久しぶりに兄貴の夢を見た。

 珍しく不機嫌そうな酷く怖い顔で、彼は俺に言った。




『あまりなら、は俺が連れて行くぞ。』




 その言葉を聞いた途端にどうしたら良いのか分からず、泣きそうになって、咄嗟にサスケは「連れて行かないで、」と答えた。

 目の前のイタチは頷きも、否定もしなかった。

 夢から覚めてもはいない。

 自分一人の屋敷は、と沢山話していたわけでもないくせに、火が消えたように静かで、やりきれない思いになった。





「サスケ、綱手のばっちゃんにとられたらしいな。」




 ナルトが屋敷を訪れたのは昼頃だった。

 不安に耐えかねてあたりでサスケを見張っている暗部に聞いたところ、は綱手の屋敷で休み、体調も悪くはないらしく、綱手の執務室で一緒にいるとのことだった。

 それを軽く綱手にとられた、と発言したナルトにも苛立ちを覚えたが、のいない苛々と不安に比べたら些細なもので、サスケは黙殺することにした。




「サスケ、今日はやけに静かだな。」

「うるせぇ。」




 ナルトの軽口に小さく反論して、机に突っ伏す。

 夢見が悪くて飛び起きたというのにはいないし、どうしようもない。眠るのも何やら怖くて、朝方から起きていたので流石にサスケは眠さを感じた。

 それでも、やはり眠る気は一向にしないのだが。




「どうしたんだってばよ?」




 流石に心配になったナルトが問うて来る。サスケは自分の肺の中にある空気を全部吐き出す勢いでため息をついた。




「イタチの夢を見た。」

「え?イタチの?」

を連れて行くぞ、って。」




 イタチは未だに残してきたを心配しているのだ。

 の中にはイタチへの深い愛情があり、サスケとてそれは理解している。そして同じものがイタチの中にもあるのだろう。

 イタチは多分、が生きることが最良の選択であると思ったからこの世に残した。けれどもしもそれが最良のものでないというなら、本当に連れて行ってしまうだろう。




「そっか、イタチ、のこと、心配してんだな。」




 ナルトはしみじみと目を細めて見せた。

 子供を二人も作るほどの愛情があるのだから、当然と言えば当然なのだ。自分が死にゆくことを理解していたイタチが、と子供達に残したものを見ればその愛情が本当によく分かる。

 おそらくもし木の葉の里がを受け入れなかったとしても、は子供の住む不知火で余生を穏やかに過ごすことが出来ただろう。が例えそれを望まなかったとしても。



「・・・外出許可はなかなかとれないってのに。」





 サスケはため息をつく。

 が綱手の預かりになれば、彼女は幸せなのかも知れないが、サスケは基本的に相変わらず軟禁中のみであり、外に出ることは許可なしに出来ない。今まではの病院が良いについて行くことも出来たが、がいなければそれも無い。

 自動的にを見舞いに行くと言ってもそう頻繁に許可は出ず、多分1週間に1,2回が限度だろう。

 そう思うと、自分の方が狂いそうだった。




は、何か言ってたか?」




 ナルトに目を向けると、彼は酷く困った顔でサスケを見下ろしていた。





「おまえのこと心配してたよ。体調とか、ご飯とか。」

「そんなの、あいつのほうがやばいだろ。」




 体調が整わないのも、食事が食べられないのもだ。なのにその本人がサスケを心配してどうする。




「ひとまず、は帰りたがってたってばよ。綱手のばっちゃんが止めてたけどな。」




 ナルトは持ってきたあんみつを机の上に置いて、それを食べ始める。サスケは甘い物が嫌いなのでそれを横目で見ながら、机に肘をついた。




「悪いのか。胃潰瘍。」

「俺にはわかんねぇけど、サクラちゃん曰く結構やばいって。まぁ、胃潰瘍がやばいんじゃ無いかも知れねぇけどな。」




 胃潰瘍云々の前に、の内臓機能はぼろぼろで、やはりチャクラが多いだけに回復は早いと綱手は少し楽観的になっていたが、今でも急変すれば命の覚悟をしなければならないと言われているし、よく風邪を引く。

 暁の残党の話や幽閉されていた頃の記録によると、は元々体が弱かったらしい。特に呼吸器官系は弱く、幼い頃は喘息の記録もあり、幽閉時代は栄養状態も悪かったため、死んでいてもおかしくなかったという。




「それに、あんま、自分から痛いって言わないから、サクラちゃんがめっちゃ心配してた。」




 は自分の辛いことや、自分に関することを人に話すのが苦手だ。どう思ったか、自分がどう感じたかを話すことはほとんど無い。

 そして、からそれを聞き出すことが、サスケにも出来ない。




「イタチは、どうやってに優しくしてたんだろう。」




 サスケはぽつりと疑問を吐き出す。

 のことを好きだと思う気持ちは本当で、きっとそれはイタチだって同じだっただろう。だが、サスケは今、罪悪感のあまり、すぐに冷たくしてしまう。彼女が怪我をして、体調を崩している姿を見ると、哀しくてどうしたら良いか分からない。

 イタチは、どうやってに接していたのだろう。何年も大切に守って、育てて、どうやって愛したんだろう。




「サスケはサスケだってばよ。まねっこなんて、できねぇってばよ。」





 ナルトは慰めるようにサスケの頭を軽く撫でた。

 少し固いその髪は、柔らかそうだったイタチとは違う。多分、似ているのは髪の色だけで、性格も、髪も、外見も、兄弟であったとしても彼はイタチとは違う。

 見える部分すらも違うのに、見えない優しさまでまねすることなどできようもない。




「まず最初に、笑うことだってばよ。」




 の前で、笑えるようになることが、第一歩だ。

 罪悪感は、サスケの中に変わらず残り続けるだろう。の体が悪い以上、常にサスケはその痛みを忘れられない。忘れてはならない。

 ならば、それを抱えながらも笑って行かねばならないのだ。




は、気にしてないってばよ。」




 は自分の怪我をサスケのせいなんて、欠片も思っていない。誰かを憎んだことも無いにとって、目の前のサスケが哀しそうな顔をする方がよっぽどこたえるはずだ。




「じゃねぇと、綱手のばっちゃんにとられちまうぞ。」

「は?」

「綱手のばっちゃん。なんか気にいってんだよ。」




 仕事を手伝わせたりしていると、は素直だし、何やら情も湧いていたこともあるし、弟子の娘だったこともあり、綱手はに徐々に愛着を抱いていた。

 それはナルトでも何となく分かっている。




「綱手のばっちゃん。を養女にしようかって、言ってたし。」

「はぁ!?」




 サスケはあまりにあっさりとしたナルトの言葉に呆然とする。予想もしなかった話だった。
貴方の影を思う日々

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