は綱手の仕事が終わると同時に車いすを押されて、綱手の家に行くことになった。とはいえ、火影の住まう場所だ。





「よし、」




 綱手は軽くを抱き上げ、ソファーに座らせる。




「ありがとうございます。」




 は丁寧にお礼を言って、ソファーに深く腰掛けた。

 綱手は豪快な人物で、怒鳴ったりするのはたまに怖いが、少しナルトに似ているところがあって、戸惑いはそれ程大きくはなかった。

 火影と言うこともありあまり会う機会はないが、それでも気にかけてくれていることは知っていた。

 特にの父・斎は自来也の弟子であったことから、彼女も当然同じ三忍、父をよく知っていることだろうから、その意味でも大切にしてくれているのだろう。




「しばらくおまえは私の預かりだ。要するに偉そうにふんぞり返っていれば良い。」




 綱手はの隣に座り、侍女に温かいお茶を運ばせる。

 体の悪いのために、侍女を一人つけるし、綱手は昼間は仕事があるが、体調が悪ければは綱手の部屋に、暇ならば、綱手の仕事についてこれば良いと綱手は言った。




「おまえが気にすることは何もないから、イタチがいた頃ぐらい、好きにやってくれて良い。幸いうちは大きいしな。」




 綱手は明るく笑って、の頭をくしゃりと撫でた。

 は綱手の心遣いにありがたいと思いながらも、あまりに至れり尽くせりすぎて、どうすれば良いのか分からなくなった。




「でも、その、出来ることは、したいので。」




 控えめな言葉を心がけながら、は縋るような目で綱手を見る。

 サスケはが同じことを言うと、体調を悪くする、といつも怒って不機嫌な顔になるのだ。だから言葉を気をつけたが、綱手が気にしたふうはまったくない。




「そうか。なら、出来ることややりたいことは、やれば良い。」




 綱手はあっさりと笑った。は思わずきょとんとして彼女を見上げたが、彼女の明るい色合いの瞳が曇ることはなかった。




「綱手様は、何時に起きる?」

「私か−、そうだな。8時ぐらいに起きないとな。」

「じゃあ、わたしもその時間に起きる。」

「あわさなくて良いぞ。言ったはずだ。イタチがいた頃くらい好きにして良いって。」

「でも、いつも起こしてもらってたから。」




 は淡く、懐かしそうに笑う。




「そう、か。朝起きは苦手か?」

「うん。いつもいってらっしゃいくらいは言おうって頑張るけど、早いと時は起きられなかった。」




 イタチと抜け忍暮らしをしていた頃、任務や何やと出かけるイタチに連れて行ってもらう時もあったが、それが出来ない時、イタチはを起こそうとはしなかった。

 はいつも行ってらっしゃいくらい言いたいと思っていたが、彼は気配を消すのが上手で、は朝起きるのが苦手であったため、いつも目を覚ますといなくなっていた。




「・・・昔、わたしの恋人も朝起きが得意だったな。」




 綱手は目を細めて、両手を同時に伸ばす。




「木の葉の、忍?」

「あぁ、もう随分前に死んだよ。」




 綱手の恋人が死んだのは、綱手が若い時の話だ。




「私は火影の孫で、我が儘放題だったからな。若かったし、随分困らせたと思うよ。」




 今もそうだが、綱手は非常に強気だ。昔は非常に浅慮だった自覚もあるため、本当に恋人を思い出せば、出来た人だったと思う。



「・・・わたしもわがままだった、かも?」




 は綱手の話を聞いて、自分を思い返す。





「おまえがわがまま?想像できないんだが。」

「結構、ごねたかも?毛虫を持って帰って飼いたいとか、」

「毛虫、」

「ごきぶりの触覚がふわふわ動くのが面白くて触りたいって言ったり」

「・・・・」





 綱手は一瞬から退く。だが昔のはその虫たちが忌避されるものだと言うことが全く分からなかったのだろう。




「夜にイタチが突然イタチがいないって言って、サソリに泣きわめいたり、小南さんに慰められたり?」




 はぽつぽつと話すが、内容はなかなか暁の内部事情を物語っている。

 よく考えれば、がイタチに攫われて外に出たとき、12歳そこそこだった。幽閉されていたためまともな教育も受けておらず、語彙量も少なければ、精神的な成長も遅かったが我が儘を言うのは、非常に『普通』のことだ。




「おまえ、サスケにはあんまり我が儘を言わないそうじゃないか。」




 綱手はの肩までの髪をそっと指で梳きながら、優しく言う。




「・・・だって、サスケ、すごく悲しそうな顔するもの。」




 は紺色の瞳をふわふわと彷徨わせ、ふっと下に落とす。




「最近、いつもそう。すごく怖い顔。怖くて、言葉、出ないし、でも、手を借りるしか、ないから。」




 不自由な体であるため、どうしても二人で住んでいる限りはサスケの手を借りねばならない。

 それがにとっては苦痛でたまらなかった。




「サスケが嫌なら、わたし、別にイタチのとこに行っても良いのに、」 




 怪我をして、世話が疎ましいなら、言ってくれれば良い。そしたら、どこででも、のたれ死ぬだけの話だ。

 死は隔絶されるとても恐ろしいものだ。

 けれど、イタチが待っていてくれるのならばはその恐怖を簡単に超えることが出来るだろう。元々それ程今の世界に未練もないのだから、なおさら。




「おまえにとって、世界はなんだ?」




 綱手は死をにおわせるの言葉に悲しい顔をしたが、それでも責めはしなかった。代わりに、問う。




「世界は、綺麗なところ、かな。」




 は笑って、淀みもなく答えた。




「でも、わたしのこの気持ちを作ったのは、イタチで、世界は、イタチかなぁ。」




 幽閉時代、最初にに会いに来て、幼いにすべての感情を与えたのは、イタチだ。悲しみも、喜びも、幸せも、それ以外の感覚も、名前を教えてくれたのはイタチだった。




「サスケは、イタチの死を無駄にしないでって言った。」




 そのイタチが死んだ後、死をひたすら願うにサスケはの生を願い、の命を留めた。イタチの死んだ意味を求めたいがために。




「でも、サスケが、わたしの子供達が、ナルトが、木の葉が、ここにあって、生きてるから、イタチの死は無駄じゃない。」




 一人が死んだとしても、ここには彼の守った沢山のものがある。

 は僅かなりともそれらを守る手助けが出来たことを誇りに思うし、もうそれが分かっただけで、十分だった。




「・・・戦いは終わったんだもん。」





 は綱手にへらりと力ない笑みを浮かべる。

 イタチが死んでからの世界は、にとっても戦いだったのだと、その笑みから綱手は強く理解する。

 絶望的な世界の中で、それでもはイタチが死んだ『意味』を求め続けた。その『意味』を守るためだけに、は生きていた。





「・・・・」





 綱手はの経歴を知り、自分が大切な人を亡くしたからこそ、かけるべき言葉がなかった。

 まだ彼女は心の中で、自分の中の世界が終わることを望んでいる。





死出の旅路に求めるものよ