どうしてこうなったのか。
彼女だけがどうしてなくしていくのか。
答えは自分が悪いとしか思えなくて、後悔ばかりが雪のように時がたつにつれて積み重なっていく。
一言でも責めてくれれば良い。
おまえのせいだと罵ってくれれば良いのに、彼女は聖女のように清らかに微笑むだけで、一言もサスケを罵ったことはなかった。
「・・・なんで、」
のいる病院内の和室の前でサスケは悶々と考えていた。の様子を目の当たりにするのが、正直今のサスケにとって最も辛かった。
が褥から身を起こせるようになった今でも、サスケの心を支配するのは死んだ方がましだったのではないかと思うほどの重苦しい後悔だけだった。
もちろんが意識を取り戻し、体調を少しずつ戻しつつあることに安堵しているのも事実だが、が自分に笑いかける度に、鈍器で殴られたような心地がする。
「きゃーー!何してるの!!」
サクラの悲鳴のような声が聞こえ、はっとしてサスケは慌てて和室の中に踏み込むが、もう一歩踏み出そうとして慌てて踏みとどまった。
一歩先の畳の向こうに、がいた。
ぺたっと畳に張り付いたまま、転がっている。
和室の襖の前にがいて、危うくサクラが踏みそうになったらしい。
「え?這う練習?」
はサクラを確認すると首だけを上に向けて、何でもないことのように言って見せた。
「安静って言ったでしょ!!」
サクラはを怒鳴りつけて、畳の上でマグロのようにぱたぱたとしか動けず、ろくに前に進めないを布団へと引き戻す。
は怒鳴られるのになれていないため、あからさまに萎縮して怯えたそぶりを見せた。
「どれくらいあそこで這いつくばってたの?」
サクラはの熱を測り、慌てて点滴の用意をする。
「うーん。5分くらい・・・」
先ほど怒鳴りつけられた余韻が残っているのか、は恐る恐るサクラを見上げて主張する。
「嘘。手が冷たくなってる。」
の冷たい手を温めるようにサクラは擦った。
「・・・、貴方の足は、リハビリをしたからと言って、歩けは、しないわ。」
むしろ這われて体を冷やして体調を崩す方が大事だ。
サクラはの熱を気にしながらどうにか遠回しに彼女の行動を止めるべく言ったつもりだったが、には全く伝わっていなかったらしい。
「うん。でも、ひとりで動けないと、困るでしょ?」
「・・・あのね、這って道ばたを動くつもりなの?」
「だってチャクラ使っちゃ駄目でしょ?」
の言うことは確かに正しい。
もう歩けないと言われている限り、足の代わりに移動手段が必要なのは事実だ。チャクラを使ってはいけないので口寄せによって移動手段を得ることは不可能だから、這う以外に方法がないことも理解できる。
はおそらく、自分で出来る方法を探したのだろうが、家の中はともかく道ばたで這うのは少し無理だ。
そしてそもそもの体調は未だ小康状態で、入院中。
確かに明後日には退院して、サスケと共に刑が決まるまでの一時軟禁先として旧うちは邸に移る予定だが、体調を崩せば即入院と言うほどに良くはないのだ。リハビリをする前に絶対安静。今までの怪我を治すことから始めなければならない。
「怪我が治るまでは全部なし。良いわね。」
サクラは念を押すようにに言う。
の体には致命傷になりかけた胸あたりの傷から、の歩く能力を奪った深々と神経に達する足の傷まで大小様々な怪我がある。その上大きすぎるチャクラが彼女の体を蝕んだ時の、内臓疾患も残っている。
まだ正直這って動くなど、リハビリは不可能だ。怪我を悪化させるだけである。
はそのことをよく分かっていないらしく、あまり納得していないようで、返事は返ってこなかった。
「・・・困った子ね。」
サクラは大きくため息をついた。
は、素直だ。
ナルトと同じで非常に純粋で、単純なところがあるが、こうと決めると頑固だったりする。
嘘をつくのが極端に苦手であるため、守れない約束を絶対にしない。
「、」
低くサスケがの名前を呼ぶ。
「・・・」
は頷かない。少し不機嫌そうな顔で俯いているだけで、唇を引き結んだままだ。
「これ以上体調を崩してどうする。」
サスケは声音に気をつけながら、を諫める。
「ナルトやサクラにも、迷惑がかかるだろ。」
サスケの言葉に、がゆっくりと顔を上げてサスケを見る。その瞳は窺うようにサスケの表情を確認すると、すっと視線を横にした。
「・・・わかった、」
はぎゅっと手を握りしめてぽつりと呟くように頷く。
「約束よ。」
サクラはもう一度声をかけてから、出していた医療道具をしまっていく。の表情は相変わらず全く晴れず、寧ろ先ほどより青い。
「あの、わたし、は、明後日どこに引っ越すの?」
はおずおずと言った様子で、サクラに尋ねる。
「え?ちょ、ちょっとサスケ君。言ってないの?」
サクラは驚きながらサスケを振り返る。すると憮然とした顔のサスケはそっぽを向いた。
それが答えだ。
「ちょっと、何それ。」
サクラは悪態をつきながらも、に向き直る。
「旧うちは邸。サスケ君が、育った家よ。」
惨劇の跡地であり、決して良い場所とは言えないが、それでもサスケは軟禁されるのならば自分の家が良いと言った。
サスケと、イタチが生まれた家。
「へぇ、イタチが生まれた家なんだ。」
はふんわりと笑って、邪気なく言う。
その笑顔があまりに儚くて、サクラはいつも不安になる。はいつでも飛んでいってしまいそうなのだ。
うちはイタチとの結末は、サクラも聞いている。
だから酷く不安になって、たまらない。彼女がうちはイタチの話を出すことが怖いのだ。
「。」
サスケがを後ろからぎゅっと抱きしめる。
「わっ、」
後ろからの重みにの傷が痛んだのか、少し痛みに表情を歪めるが、サスケはから離れようとしない。
不安で仕方がないのは、多分サスケの方だった。
残る影が