の躯を抱きしめる。
辛かったけれど、肌が触れあう温もりは、温かさは苦痛ではなかった。
温もりに包まれて眠ることは心地良かった。
隣のサスケを見ると、珍しく眠っているようだ。
彼が眠る様をはあまり見たことがない。
それはイタチも同じだった。
より遅く起きて早く目覚める。
忍とは、そう言う物なのかも知れない。
は、何も知らないのだ。忍としての矜恃も、志も。
忍とは死に様の世界であると本には書いてあった。
イタチはひっそりと散ったが、それでもここに二人が残り、不知火に未来が残り、生きている限
り彼の死は大きな意味がある物だったのだろう。
は何も知らない。
死に様なんて考えたこともないし、生き様も同じだ。
いつかそれが、イタチと同じように彼を傷つけてしまうのかも知れない。
サスケの穏やかな寝顔は、と同じでまだ幼い。
は痛む躯を引きずりながら、サスケの隣に膝をつく。
自分より僅かに年下の彼はイタチとは違ってを対等としてみようとしてくれる。
本当ならの方がお姉さんのはずだ。
なのにはイタチどころかサスケにすら追いつけてはいない。
はサスケの髪に手を伸ばし、躊躇いがちに撫でる。
さらりとした黒髪は、イタチの物よりもずっと固い。
はいつも受け身だった。
自分から行動を起こすことはほとんどせず、ただ与えられることを甘受し、ただ自分の心の持っ
て行き方を学んでいた。
自分から望むことが、苦手だった。
決断することで得る様様な事態に、怯えていた。
「人の顔を眺めて楽しいか?」
いつの間にか、サスケの目が開いている。
は物思いにふけっていて全く気付かなかったため、凍り付く。
彼の漆黒の瞳は意地悪くを見て細められていた。
「え、お、起きてたの。」
「起きた。頭を撫でられて目が覚めないわけないだろう。」
眠っていても忍である。
人が動く気配には常に敏感だ。敏感であらなければならない。
寝込みに襲われたらどうするのだ。
忍として当然のことだが、は比較的爆睡型でサスケが多少動いても起きなかったりする。
彼女が忍として生きていない証拠だった。
は自分の躯を隠すために、脱ぎ散らかした着物を引っ張って胸を隠す。
隠すほどの胸もないのだが、サスケはそれよりも裸を見られることに恥ずかしいという神経があ
ったことに驚く。
着物を彼女はほとんど自分で着られない。
そのためサスケが着せてやっていたが、躯に触っても平気なので、恥ずかしがっていないのだと
思っていた。
「今更、恥ずかしがるようなことでもないだろう。」
昨日全部見たのだ。
サスケとて全裸だが、今更恥ずかしいとは思わない。
が体を起こしているので、サスケも身を起こす。
久しぶりに女を抱いたため腕や腰に変な軋みはあるが、気分はすっきりしていて、体調も悪くは
ない。
少し明るいなと思って障子に手を伸ばせば、月が見えた。
道理で明るいわけだ。昨日明かりもつけずに眠ったというのに。
沈黙が静かに部屋を満たす。
話すことがあるわけでもなく、行為の後と言うこともあって何やら気まずい。
サスケは俯いているを横目で見た。
首筋や胸元、腕にはサスケになぶられた痕がある。
胸元を隠すといっても、あちこちに痣やら痕が見える。
強く掴みすぎたかも知れない。の腕にまで痣が残っていた。この分だと太ももあたりにもついているかも知れない。
結局彼女はサスケがイって間もなく、気絶するように眠りに落ちた。
すでにサスケが彼女の胎内で動き出した時にはもう意識がはっきりしていなかったから、おそら
く痛みだけで行為の間何とか意識を保っていたのだろう。
「大丈夫か?躯。」
サスケは昨夜の彼女の苦しそうな顔を思いだして、尋ねる。
終わった後、彼女に長襦袢を着せようかと思ったが、彼女が着ていた襦袢は血で濡れていた。
彼女の躯の下敷きになっていたせいだ。
自分が疲れていたこともあって別の襦袢を取りに行くのも面倒でそのまま眠ってしまったが、痛
