上忍たちを前にして、里への不満をまだ口にし、責任まで言及したサスケに対し、の物言いは容姿の割に非常に大人びたものだった。
「わたしは、罰は、受けたいと、思うよ。」
子供のような、拙い物言いだったが、その瞳にはしっかりとした色合いが窺えた。
「!」
サスケはを睨み付ける。だが、は怯まなかった。ただその紺色の瞳で、静かに上忍の代表者であるシカクを見る。シカマルは部屋の隅で控えており、同じように反対側の部屋の隅では、カカシがとサスケのやりとりを窺っていた。
彼女の顔色は酷く悪く、体調も整わない。
病室にされている茶室の一室で上忍たちを迎えたは、それでもどこまでも穏やかだった。
「おまえは幽閉されていたんだぞ。何らおまえは悪くない。」
罪を問われるいわれはない、とサスケはに言う。
確かには幼い頃からイタチに攫われる12歳までを里の勝手のために幽閉されていた。はそもそも忍びとしての教育を受けていないため、一般人と変わらない。一般人を幽閉したこと自体が、既に法律違反なのだ。
また、サスケに協力したのだって、帰る場所がない、イタチの死後居場所がないことを考えれば致し方ないことでもあった。しかし、は首を振る。
「わたしは全部知ってて、協力したんだし、上層部の一人を殺したのも、本当だから。わたしも、罰を、受けるべきだと思う。」
はっきり言った言葉は、サスケ以上にきちんと自分の非を理解しているようにも見えて、シカクは驚いた。
静かな色合いの紺色の瞳は、かつてシカクが慕った斎という青年を思い出させる。そっくりな面立ち。彼女は彼の娘だ。最愛の娘を幽閉された彼は、それでも最後まで笑っていた。
静かで穏やかな表情は、彼を思い出させるものがあり、シカクは顔を歪めた。
「おまえは幽閉されていたんだ。オレは確かに犯罪者だが、おまえまでその責めを受ける必要ない!ましてや里はおまえの両親も、オレの両親も一族も奪ったんだぞ!」
サスケはを怒鳴りつける。いつもならはサスケが声を荒げると酷く狼狽えるし、怯える。だがそのときは違っていて、静かに頷いた。
「うん。そうだね。でも、わたしたちも同じことをしたんだよ。」
木の葉の転覆に関わり、多くの人を苦しめた。
その事実に変わりはない。
「話し合いもせずにダンゾウを殺したでしょう。」
「あいつは、オレの一族殺しに関わってた。」
「知ってる。でも、サスケは彼を殺したでしょう。彼と、同じことをしたんだよ。」
の声はどこまでも静かだった。
「わたしもそう、わたしも、手にかけたの。彼は確かに、罰を受けて当然の人間だったかも知れない。でも同じことをしたんだよ。彼も、わたしも、サスケも。」
「たった数人の人間の命で、うちは一族全員の命が、炎一族全員の命が償われると思うのか!?」
サスケは言い返す。
うちは一族も炎一族もさぞ無念だっただろう。ある意味で、イタチとて彼らの犠牲者だ。サスケとが殺したのはたった数人だ。その数人で何十人という両一族の人間の命が償われるとでも言うのだろうか。
「じゃあ、同じ数殺したら、それで良いの?」
はサスケに問う。
「だって、関係ない人だってたくさんいたよね。きっと。その人たちにとって、わたしたちは、ダンゾウと同じだったんじゃないかな。」
偶然任務についていたために、サスケに殺された人々がいる。彼らは直接両一族の滅亡に関わっていなかっただろう。関わっていたとしても、任務として逆らえなかった忍びだって多かったろう。
彼らにとって、彼らに関わり悲しみを味わった人々にとって、彼らを殺したは、ダンゾウと何ら変わらぬ存在だっただろう。
「わたしは、それがわかってて、殺したから。」
子供のために、どうしても彼らを殺さなければならないと思った。復讐を望んでいたわけではないけれど、それ以外に道はないと思った。
殺してしまった事実は変わらない。
ダンゾウにだって、家族はいたかも知れない。その家族にとって、サスケとはさぞかし憎い相手だろう。
「だから、わたしも罰を受けるべきだと、思う。」
同じことを、したのだ。分かっていながら、失った時の悲しみを分かっていながら、殺した。その事実にはどれほど理由をつけても変わりはない。
過去の境遇なんて関係ない。
人の命は同じだ。殺したという事実が動かずある限り、は罰を受けるべきなのだ。過去に何があろうとも、
「そうです、よね。」
は紺色の瞳を僅かも動かさずに、シカクに尋ねた。サスケは呆然としている。静かにを見ていたカカシは目を閉じていた。
「…何故我らは、貴方を恐れたのでしょうか。」
シカクはぽつりと呟いた。
イタチに攫われて、数年。里の外に出ても、綺麗な精神性は全く変わっていない。透き通るようなその心を持つ少女を、上忍たちは、上層部はどうして恐れていたのか。
きっと彼女を幽閉せずとも問題はなかったのだ。幽閉しなければもっと沢山のものを彼女は感じられただろう。彼女を思っていたイタチとて、何か思いとどまるものがあったかも知れない。
うちは一族とて、炎一族への木の葉の処遇を見なければ、あれほど追い詰められて反乱を企てるようなまね、しなかったかもしれない。
沢山のものを犠牲にして、彼女を幽閉する理由があったのだろうか。
改めてそのことを思い知らされた気がして、シカクはいたたまれなかった。
「我々は斎様を利用し続けたというのに、我々は貴方にどんな保護も与えなかった。」
斎の予言を求め、里は、上層部は、そして上忍たちは斎を利用し続けた。しかしその娘一人も守らなかった。シカクたちも、不満には思いつつも、の処遇に反対はしなかった。どこかで、彼女の力を恐れていた。
「貴方を、不幸にした。」
紺色の瞳が、彼女の斎とそっくりな容姿が、斎とだぶる。シカクが言うと、は静かな声でシカクの言葉を遮った。
「不幸、なんかじゃ、ない。」
はふわりと笑って、小首を傾げる。その口調は、酷く斎と似る。
「わたしは幸せ。」
柔らかい、穏やかな雰囲気。空気。
「イタチに愛されて、サスケに大切にしてもらって、今、こうして、生きていられて、」
は一度、過去を思い出すように紺色の瞳を細めて、改めてもう一度頷く。
「今も昔も、不幸なんかじゃない。悲しいことは沢山あるけど、わたしは、とても幸せだよ。」
大切な人たちに愛されて、心の傷は確かにあり続けるけれど、今を見ていよう。今の幸せを心から思おう。
シカクはを凝視する。それが穏やかに笑っていた斎と重なり、堪えきれなくなって俯いた。
「本当に、…申し訳なかったっ、」
深く、頭を下げて、言う。上忍たちがやったことも、間違えだらけだった。無邪気な笑顔を見れば、自分が耐えられそうになかった。
罪と罰の折半