ガラスで隔てられた向こうにある光景はあまりに無機質で、機械の音が響き渡る

 彼女のチャクラを出来るだけ低下させる呪印が白い部屋いっぱいに描かれている。その中央に横たわる彼女は、機械に繋がれ、生きているのか死んでいるのかすら分からない。




「危険な状態、としか言えない。」




 綱手は悩ましげに眉を寄せて、苦しげにそう言った。




「一応、のチャクラを一時的だが印で封じた。だが、それもいつとけるか分からないような状態だ。」




 が大けがと力の使いすぎによって倒れた時、彼女の躯を覆い尽くしたのは、彼女の血継限界そのものである白炎だった。日頃は制限されているその白炎を解放し、限界まで使った彼女は、大けがを負い、逆に白炎を制御できず、大きすぎるチャクラがの身体機能すらも食い始めたのだ。

 元々の血継限界である白炎は、他者のチャクラを直接焼く働きを持つ。

 木の葉はナルトのチャクラを押さえる術を持っており、唯一を助けられるかと思われたが、のチャクラはチャクラを押さえるための医療忍者たちの術すらも焼き、食らっていく。




「今はナルトがなんとか維持しているが、それも。」




 ナルトとて大けがをしている所を、手当もそこそこに傷を押してのチャクラを押さえようとしている。だが、術を何度かけ直しても、徐々に術は解けていく。のチャクラによって。




「躯の傷だけでも死にそうな状態だ。それをチャクラが蝕んでいるようではどうしようもない…。」

「そんな、」





 サスケはあまりの絶望に壁に背を預けるようにして、座り込むしかなかった。

 がナルトとサスケを庇ったのは、誰が止める間もない一瞬のことだった。尾獣の力を使った大きな攻撃、それをあっさり止め焼き尽くした代償はの躯への沢山の傷と、白炎の解放という危険な形での能力の行使だった。

 結果的にナルトとサスケは助かった。だが、血まみれのぼろぼろの躯で、それでも二人を庇って立ち上がろうとしたの傷は、目も当てられる状態ではなかった。




「そんなのって…なんで、オレじゃ。」




 復讐を企てて、里を襲う暁に加わったのは、サスケだ。それを決めてに協力を仰いだのも、サスケだ。は自分の子供たちを守るために協力していただけで、里を憎んではいなかった。犯罪者でも何でもない。ただ、サスケに従っていただけ。

 なのに、サスケが怪我をしていながらもこうして無事に助かって、どうして彼女はこうして死に逝くのだろう。 

 一緒にと、願った。オレが死ぬ時は殺してやるから、一緒に最後まで来い、最後まで足掻こうと言ったのに。


 予想もしていなかった。



 は、いつでもサスケから離れることが出来た。が離れなかったのは、サスケの心を守るため、支えるためだった。それがイタチの願いだと知り、ただサスケを守るためだけに、傍にいて。そして今、死にゆく。




「なんで、が、」




 くしゃりと表情を歪めて、サスケは自分の手で顔を覆う。

 共に死にゆく覚悟はあった。自分が死ぬ時、を殺す覚悟もあった。でも、に置いて逝かれる覚悟はなかった。そんな覚悟を、考えたことすらなかったのだ。自分が彼女を守っているとばかり思っていた。

 自分が、ずっと守られていたなんて。





「綱手様。」

「サクラ、どうだ?の様子は。」

「厳しい状態が、正直、続いています。」




 サクラがやってきて、綱手に報告する。

 サクラはの治療に集中しきりだったのか、汗だくで、彼女自身も大けがを負っているが、それでも弱音一つ吐かない。座り込んでいたサスケは僅かに顔を上げる。




「…サスケ君…」




 サクラは座り込んでいるサスケに複雑そうな目を向ける。

 彼女の中でも抜け忍として犯罪にまで手を染めたサスケには思うところが多々あるのだろう。だが、それでもナルトが命をかけて取り戻したサスケに追い打ちをかけることはしないし、今、サスケの恋人であるを懸命に助けようとしている。

 サスケは奥歯をぎりりと噛んで、何とかこみ上げてくるものを堪えた。

 皆そうだ、サスケを信じ、サスケを守ろうとしてくれた。今も、昔もそれは変わらない。も、サクラも、ナルトも、そして今はなきイタチも、サスケを守ろうとして傷つくことを欠片もいとわない。

 なのに、自分勝手に動いて、他人の思いなんて全部放り投げて復讐に走って、自分の結果はこれか。

 自分でを助けることすら出来ない。

 サスケは生きてるんじゃない。生かされているのだ。ただ幸運と、他人の犠牲の下に。




「…今度は、まで、オレを置いていくのか…、」




 震える声は、笑っているようにも、泣いているようにも聞こえた。

 情けない。なにも助けられない。

 ここに座ってただ嘆くことしか出来ず、項垂れている自分は、無力だった昔と全く何も変わっていなかった。何年も修行して、抜け忍にまで身を落として、何も変わらなかったのだ。

 まで失うと思うともう耐えきれなくて、手で顔を覆っていると、突然がっと胸ぐらを掴まれた。




「馬鹿なこと言うんじゃないわ」




 目の前には酷く怒ったサクラの顔がある。




「まだ、生きてるの!あの子、まだがんばってるのよ!」




 まだ、は生きている。死にそうな怪我で、あまりにも多すぎるチャクラで、身体を蝕みながらも彼女はまだ死んでいない。息があるのだ。




「わたしたち、今、がんばってるの。あの子を生かすために。」




 ナルトだってサクラだって、怪我を負い、ぎりぎりの状態だ。

 それでもを生かすために、助けるために全力を尽くしている。綱手や、医療班だってそうだ。本来なら敵のはずのを、全力で助けようとサポートし、必死で何度も術をかけ直し、生かそうとしている。




「確かに里はサスケ君を裏切ったのかも知れない。でも昔と今は違う。」

「…」

「わたしたちは貴方が大事なあの子を助けてみせる。だから、だから、それが出来たら貴方は私たちを信じて。」





 真剣な明るい色合いの瞳がサスケにそう言う。

 その目には欠片の迷いもなく、自分と、そして仲間たちを信じている。揺るぎない自信がそこにある。

 サスケは、何を信じていただろうか。

 仲間などこれっぽちも信じていなかった。のことは信じていた。でも理解してやろうとしたことは、あっただろうか。いつ頃からか、自分が精一杯になって、彼女を思いやることすらも、忘れていた気がする。は、サスケのために、なんだって出来た。でも、多分サスケは違った。




「…お願いだ、を助けてくれ…」




 結局、憎んだ、一番憎んだ里に、大切にしてくれたのに、自分で捨てた親友たちにサスケは縋り付くしかない。




を、」




 自分は何も変わっていない。他人に生かされ、他人に助けられ、それでも生きている。惨めに生き残って、縋り付いている。








幼き頃と変わりなく無力な我が身を懺悔する


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