みは大丈夫だろうか。
はサスケの話に恥ずかしそうにしながら、大丈夫、と言った。
サスケはの頬に手を伸ばし、少し赤くなった目元をさする。
気恥ずかしさからか、サスケの手から逃れようと身を捩ったは、痛みに顔を歪めた。
「ちょっと、痛い。」
強がってみたが、やはり痛いらしい。
どうにも格好のつかない奴だと思いながら、サスケはまた寝転がって、の頭に手を伸ばして眠
るように促す。
「眠れ、どうせ二人でいるなら、あいつらも起こしに来ないだろう。」
明日は別にマダラと会う予定もなく、暇だ。
八尾の情報待ちなのだが、急を要することもない。
ひとまず捕まえることが重要なのであって、それ以上でも以下でもなかった。
明日一日二人で眠っていても問題はないし、香燐とてにいらぬ恋愛話を振った限りは部屋から
出てこないサスケ達をわざわざ部屋に呼びに来るようなまねしないだろう。
は躯が痛まないように殊更ゆっくり身を横たえる。
サスケの方を向いて、少し間を開けて寝転がったの躯に手を回し、サスケは半ば無理矢理自分
の方へ引き寄せた。
「さ、さすけ、」
恥ずかしがりのは顔を赤くして反論する。
「今更だ、」
サスケは無表情のまま言い放つ。
を引き寄せれば、間近にの顔が来る。
はサスケに顔を見られるのが恥ずかしいようで、サスケの胸板に頬を寄せた。
サスケは彼女の紺色の髪に手を絡め、ゆっくり撫でる。
さらりとした手触りのくせのない髪は、すぐにサスケの手からすり抜ける。
黒よりも明るい色合いの紺色の髪は、ひらりと障子越しの月の光に反射して落ちる。
白色の蝶が、闇を照らすように鱗粉を散らし、淡く光る。
を見下ろせば、疲れていて眠いのかうつらうつらしている。
イタチも同じようにを抱いて、こんな風に穏やかにまどろんだ時間があったのだろうか。
そうであってくれれば、良いと思う。
何よりも辛い思いをしていた、辛い思いをさせた兄だった。
に少しでも温もりを見いだせたのだというのなら、サスケは切ないながらもせめて彼が少しで
も幸せを感じていたと思うことが出来る。
思い出せば、彼の苦しみを思えば憎しみと悲しみが心を塞ぐけれど、木の葉への復讐を果たせば
この思いも昇華されるのかもしれない。
を抱けば兄に対する罪悪感と、悲しみを思い出す。
だが、もう戻れない。兄は戻ってこない。
だから、サスケは戦いが終わったらなんてこと、考えられなかった。
兄の傍にいたが、今度は自分の傍にある。最後の瞬間までついてくると思えば、何も怖いもの
はない気がした。
すべてをはき出すような深いため息をつけば、がもそりと動いてサスケの顔をのぞき込んでく
る。
ごまかし、戯れるようにサスケはひらひらと飛ぶ蝶に手を伸ばす。
「ぁ、」
が小さな声を上げて、サスケの手の甲についた傷を見つける。
昨晩が痛みのせいでサスケの手を握りしめたためだ。
の爪は別に長くないが、力を込めれば人間の機関の中で歯の次に固い物だ。
赤い血がにじんでいた。
「ご、ごめんね。」
「大したことじゃない。」
「いや、あの、舌も噛んだ気がするだけど…」
行為中に苦しさあまってサスケの舌を噛んだことも覚えていたらしい。
「おまえも痛かっただろう。お互い様だ。」
憮然と言い放てば、はほっとした顔をする。
正直の痛みと比較すればどう考えてもお互い様だとは思えなかったが、にとってはこういう
言い方の方が気楽なようだ。
自分がされたことよりもやはり自分がしたことの方に重点が置かれるらしい。
はイタチを殺した奴らよりも、自分の方を責めた。
サスケは自分がされたことの方が感情の大きな割合を占める。
要するに典型的な自己中だ。
そう言う意味ではは正反対である。
だからこそ、一緒に歩んでいくことに意味があると思う。
はれぼったい目に口付けて、サスケは目を閉じた。
「お休み、、」
けれども離れるという選択肢はどこにもなく
( 溺れていく 沈んでいく )