トビとサスケの驚愕の表情を見ながら、は穏やかに微笑む。真実を知っていたナルトだけが、を静かに見据える。
「裏切った?」
高い声音は少し楽しそうで、しかしのんびりとしており、現実から浮いている。
「わたしが、いつ貴方の味方だったの?」
は常に、イタチと共にいただけ、サスケと共にいただけ、だ。
一度たりとも暁で暁としての任務をこなしたこともなければ、暁の意志で人を殺したこともない。そもそも、忍だったことすらもない。
「知ってたでしょ?わたし、ずっと貴方のこと、大嫌いだった。」
の発言で、サスケははっとする。
サスケの所にトビが訪れる度に、は不快感をあらわにした。人見知りの激しいは他人と会うのがあまり好きではないが、それでも誰かに対して不快感をあらわにすることは絶対になかった。
不機嫌な顔をすることはあって、不快だと表面で見せることは、まったくなかったのだ。
それなのに、はトビにだけはそれを隠そうともしなかった。
「嫌い。あなたはイタチもサスケも利用してるだけ。手のひらで転がして、楽しんでただけ。」
うちは一族なんて、同族なんてていの良いことを言うけれど、彼にとってどうでも良いことだったのだろう。
彼は何者も守る気などない。
理想の世界などと言うけれど、誰かのために理想の世界を望んでいるわけでもなく、彼には既に守るべきものがない。
「わたしは憎しみなんてよくわからないけど、あなたのことは、大嫌い。」
イタチの存在を、トビが、マダラが利用していることを、誰よりも傍にいたはずっと感じていた。
元凶が彼であると気づく前から、大嫌いだった。
いつかイタチを、彼が食いつぶすと知っていたから。
「だから、この機会を待ってたの。」
はあっさりと言って、自分の槍を仮面の男に向ける。
「ずっと貴方を殺したかった。」
ふわりと戦場に不釣り合いな純粋な笑みを浮かべて、は男をその汚れのない薄水色の瞳に映す。
肩までの紺色の髪がふわりと揺れる。
「おまえ、影で九尾と繋がっていたという訳か。」
トビはちらりとサスケを一瞥して、言う。サスケは憤怒の表情はなく、絶望とも何とも言えない視線をに向けていた。
「出来たら良かったけど、わたし、そういう策略とか、無理だから会ったのは一度きり。」
ナルトに実際があったのは、イタチが穢土転生で蘇った一度だけだ。
単独で話し合ったこともなければ、5分ほども言葉を交わしていない。それで繋がっているというのもどうかと思うが、心が繋がっていたかと言われれば繋がっていたのかも知れない。
彼もサスケを助けたいと思っていた。
はイタチの忘れ形見であるサスケを残したいと思っていた。
「・・・それもそうだな。おまえが何も知らないはずがない、か。」
透先眼という千里を見通す目を持っているだ。見ようという意志さえあれば、マダラやトビのやっていることをすべて見通すことが出来る。
知らないはずがないのだ。
今までの経緯からろくにが自分の能力を使わないと思っていたこと自体が、マダラやトビがを眼中に入れていなかったと言うことであり、誤算なのだ。
「わたしは、わたしで、イタチの遺志であるサスケを守るために戦うだけだよ。」
多分、ここでサスケが勝利したとしても、サスケには何も残らない。
世界が屍で埋め尽くされ、理想という幻術の中でただ間違いも正解もない人生を歩み、時を棒に振るだけだ。
なんの失敗もなく、何も積み重ならない人生。
「おまえが、俺を止められると思っているのか?」
あざ笑うように、トビはに問う。
「なんの教育も受けていないおまえが。」
忍として働いたことも、無造作に人を殺してきたこともない。
血継限界は一流だが、使用する人間はド素人と言うことだ。それでもが生きてきたのは、その血継限界ですべてをしのいできたからであり、幸運の結果。それをも重々承知している。
「ただで、勝てるなんて思ってないよ。」
単純にトビに勝てる、と思うほど、は馬鹿ではない。
いくら血継限界があり、戦略を立てたとしても経験不足は否めず、勝つことが非常に難しいことも、は理解している。
「でも、賭けてみようって思うんだ。」
は笑ってナルトとサスケを振り返った。
サスケは相変わらず呆然とした面持ちで、信じられないとでも言うように、を凝視している。
彼はの行動を裏切りだと思ったのか、
確かに、サスケが復讐を望んでいる限り、それに添えないは、彼を裏切ったと言っても過言ではないのかも知れない。
サスケに、いつもと同じ笑顔で笑って、は目を閉じた。
自分の中にある鍵を回す。門を開け放てば、莫大なチャクラが体の中に流れ込んでくる感覚があった。の後ろ、マダラとの間に、巨大な炎の鳥が出現する。
白色の鳳凰は咆哮を上げ、マダラを睨み付けた。
が持つ血継限界・鳳凰扇の化身である。
は静かに目を開けるが、すぐに体の痛みに表情を歪めた。元々体の強くないに、鳳凰扇のチャクラは細胞一つ一つに突き刺さるようで、体の方が悲鳴を上げる。
本当は、絶対に開放してはならないと、イタチに言われていた。
トビを殺して生き残れたとしても、多分の体はぼろぼろになっているだろうし、開放だけで死んでいるかも知れない。
でも、今、自分を賭けてみようと思う。
はサスケに歩み寄り、彼をまっすぐ見上げる。緋色の瞳はイタチと同じもので、少し違う。
そこにはサスケの目だけでなく、イタチの目もある。
それをまっすぐ見上げて、は自分の姿がその緋色の瞳に映っているのを確認してから、笑った。
「忘れられるのは寂しいから、貴方が幸せになったら少しだけわたしのことを思い出して。」
そっとサスケの頬に手を伸ばし、は痛みを堪えながらも、できる限りの笑みを浮かべる。イタチは最期に言っていた、笑って、と。
サスケの記憶に残れるような精一杯の柔らかな、笑顔を浮かべる。
「愛してるよ。」
綺麗な緋色の瞳に、は笑う。
イタチが彼に向けた愛情と同じように、もサスケを愛していた。
がイタチに向けた愛情と同じように、もサスケを愛していた。
「さようなら、わたしの二人目に愛した人」
言って、はサスケにゆっくりと背を向けた。もう二度と振り返ることはないだろう。
愛しい日々に、戻ることもないんだろう。
本当に心から、その緋色の瞳を能力を愛でるのでは亡く、本当にその色合いを愛していたよと、とりとめのないことを目を閉じて思った。
さよなら 大好きな人