香燐にが会ったのは、サクラの計らいだった。





「香燐、ちゃん。」




 は車いすのまま、目を合わすことが出来なかった。

 サスケがダンゾウを殺すために香燐ごと刺したという話は、既に知っていたし、裏切られる形となってしまった香燐になんと声をかけて良いか分からなかった。

 せっかく顔を合わせたというのに、酷く重い空気。

 それに耐えられなくなったのは、香燐の方だった。




「あー、もう!あんた暗い!!」




 香燐はを指さして、高らかに言う。




「だ、だって、ご、ごめん。」

「なんであんたが謝るんだよ。」

「だ、だって・・・サスケ・・・」




 はなんと答えて良いか分からず、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。




「・・・ごめん。」




 サスケは無駄な殺しはしないけれど、目的のために手段は選ばなくなっていた。

 ダンゾウを殺すという目的のためには香燐なんて些細な問題だと心から思っていただろう。

 あのときのサスケには、良くも悪くもとナルト以外に対するこだわりは欠片たりとも心に残っていなかった。




「そんなこと、わかってたさ。あたしのことなんて、何とも思ってないって。」




 サスケにとって、香燐の命など、なんの価値もないものだっただろう。それは香燐とて、理解していたはずだった。




「それに、あたしはあんたみたいに、そんなぼろぼろになってまでサスケを助けようって、思えないしな。」




 香燐は自嘲気味に笑って、はっきりとの車いすを示して言った。





「・・・本当に、人に迷惑をかけて生きる毎日だよ。」




 は自分で言いながら、目を伏せる。

 は既に歩けない。腕力もほとんどないため、車いすを自分で押すことすら出来ないのだ。

 サスケを煩わせたくないと心から思うが、出来ないことが増えすぎている。




、」




 サクラが困ったようにの名前を呼ぶ。




「・・・だって、なんの役にも立てない。」




 チャクラを使ってはならないと言われれば、に出来ることはほとんどない。歩けないとなればなおさらだ。




「本当に、里にも、サスケにも、申し訳ないよ。」




 は自嘲気味の笑みを浮かべる。香燐はの言葉を黙って聞いていたが、はーとため息をついた。



「ばっかじゃねぇの?」

「え?」




 香燐の言葉に、はきょとんとする。




「だって、そうだろ?あんたを幽閉したのは里。里が悪いんだから、こんなことになって里が援助するのは当然だろ?」

「そんなことないよ。・・・わたし忍として働けなくなっちゃって、何も出来ないし、」

「前言っただろ。生にしがみつけって。」





 香燐はの前に人差し指を立てて示す。




「それにあんたはもっと人に甘えるべきだ。」

「でも・・・」

「サスケにだってそうさ。こうなったのの半分以上はサスケのせいだ。サスケが介護するのは当然だろ。」




 サスケがもっと早くマダラの意図に気づければ、利用されずにいれば、はこんなことにはならなかったのだ。

 の障害はある意味でサスケの甘さをが背負った形と言っても良い。





「・・・でも、あんまり迷惑かけたくないし・・・。」




 は過去にとらわれない性格だ。自己反省もしっかりしている。

 対してサスケはがここまで来るまで、自分の過去にとらわれたままだった。周りがどれほどに彼のことを守ろうと努力しているのか、気づこうともせず、振り切って復讐を願った。





「あんたは、馬鹿だよ。どこまでも、人が良すぎる。」




 香燐はを悲しそうな目で見た。




「だから、利用されるんだ。こんなことになるんだよ。」




 本当ならイタチを殺したサスケを憎んでも良かった。元凶となったマダラを、トビを憎んでも良かった。

 しかしは、元凶となったマダラ達を葬ろうとしたが、彼らを憎んではいなかった。

 優しすぎたからこそ、ただイタチを失った悲しみと、彼の意志を継ぐという形でしか、生を願えなかった。

 多分、復讐を願うサスケの方が、心根としては楽だろう。

 すべてを他人のせいに出来るのだから。





「その人の良いのがサスケの心を奪って、あんたの自由すら奪ったんだろうな。」




 どちらが良かったのか、香燐にはわからない。

 はその人の善良さ故にサスケやイタチを魅了した。そしてだからこそ、すべてを失った。




「せめて、死ぬまでの間は、幸せにあれよ。」




 香燐はそれ以外に与える言葉が見つからなかった。

 サクラから既にの寿命が決して長くないことを聞いている。サスケとには明確に伝えていないそうだが、おそらく普通に行けば10年。もっと短い可能性も十分に考えられるそうだ。




「・・・香燐ちゃん、これは、わたしからの、その、」




 は言いにくそうに白い封筒を渡す。




「なんだ、これ?」




 お金かと思って香燐はむっとした顔をしたが、白い封筒の裏に書かれていたのは丸い鳥の羽の家紋だ。

 開けばそこにあったのは、不知火への通行証と、特例による移民申請だった。




「・・・おまえ、」




 それは事実上、中立の都市:不知火への市民権の付与だ。

 不知火は大戦において木の葉にだけ国交を開き、暁の残党に関しては火の国に対してだけ引き渡す条約を結んだが、未だ中立を守っている。

 炎一族の旧領であり、現在取り仕切るのはの叔父・青白宮だ。




「そ、その、叔父上に頼んで、えっと・・・」




 はなんと言えば分からないのか、おどおどとした様子を見せる。だが、香燐は納得した。




「ここまで来てあたしを助けようってのか。」




 は音の里出身で、行き場所のない香燐に定住の場所を与えるというのだ。




「い、いらないなら、いいの。でも、その。」

「あーまどろっこしい!!」




 香燐はまだおどおどと言いつのるの言葉を一喝して遮る。

 いつもそうだ。

 のぐずぐずとしたところが苛々するので、香燐は大嫌いだった。でも、の優しいところが香燐は大好きだった。




「・・・ごめんね。」




 は泣きそうな顔で香燐に言う。何故が謝るのかと香燐は苦笑しながら、今は歩けなくなったを抱きしめる。




「ばーか。あんたは与えられるすべてを与えたよ。」




 体も心も、そしてそれ以外も。

 彼女は他人に対して与えられるすべてを与えようと努力した、その結果がここにあるだけだ。






与える者

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