は必ず雨の日に体調を崩した。
「また、雨か。」
最近小康状態を続けていただったが、突然体調を崩した。原因は梅雨で雨が降り続いているためだ。彼女は極端に雨が嫌う。幽閉時代の記憶がどうしても雨になると蘇るらしい。
あまりサスケもそのあたりのことは知らないし、も話したがらないので聞かないようにしているが、雨の時は窓を開けるのすらも嫌がる。
「おい、」
襖を開ける。布団の上に転がる彼女は、読み終わった本を破っててるてる坊主を作っていた。
「おまえ、なんてことしてるんだ。」
本を破るなんて、と思ったが、彼女の瞳を見ると思わずサスケはそれきり黙り込んでしまった。彼女の瞳が、あまりに暗い色合いを見せていたからだ。紺色の瞳はどこか病的な陰りがあって、ぼんやりと焦点があやふやだ。
「うん。」
変な返事と共に頷いたは、自分の手の中にあるてるてる坊主を見つめる。
「どうした?」
「…なにもない。」
でも、何かあるのだろう、彼女はサスケが問いかけてもじっとてるてる坊主を見ている。
「そういえば、てるてる坊主の迷信、よく知ってたな。」
無知なことの多いだ。
彼女は人生の半分を幽閉され、その後もイタチに連れられて隠れた生活を送っていたため、里の習慣を知らないことも多い。その彼女がてるてる坊主の迷信を知っていたとは驚きだった。
「うん。イタチが教えてくれた。これをつるしておくと、空が晴れるんでしょう?でも晴れにならなかったら首をちょん切るぞって。」
はぽつりと呟いて、きゅっとてるてる坊主を握る。
てるてる坊主の迷信がどこから来たのかはよく知らないが、イタチがてるてる坊主を軒先につるしておくと、天気が晴れるのだと言っていた。ちなみに晴れなかったら首をちょん切るらしい。
「でも、わたし、首つり死体みたいで、あんまり好きじゃないの。」
「首つり死体って…。」
サスケはあまりに微妙な例えに眉を寄せる。
「一度、本当に見たことがあるの。処刑された人だったんだけど。」
それも、雨の日だった。たまたまイタチと訪れた街で、は公開処刑を見た。
拷問を受けたのか、腕のない人が、首をくくられるところだった。
小さな子供が泣いていて、呆然としたを引きずるようにイタチがその場から離れた。後から聞いたのは、その地域を乗っ取った独裁者が、その男を反乱分子として粛正したのだという。
男に罪は無かったと言っていた。雨は晴れない。彼は死んだ。
「そう思うんだったら、馬鹿なもの作っているんじゃない。体調も悪いのに。」
サスケはあっさりとの手からてるてる坊主を取り上げる。
それでなくとも小康状態を保っているだけで、決して常の体調だって良くないのだ。彼女は歩けない上、足になるサスケは自宅軟禁を命じられているため簡単には外に出られない。だからふさぎ込む。
「そんなことしている暇があるなら、庭でも見た方が良い。」
サスケは襖を開け放つ。
外は相変わらずの曇天で、湿った空気は酷く重たい。だが外に咲く紫陽花の花は強く、雨に打たれてもその青色の花を完全に保っていた。色も変わらず、大きな身で雨を受けている。
「…もう、六月。」
はぽつりと呟く。梅雨だ。
「後でカカシが来ると連絡があった。」
「え?カカシさんが。なんで?」
わざわざ雨の日に来るのはどうしてだろうとは首を傾げる。それを察して、サスケが「だからだ。」と返した。
「おまえがふさぎ込むことはわかってるからな。」
カカシはが木の葉に幽閉されていた幼い頃も、何度かの元を訪れて菓子などを持参していたという。だから、が雨の日にふさぎ込むことをよく知っていた。
「あと、任務が終わり次第、サクラとナルトも来るらしい。」
「ふたりとも?」
「あぁ、なんだかんだ言っておまえが心配なんだろ。」
人がいれば少しはの気分も紛れる。皆それを知っているからだ。
「こんな雨の日に任務なんて、大変だね。」
「忍びはこんなもんだ。雨だからと嫌がってもいられない。」
「そっか、わたしは忍びとして暮らしたことはないからなぁ…」
常に幽閉され、イタチに助けられてからはただ傍にいて、サスケと行動をするようになって少し戦いはしたが、彼女が正式に里の忍びとして働き、任務をこなしたことはない。
力を持っていても、今、こうして歩く術を失ったため、忍びとして働くことは結局出来なかった。
「紫陽花はすごいね。雨や嵐の中でも立っていられるもの。」
は自分に、青色の花弁を雨に晒しても逞しく立ち続ける紫陽花を重ねるように呟いた。
はいつでも籠の中の花だった。
守られなければ生きていけない。誰かに依存して、水をもらわなければ、生きていけないのだ。今とてサスケがいなければ自分のことを自分ですることも出来ない。それをは恥ずかしいことのように思っていた。
否、昔も、今も変わらないと言うことだ。
イタチがいた頃も、は彼に依存し、ただ彼が庇護してくれることに安堵を感じ、ずっと籠の中にとどまり続けていた。籠の外で彼がどれほどに傷ついているかを、知りもしなかった。
サスケが手に持つてるてる坊主が、頭の中で揺れる。
雨の中で逞しく咲くことが出来ないのならば、雨の中で首をちょん切ってしまえば良い。そして晴れ渡る空の糧になれば良い。
「、」
庭に面する襖の近くにいたサスケは、ゆっくりとの褥の近くに腰を下ろす。そしての肩を自分の方へと引き寄せた。
「サスケ?」
「一人じゃない。」
サスケは優しくゆっくりとの肩を撫でる。
緩慢に腐っていくような生活だ。ふたりで家にいて、ただ日々を過ごすだけの生活に不満や不安を感じているのは、だけではない。
サスケだって、同じなのだ。
「…うん。」
は頷いて、サスケの肩に自分の頬を埋める。
今も昔も、は籠の中にいる。だが、今は一人ではない。一人で籠の中にいるわけではない。そして、それをたちは選んだのだ。
「温かいね。」
こうして抱き合う瞬間が、とてもかけがえのないものだと、知っている。それを失いそうになって初めて知った。
たちは紫陽花にはなれない。だから、いつか晴れ渡る空のために首をくくられるその日まで、このたわいもない緩慢な温もりが一瞬だということだけは忘れず、貪るように大切にしようと、そう思った。
てるてるぼうずのわたしと貴方