自分の中からすべてがこぼれ落ちていく感覚。
気づけば胸元には大きな爪が突き刺さっていて、は穏やかに微笑みを浮かべる。
あぁ、死ぬってこんな感覚なんだ。
イタチが死んでから、自分も死にたかった。死に場所をいつも探していて、サスケに止められてからも、どこかでその気持ちは消えていなかった。
だから死が目の前に迫った時、酷くほっとしたのを覚えている。
命をかけることに、後悔なんて欠片もなかった。きっとそうしなければサスケや、彼の大切にした人たちの命が、失われてしまうから。
それでも、生きていることが分かった時、生きなきゃ行けないと思った。
死は隔絶されたものであり、二度と帰ってこないことを意味する。そして自分の命は沢山の人から守られた証だから、生きなければと、思った。
足を失ったこと、片目の視力を失ったこと、そしてチャクラによって内臓機能が押しつぶされ、もう長くないその体でも、望まれる限りは、生きていようと懸命に怪我の痛みも、体調の悪さも我慢した。
「でも、そうじゃなかったのかな。」
うちは邸に移って、軟禁状態にある今、は死んだ方が楽だったのではないかと思うようになった。
「・・・?何か言ったか?」
サスケがを窺うように尋ねる。
「うぅん。何も。」
は努めて明るく言ったつもりだったが、彼の機嫌を損ねたのか、彼の眉間に皺が寄った。
思わずはびくりと肩をふるわせる。
何か駄目なことを言っただろうか。思わず俯いてどうしたら良いのか分からなくなった。
サスケはそれきりふいっと視線をそらす。
最近は彼がに目を向ける時、酷く不機嫌そうな顔をしているか、悲しそうな顔をするかのどちらかだ。
刑も決まっていないような状態なので、屋敷でじっとしておかなければならないのは分かるが、サスケは前のように話をしてはくれないし、ただ傍にいるだけだ。
はサスケの手助けがなければ動けないので、サスケが傍にいなければ困るのだが、重苦しいこの空気をもうどうして良いか分からなかった。
サスケには確かに迷惑をかけてしまっている。
自分の介護が疎ましいのだろうかと考えれば彼の態度も納得出来るが、死ぬ以外にがどうすれば良いのか全く見当もつかなかった。
「・・・」
傷だらけの体は、取り返しのつかないところまで来ている。
自分一人で出来ることなど限られているとは分かっていたが、それ程に自分が疎ましいのならば、道ばたにでも捨て置いてくれれば、そのまま空を見上げて死ねるのにと思ってしまうほど、の方も精神的に参っていた。
「おまえ、今日食事はどうする?」
もう夕飯の時刻なのか、サスケがに問う。
「う、うぅん、そう、だね。」
は少し困ったように自分の腹を撫でる。
あまりお腹はすいていないし、体調が良くないのですぐに吐いてしまいそうだ。吐くにはトイレか洗面所に行かなければならず、そうすればサスケの手を借りてしまうことになる。
「今日は、やめておくよ。」
がそう答えれば、サスケはまた酷く不機嫌そうな顔をして、の近くに腰を下ろす。
「・・・食わないと、また悪くなるぞ。」
「・・・・」
低い声で諫められ、は言葉が出なかった。
分かっている、けれどなかなか重苦しい食卓の中で食事も喉を通らないことが多い。精神的なものなのか、体調悪化から来ているのか、だんだんどちらなのか分からなくなってきているが、
「う、うん。」
「それはどっちなんだ。」
「・・・」
低い声で責められれば、は泣きそうになった。
「・・・わ、わかった。ちょっと、なら、食べる。」
やっとの事で涙を堪えて彼に返せば、返事もせず立ち上がり、食事を作りに台所へと足を運んだ。
決してサスケのご飯がまずいわけではない。
ただ、心がどんどん沈んでいくのを、は止めようもなかった。
「お邪魔―――!!」
明るい声と共に、どたどたと大きな足音がやってくる。
ナルトだ。その後ろに静かな足音もあることから、サクラも共にやってきたのだろう。彼女は毎日のようにの診察にやってくるが、は彼女が苦手だった。
「、調子よくないの?」
サクラが襖を開けて入ってくる。
「え?」
「サスケ君が、あんまりご飯食べないって。」
台所でサスケから聞いたのか、サクラは言って、がいるちゃぶ台の向かい側に座った。
彼女は医者だから、の隊長も把握しておきたいのだろう。
「あんまり、喉を通らない、し、お腹痛くなるから、」
は自分の腹を撫でる。
あれほどに莫大なチャクラのために回復の早かったの体は、今や普通の人間よりも弱い。内臓機能が大きすぎるチャクラのために急速に衰えているのだ。回復すら間に合わないほどに。
最近ではチャクラを押さえているため、大丈夫になってきたと思われたが、それも精神的負担からなのか、どちらなのかにはよく分からなかった。
「些細なことでも良いの。何か他にも悪いところはない?」
サクラはの説明を聞きながら、彼女に促す。
は語彙量が少ない上、説明が非常に拙い。また、あまり人に自分の苦しいところを言わないのはよく分かっていた。だから、綱手もサクラもの行動や体調に非常に気を配る必要があった。
「んー、あと、なんでかわからないけど、背中痛い、」
「え?背中?」
「うん。背中の下の所。」
「腰?」
サクラが言うと、はこくりと頷いた。サクラはの後ろに回っての着物をはだけ、肌を直接押してみるが、こっているなどではなさそうだ。
「押したら、痛い?」
「奥が痛い。」
痣があるわけではないため、別に押しても変わらないが、は今も痛いと訴える。
「、明日、ちょっと病院に検査受けに来なさい。」
「え?でも・・・」
は元々病院が好きではない。あの白い壁が嫌なのだ。
「念のためよ。何もなければすぐ帰れるわ。」
サクラは難色を示すを宥めるように背中を撫でて言った。
だが、はその言葉にふと小首を傾げた。帰るとは、一体どこへ帰るのだろうか。
迷子