一命を取り留め、意識が戻ってもの状態は酷いものだった。
何度も咳を繰り返すため喉の奥が切れたのか、吐血することも頻繁で、呼吸も時には自力ではままならず、人工呼吸器をつけたり、外したりを繰り返すこととなった。
チャクラも安定せず、安定が崩れる度に体調を崩し、容態は急変を繰り返した。
また、幽閉時代の記憶から白い病室や閉鎖的な場所に酷く怯えるため、常の病室は使えず、また犯罪者を収監する病院もだめで、結果的に病院の一角にあった茶室に収監された。
サスケも本来なら犯罪者を収監する牢などに入れられても当然の所だが、火影とナルトの好意での傍にいることが許されている。もちろんが体調が悪い間だけという話だったが、2週間たった今でも一命を取り留めたと言うだけで、いつ急変してもおかしくない状態だった。
高い熱も相変わらずで、意識もぼんやりとしている。
『、』
『…ぅ、ん…』
それでもサスケが不安そうに、生きているのを確認するように名前を呼ぶと、どれほど体調が悪かろうと、彼女は小さく返事をして、握られた手に僅かだけ力を込めた。
『…彼女は、二度と歩けないわ。』
何とか一命を取り留めた二日後、サクラはサスケに告げた。
残酷な知らせだった。
はそれどころの状態ではない。もしかしたら気づいていないのかも知れないし、気づいているのかも知れない。それでも、サスケには彼女に二度と歩けないという事実を、自分で伝えられそうには到底なかった。
自分のせいであるから、なおさらだ。
「、」
熱が高いというのに、血の気の引いた青ざめた顔を見ながら、サスケはの手を握りしめた。正直、苦しむ彼女を見ながら、自分が死にたい気分になった。
「サスケ、大丈夫かー?」
ナルトの素っ頓狂な声と共に、襖が開けられる。サクラも一緒らしい。
「…あぁ、」
生きてはいる、とサスケは思いながら、ナルトとサクラの方を振り返った。すると二人は目を丸くした。
「サスケ君、ひっどい隈よ。」
目元を示して、サクラが言った。
が死ぬのではないかとここ数週間、ろくに眠れていない。
何度かサクラとナルトが変わってくれると言ったが、僅かでも離れている間にが死ぬのではないかと不安で、かといって自分が傍にいたところで何か出来るわけでもないのに、怖くて側を離れられなかったのだ。
特にここ5日ほどはが高熱を出していることもあり、ほぼ徹夜状態だった。
「、、」
サクラが確認するように、に呼びかける。だが、彼女が反応する気配は全くない。荒く浅い呼吸音が部屋に響いている。
サスケはふと不安になる。
「・・?」
酷い恐怖を押し殺して、平静を装って、名前を呼ぶ。けれど、不安は隠しきれず、彼女の手を強く握りしめてしまった。
を窺っていると、僅かに瞼を開いてあたりを確認するように焦点がゆっくりとさまよったかと思うと、サスケを見つめ、小さく頷いた。
「ぅ、ん。」
掠れた声は喉を傷つけてしまっているから、あまり音にならない。間近でなければ聞こえないような程、小さい声だ。それでもが答えてくれたことに安堵して、サスケはの手を握りしめた。
「は、サスケの声にめっちゃ反応するよな。」
ナルトは感心したように言う。だがサスケは表情を曇らせた。
はサスケには酷く敏感だ。いつでも、そうだったと思う。はサスケが苦しいとすぐに反応してくれた。でも、自分はの声にそれ程耳を傾けていただろうかと思う。
「薬で、ちょっと熱を抑えるから。良いわね。」
サクラが大きな声で声をかけるとは僅かに首を縦に振った。
元々炎の血継限界を持つであるため、熱には非常に強い。しかしそれも検査の結果、肌と肌の下の組織が炎を遮断する程の耐熱作用を持っているだけで、内臓などの体組織自体は人より、少し熱に強い程度だと言うことがわかった。
の平熱が39度前後。熱を出しても45度が限界だ。普通の人間よりも5,6度高い程度。なのにの熱は既に46度を超えており、これほど高い熱が長い間続けば、脳の方がやられてしまう可能性があった。
「ちょっと痛むかも。」
サクラがの細い腕に針を刺す。
だがはほとんど感じないのか、何ら反応を返さなかった。ただ紺色の瞳をうっすらと開けて、宙を見ている。
体中傷だらけで、熱も多分傷から来るものだと言われている。チャクラの不安定と、傷。この二つの要因がを苦しめている。だが、はあまり痛みを感じていないようだった。
本当なら痛みでのたうち回っても良いはずなのだが、まったくそういった様子はない。その元気すらも、ないのだ。
「サスケ、オレがをちょっと見とくから、おまえ寝た方が良いぞ。」
ナルトが項垂れるサスケの肩を叩く。
「…どうせ寝れないんだ。」
寝ようと思っても気になって仕方がない。
精神的に壊れていくような気がする。蛇の生殺しみたいに、緩慢に壊れていくのが自分で分かる。
「別にから離れなくて良いさ。そこで寝とけよ。」
ナルトとて、サスケがから離れるのを不安がっているのは分かっている。畳の上を指して、言った。
近くなら、まだ安心できるだろうと言うことだ。
サクラも酷く心配顔で、サスケを見ている。友人たちの心遣いは嬉しかったが同時に心が酷く痛んだ。自分はこれほどに他人に心配される価値がある人間ではない。
むしろ。
「…、苦しいか?」
サスケは表情を歪めて、彼女に尋ねた。
何故彼女がこれほどに苦しまないといけない。何も罪はない。罪があるのはサスケだ。
苦しむ彼女を前に、サスケは何度か彼女の首に手をかけたことがある。殺した方が、彼女が苦しまないのではないか。本当は痛くて、苦しくて、死にたいんじゃないか。それは自分が罪悪感に耐えきれず、死にたい故でもあった。
は曇った紺色の瞳で声のするサスケの方にゆっくりと視線をやって、僅かに唇を動かす。
だいじょうぶ
声は出ないけれど、彼女はいつもそう言う。大丈夫、自分はまだ生きている。まだ生きたい、と。
「うん。」
だから、サスケもまだ生きる。
心が痛む。罪悪感が胸を塞ぐ。自分は死ぬべき人間だった。でも、彼女がいるから、まだ生きる。生きなければならない。それが多分、自分に科せられた罰だ。
彼女のために。そして自分を支えていくために。
死にたがりやの己を