シカマルが初めてを見たのは戦いの時だが、実質的にに初めて会ったのは戦いが終わり、彼女が一命を取り留めてから一月ほどたった頃だった。

 年の瀬も迫った頃、病院から旧うちはの屋敷へとサスケと共に居を移されたは、毎日医療忍者の訪問を受けながら、療養を銘打った自宅軟禁を受けていた。に対する処分は皆が緩やかなものを望んでいたが、サスケに対しては上層部も処刑を望んでいた。

 そんな里の喧噪から離れている旧うちは邸は、サスケとが過ごすにはうってつけだっただろう。

 そこへシカマルが行くことになったのは、任務でも何でもなかった。ましてやサスケを訪問するためでもない。




「…なんで届け物を」




 シカマルがぽつりと言うと、ついてきたナルトが興味深そうにシカマルが持っている包みをのぞき込む。風呂敷に包まれているため全貌は明らかではないが、シカマルの母が作ったおはぎが中に入っている。




「まさかの父ちゃんと、シカマルの父ちゃんが知り合いだったなんてな。」




 ナルトが一つ伸びをしながら言う。

 確かに、知らなかった事実だった。の父親は斎と言われる予言の一族出身の天才で、弟子を庇ってなくなったが、シカマルの父からすれば信奉の的だったらしい。他の上忍の多くも一緒で、に対して何かと気にかけていた。

 が幽閉された当時、まだ地位の高くないものが多かったが、今や彼らも多くが上忍となっており、発言権も強い。よって今、を擁護する空気が強いのは必然だと言える。




「お邪魔しマース。」




 ナルトが気のないかけ声をして、勝手に扉を開けて屋敷に入っていく。それにシカマルは続いた。

 うちはの屋敷は広い。

 かつてはサスケの一族、家族が住んでいたその屋敷に今住むのはとサスケだけだ。庭は冬を迎え荒れ放題だったが、それでも古い家だけあって、昔の風格は未だに窺えた。





「ナルト、うるさい。」






 相変わらず無表情不機嫌丸出しのサスケがやってきて、ナルトに言う。




「今日はシカマルも一緒だってばよ。は?」

「今日は熱はない。」





 シカマルを見るとサスケは意外そうに僅かに目を見張ったが、ナルトは「そっか、良かった。」と適当に答えて奥に入っていく。おそらくが奥の部屋にいるのだろう。

 シカマルがサクラから聞くに、は人見知りが激しいらしいが、ナルトとはかなり仲が良いらしい。




「…ひとまず上がっていけ。」




 サスケは立ち尽くしているシカマルに声をかけてきた。




「あぁ、そうさせてもらうぜ。」




 シカマルは素直にそれに頷いて、サスケに続く。庭に面した部屋の襖が開け放たれており、中でナルトの声がした。




「ナルト、襖を閉めろ。風が入るだろうが。」




 は戦いの後から大けがと体調不良とで命すら危ぶまれていた。一命を取り留めたとは言え、やはり気をつけねばならないはずだ。サスケは不機嫌に言い捨てたが、ナルトは「ごめーん。」と気のない返事をしただけだった。

 シカマルが部屋の中に入ると、そこには少女がいた。

 小柄な少女だ。肩までの紺色の髪に紺色の瞳、少し童顔なのだろうが、酷く儚げで、幼げな容姿が儚さにかき消されて、変に大人びた雰囲気が浮かんでいる。

 痩せ細った体と白い肌からは未だに十分死の色が窺えた。




だってばよ!」




 ナルトがシカマルに言う。




「知ってる。」




 戦いの時に一瞬見てはいる。だが、こんなに儚げな少女だったのだろうかと、少し驚いた。意志の強い、もっと強い感じの子だと思っていた。

 風でも倒れそうにすら見える。




、シカマルだってばよ。シカクさんの、息子。」




 ナルトはに笑ってシカマルを紹介する。




「シカクさんの?」




 はシカマルを見て、一つ頷く。




「そっくりさんだね。」

「…親子だからな。一応。」




 シカマルはかりかりと頭をかきながら、布団の傍に腰を下ろす。





「これ、お袋からだ。おまえに。」

「おはぎだぁ!」




 風呂敷を引いて中身を見せれば、は嬉しそうに手を叩いた。




「おまえ、甘いものが好きなのか?」





 サスケが小首を傾げて尋ねる。





「うん。サスケは好き?」

「嫌いだ。」




 サスケはなんの遠慮もなく、短い言葉を返している。

 シカマルはそんな互いのことも知らないのかと思った。普通恋人同士なら相手の好みなど多少知っていてもおかしくない。抜け忍をしていると、そういった所が希薄になるのか。

 は少し残念そうな顔はしたが、サスケに対して何かを言うことなく、自分の羽織を肩に引っ張り上げる。




「ありがとうって、シカクさんに伝えておいてね。」




 近くにあった懐紙におはぎをのせて、はふと顔を上げる。




「あ、一緒に食べる?あ、お茶…」

「気にするな。自分で入れてくる。」





 が既に歩けないという話は聞いている。シカマルが言えば、サスケが先に立ち上がった。






「茶、入れてくる。」

「あ、そうか。」




 シカマルは元々サスケと仲が良かったわけではないし、サスケも親しく話すタイプではない。この雰囲気が微妙だったが、ナルトは気にしていないようだ。




「俺も食いたいってばよ!」

「あ、うん。ちょっと待ってね。」




 は自分の懐紙を半分渡して、ナルトにもおはぎを渡す。

 その当たり前のやりとりを見ながら、シカマルはを観察していた。

 父達がに同情的な理由もよく分かる。チャクラと能力を危険視されて幽閉された名家の姫君。一度も訓練を受けたことがない抜け忍。うちはイタチの恋人。サスケに協力した犯罪者。様々な肩書きを持ちながら、彼女には一片のゆがみもない。

 ただの少女だ。シカマルに警戒するそぶりすらない。

 父親が忍びで、血継限界を持つがために忍びとされていたが、上忍たちは一様に“一般人の不正幽閉だ”と言い続けた。血継限界を持つだけで彼女は幽閉されており忍びとしての訓練を一度も受けておらず、忍びとして働いたこともない。

 一般人の呼称は彼女には相応しい。




「次は桜餅か。」




 シカマルの父の様子を見れば、多分母がまた桜餅を作れば彼女にそれを持っていくのだろう。




「何それ?」




 が不思議そうに尋ねるが、甘いものだというのは分かっているのだろう。目を輝かせるのを見ながら、シカマルは薄く笑った。



おはぎと穏やかさと

<