!」




 自分を呼ぶ声がする。必死な声音はどこかイタチに似ていたけれど、すぐに違うとわかった。もしに会えば、彼は怒った声音で静かに言うだろう

 おまえは、大馬鹿ものだ、って。

 でもその声はあまりに普通で、は重い瞼をゆっくりとあけた。

 前方包囲見えるはずのの瞳は、けれど既に片目が映らなかった。瞼は開いているはずなのに、片目しか視界がない。それをゆっくりと動かすと、母に追いすがる子供のように自分の名を叫ぶサスケがいた。




「だい、じょ・・・ぶ?」




 声をかけると彼の表情がくしゃりと歪んだ。




「良、か、った…」




 声を出せば、口の端から何かが溢れた。その熱い何かがには既になんなのか分からないけれど、声を絞り出すと酷いしびれのような痛みを感じた。

 しかしそれ以上に感じたのは、眠たさだ。酷く眠たい。




、」




 サスケが僅かに安堵の表情を浮かべていたが、それでも焦っているようだ。どうしてそんな悲しい顔をして自分を見ているのだろう。不思議に思って手を握ろうとして、理解した。

 手の感触はまだ残っていて、べたりとした何かの感触が生々しかった。それで頭で理解できた。自分は確かに人を殺したけれど、全身血まみれになるような殺し方は、白炎を持っては出来ない。

 要するに、自分の血なのだ。




「サスケ君!揺らしちゃだめ!」




 横から女性の声が聞こえて、サスケを制する。何か光が見えたけど、多分かなり怪我が酷いのだろう、彼女の表情は険しかった。

 サスケの隣ではナルトが今にも泣きそうな顔でただ突っ立っている。

 手は動く。足の感覚はもうない。痛くて動かすことが出来ないのだ。もしかしたら、足がもげているかも知れない。べたべたする、不快な手の中にある血の感覚すらも薄らぎつつあるのだ。

 周りで言い争ったりする声も聞こえたが、全体的にそれも遠い。耳も少しおかしくなっているのかも知れないなと思った。

 でも、満足だった。




「さ、すけ、」




 怪我をしているようだったが、彼は無事なようだ。ナルトも、少女もいると言うことは、は選択を間違わなかったのだ。何も、失わなかった。




「よか、た。みな、」




 無事だった。そう目を細めれば、サスケが首を振った。




「何でだよ。一緒に最期まで足掻くって、言っただろ!?」




 甲高い、彼とは思えない悲痛な声音だった。




「ぅ、ん、いった、ね。」




 約束した。一緒に歩いて、一緒に死のうって。




「だか、ら、がんば、った、よ。」




 最期まで足掻いた。彼の大切な人たちを守ろうと必死になって、戦った。結果は自分の体を犠牲にしてしまうことになったけれど、彼との約束通り、最期まで諦めなかった。

 今まで、自分で選択しようとしなかった。

 イタチに守られてばかりで、何も選択せず、彼を助けることもせず、ただ彼の庇護下で生きていた。それが、彼を殺した。

 本当に大切に思うなら、彼を守るために戦うべきだったんだろう。

 気づいた時には既に遅すぎた。でも今度は間に合った。イタチの大切な人を守った。そして、イタチの大切な人であるサスケの、大切な人たちを守れた。




「じょ、ず、に、できた、でしょう?」




 いっぱい考えて、でも策略とかそういったこともろくに知らないから、どうすれば良いか分からなかったわりに、この終わりはなかなか結果としては良かったのではないかと思う。

 目を細めて笑うと、サスケがますます悲痛な表情になった。





「なんで、なんでだよ!オレを、殺せよ!」




 一人で行かないと約束したはずだと、サスケが繰り返す。それには首を振った。




「あなた、が、いった、で、しょ?」




 イタチが守った命を、無駄にしないでくれと、そう言ったのはサスケだ。

 それはも、サスケも同じはずだ。こうしてはいなくなるけれど、サスケが残れば、イタチの命は無駄だったわけじゃない。それにには子供がいる。彼らが続いていく限り、イタチの命は子供たちに受け継がれている。

 それで良いのだ。




「血が、止まらない!なんで!!」




 何か医療行為を行っていたのか、少女が苦しそうに言う。

 多分、の体が白炎のチャクラに冒されているからだろう。彼女の医療行為のためのチャクラが無効化されているから、治療は難しい。けれどはそれを人ごとのように感じていた。




っ、おまえまで、オレを置いていくのかっ!おまえは、」

「サスケ君!」




 半狂乱になってを揺さぶるサスケを横にいる少女が必死で止める。ナルトがの頭の近くに膝をついた。




「あぁ、おまえはがんばったよ。」




 ナルトが静かにに言う。




「よく頑張ったな。」




 そっと優しく頭を撫でられる。大きな手がの髪を撫でていくその感触は、イタチに頭を撫でられるのによく似ていた。

 いつもが泣いたり、悲しんだりすると、彼は何時間でも抱きしめて頭を撫でてくれた。大丈夫だ、怖いものはないよと頭を撫でてくれた。それが酷く心地よくて、大好きだった。




「ぃ、た、ち。」




 名前を口に乗せれば、こぽっとまた口元から血があふれ出す。もう手の感覚はなかった。

 愛しい人はもうここにはいない。現の世で会うことは叶わない。それはちゃんともう理解している。でも、きっと死んだら会えるだろう。それを願わないと、サスケに会ってから、決めた。

 もう見えていない片方の瞳にイタチの姿が浮かぶ。

 きっと怒っているだろうと思っていた彼は、仕方ないなと言う、困ったような顔をしてこちらを向いていた。そういえば、彼が自分に怒ったことなどほとんどなかった。が何をしても、たいていの場合は困った顔をしていた。




「あぁ、」




 会いたかった、死んでしまいたいほどに会いたかった。目尻から涙が勝手に溢れる。




「頑張ったな。。」




 ナルトの優しい声が、イタチの声に重なる。




「ぅん。がんば、った。」




 は満面の笑みで、いつもイタチに答える時と同じように、そう出ない声を振り絞った。

 だから笑ってください。こういう形しか選べなかったわたしを。

 そして誉めてください。貴方の大切な人も、サスケの大切な人も守れたわたしを。


 あの日と同じ、困ったような笑顔で、わたしを笑って。


 耐えきれないほどの眠気と、酷い安心感がを包む。それに促されるように、は闇の中に飛び込んだ。終わりは、既に見えていた。







終わりを超えるその先で


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