目を開ければ、光が酷く目をさして、何も見えなかった。体中が痛くて、呼吸すらも苦しい。




「ぁ、」




 声は、声にならず掠れる。声帯が上手に震えてくれず、酷く喉が渇いている。

 わたし、まだいきているんだ

 酷く感心した。大けがも、自分が白炎を開放して、それがどれほど危険なのかも、ちゃんと分かっていた。自分は死ぬんだろう。そう冷静に考えていたから、生きていると分かった時は、酷く驚いた。

 図太いな、イタチが助けてくれたのかな、

 そんなまとまらないことをぼんやりと頭の中で反芻していると、ゆっくりと光に目が慣れたのか、視界がはっきりしてきた。片方の目が見えないことに気づいたが、それ以上に、の体が震えた。




「ぁ、」




 白い病室、閉鎖的な空間が、幽閉自体をふっと思い出させる。体が勝手に震えて、止まらない。

 手を僅かに動かそうとすると、痛みで出来なかったが、指先が動いたのが分かった。手は動くらしい。手には温かい感触。

 途端、視界に何かが飛び込んできた。




、」




 呆然としたような、信じられないといった表情のサスケが、上からを見下ろしていた。




「え?意識戻った?」




 驚いた女性の声が病室に響く。桃色の髪の少女が視界に入ってきて、の前で手を振る。だが、はそれどころではなかった。




「ぃ、ぃや、」




 白くて、コンクリート造りの、何もない場所。閉鎖的で、閉じ込められていると意識した途端、もう止まらなかった。

 体中が痛むというのに、無理やり折れた腕をついて、上体を起こす。呼吸器が滑り落ちた。包帯に血が新たに滲む。傷が開いたのだろう。全身が痛むけれど、はどうしてこの部屋から出たかった。




!」




 サスケが叫ぶのが聞こえた。

 体勢など考えていられず、ただ、ただ、外に出たくて、だが体は当然傷だらけで大けがも負っているため、うまく動かない。足の骨が折れているのか、もしくは何か違う理由があるのか、何とかベッドから下りようとして、布団ごと転げ落ちた。





!」 





 床に落ちる前で、何とかサスケが受け止める。だが体の震えが止まらず、この部屋から逃げたくて、どうしようもなくて、怖くて、涙が勝手に溢れてきて止まらなかった。








「ぃ、ゃ、怖ぃ、うぅ、けほっ、やだ、ここは、ぃや、」

 何とか声を絞り出せば、傷が開いたのか、声と共に血が口から溢れた。

 サスケははっとしての意図するところに気づいたのだろう。がたがた震えるを抱きしめる。




「大丈夫だ。閉じ込めてる訳じゃない。だから、落ち着け。」




 そう言ってをそっと抱き上げる。だが、は既にこの場所自体に耐えられず、首を振った。




「ぃや、いや、」




 繰り返して、逃れようとする。サスケはを抱きしめて宥めようとするが、全く駄目だった。

 仕方なく、サクラが注射器を出してきて、にそれを打つと、途端にを眠気が襲い、気を失うように眠りに落ちた。数分のやりとりだったが、傷が開いたのか、ベッドのシーツは血だらけになっている。




「…なに、今の。」




 サクラはが眠ったのを確認して、サスケを見る。

 サスケは納得しているのか、を抱きしめていたが、彼女が完全に眠っているのを確認してから、をベッドに寝かした。




「…どっか、窓が、大きく開けるような部屋ってないか。」

「え?窓?」

「扉とかでも良い。ひとまず、閉じ込められていないって、思えるところが良い。」




 サスケは目を伏せたまま、の目尻の涙を拭う。




「…こいつ、白い部屋とか、閉じ込められたりとか、そういうの駄目なんだ。幽閉されてたから、すごく敏感で。」





 サスケの説明に、サクラははっとする。

 彼女が木の葉によって幼い頃から幽閉されていたという話は、綱手からも聞いてみる。明らかに不当な扱いで、時々、に怯えて食事を持ってこないものもいたという。

 イタチに攫われるまでの12年間、は壁にチャクラを封じる呪印を埋め込まれた屋敷の一室に閉じ込められていた。





「恐怖症なの?」

「多分暗所も、閉所も駄目だ。」




 は屈託なく笑うから、忘れそうになるけれど、幽閉されたことによる心の傷は確かに存在するのだ。目が覚めたと僅かなりとも安堵して、サスケもすっかりそのことを忘れかけていた。




「せっかく助かったかと思ったのに、こんなことされれば大変だわ。」





 サクラは少し怒ったような顔をして、に呼吸器を取り付ける。

 意識が戻ったことは朗報だが、これでは悪影響だ。傷は酷く体調も今も変わらず悪い。少しの精神状態の悪化が体調の悪化に繋がり、死に至ることは簡単だ。





「薬は副作用だってあるのよ。すぐに綱手様に話すわ。」




 薬ばかり使っていては、後々大変なことになる。それを理解するサクラは大きく息を吐いた。

 折れた腕からはまた新たな血が溢れており、変えなければならなそうだ。





「すまない。は、」

「わかってるわ。こればっかりは彼女が悪いんじゃない。」




 サクラははっきりと返す。

 サクラとて理解している。自分の意志で里を抜けたサスケと違い、は致し方なかった部分が大きく、上忍たちの多くも情状酌量の余地は十分にあると考え、保護には積極的だったし、今もを助けようと努力している。

 ただ、サクラにとっても初めての経験だらけだった。

 血継限界を持ち、身体的にも特殊なは、例えば人より平熱が数度高く、43度を超えてもただの熱と換算できたり、皮膚が炎を遮断する特殊な機能を持っていたりと、人とは違うところがあると同時に、それによって効く薬、効かない薬も変わってくる。

 そのため、怪我の治療にも多すぎて彼女の体を食らっているチャクラの処理に関しても、初めてのことだらけだった。





「違う意味で、勉強になるわ。」





 ずっと抜け忍であったイタチに付き従い、彼亡き後はサスケと行動を共にした少女。サスケにとって命よりも大切なその少女の性格をサクラは知らない。

 それでも助けようとするのは、彼女がサスケの大事な子だからだ。




、」





 サスケは不安そうに彼女の名前を呼んで、細い手を握って近くの椅子に座る。





「…死ぬな。」





 縋るように呟かれる言葉を聞きながら、サクラは息を吐く。

 どうして彼女のことをサスケはこれほどに思うのだろうか。どんな少女なのだろうか。

 自分に何が足りなかったんだろう。

 少しだけ、たまにそう思う心は止められなかった。








こころ


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