は綱手の執務室にいつでもいるようになった。
「暗部の書類は、上から二番目の棚の、下から4番目のファイル。」
記憶力が良いは、執務室の膨大な量の書類の振り分けを既に把握したらしく、誰かが何かを探していると淡々と指示していく。
「・・・賢いわ。」
サクラも思わず感心して、車いすの小柄な少女を見た。
を綱手にとられてしまったサスケは酷く沈んでおり、うちは邸で引きこもりのような生活をしていて、サクラは酷く心配になったが、の方はと言うとサスケと離れた方が気楽なのか、顔色も前より良かった。
胃潰瘍も徐々に良くなっており、粥ですらまったく喉を通らなかったというのに、今では綱手と一緒におやつを食べ、喘息の発作も影を潜めたという。
やはりの体調不良の大半は、怪我やその後の後遺症から来るものではなく、ストレスだったようだ。
は気を遣いすぎのところがある。サスケに対してもそうだったのだろう。
「姫様様ですよね。」
シズネは仕事のはかどり具合ににこにこしている。彼女もが来るようになってからは非常に楽をしているらしい。
「ちなみに今は各国の薬草表を覚えさせている。」
綱手はできの良い娘を誉めるようにの頭をくしゃくしゃと撫でる。豪快な綱手になれてきたのか、はされるがままだ。
「えっ、莫大な量ですよ?」
国によって採れる薬草が違うのは当然のことだが、サクラとはいえ表がなければ国内の薬草でもすべて覚えているとは言えない。
サクラは驚きの声を上げるが、綱手は上機嫌に言う。
「もう火の国のは終わった。随分重複があったが、それも見つけてもらった。場所まで記憶してもらったから、聞くならに聞いた方が本で調べるより早いぞ。」
「ほんと、このままじゃ姫、薬草自動検索機になっちゃいますね。」
シズネも笑っているが、表情は明るい。
いちいち図書館で病名にあう珍しい薬草を調べ、生息地を本で探し、取りに行くという作業は、本当に大変だ。
の頭がデータベースなら、ありがたいことだ。
「・・・でも無理はしちゃ駄目よ。」
サクラはを気遣う。だがは明るい表情で、小首を傾げた。
「でも、みんなに喜んでもらえて、嬉しいから、頑張る。」
「そ、そう?」
嬉しそうに言われてしまえば、サクラとて言い返しようがない。後言うことはがんばって〜くらいのものである。
それに手間が減れば、それだけ助かる人も増える。
が良いというのならば、サクラたち医療忍者にとっては良いことづくしである。
「ちっわー!」
高らかな挨拶と共にナルトが綱手の執務室にやってくる。後ろにはサスケもいて、どうやら一度サスケの家によって彼を連れてきたらしい。
基本処罰を待つ身なので、サスケが勝手に家を出ることは出来ないが、それでもナルトやサクラと一緒ならば、暗部が付きはするがある程度の自由は認められていた。
「なんだこりゃ。」
ナルトはの隣に積み上がっている書類の山を見て、目をぱちくりさせる。
「、何やってるんだ?」
状況をいち早く理解したサスケはあからさまに不機嫌になって、に問う。は途端に先ほどの明るい表情がなくなり、目を伏せた。
先日胃潰瘍にもなり、体調が悪いからと綱手に預かられたと言うのに、こうして綱手の傍で仕事をしていては一緒ではないか。
そこまでサスケは言わなかったが、自分を責める空気を感じては恐縮した。
「・・・ごめん、なさ、い。」
蚊の鳴くような、絞り出すような声音が静まりかえった部屋に響く。空気が一瞬にして沈んだ気がして、ナルトははっとしてサスケを止めようとするが、その前に綱手が口を開いた。
「もうちょっと言い方があるだろ?」
綱手は苦笑混じりにの頭をなで、サスケに言う。
「言い方って、大切だろ?おまえが心配なんだ、だからそういうことをするのは、体調が悪いときは避けた方が良い、とか。なんか、付け加える言葉はないのか。」
綱手とてサスケがを大切に思っていることは分かっている。
だが、サスケは極めて言い方が悪い。が心配なのは分かるが、いつも仏頂面をひっさげて、口調はを責めているようで、はすぐに萎縮する。
「おまえも、辛いのはわかってる。だが、が一番辛い。」
綱手はの足を示す。細く、もう歩けない棒のような足。
「もしそう言ったことを慮ってやれないのなら、は私が家で見る。同居させることがの負担になるのなら、おまえとをともにいさせる理由はない。」
は“うちは”ではない。
サスケは犯罪者だが、の処分は無罪放免と言うことで、ないに等しい。見張りももう必要なくなってくるだろう。
うちは邸で暗部に見張られて軟禁されるのは、サスケ一人だ。
が安心できるだろうから一緒にしていただけの話で、もしもが負担に感じるのなら、選択権はにもあるのだ。
あまり自己主張をしないから、忘れられていくだけで。
「つ、綱手・・様・・・」
黙り込んだサスケをは気遣わしげに見て、綱手の名を呼ぶ。
「あ、あの、わたし、家に、その、戻り」
「駄目だ。おまえは自分の体を一番に考えろと言ったはずだ。」
綱手は今度はを睨む。
「で、でも、サスケが悲しそうな顔を、しない、のが、わたしにとって一番良いこと、だから。」
の性格としては、サスケが悲しそうな顔をし、自分が戻ればことが丸く収まるのなら、それで良いと思ったのだろう。
だが、綱手がここでの言うことを許してしまえば、また事態は同じ、否、もっと悪化するだろう。
はこれで、自分の体調不良が周りに迷惑をかけると感じたはずだ。次はおそらく限界まで隠す。サスケの、ために。
「サスケが心穏やかなら、寿命縮めてぽっくり逝っても良いってか?」
綱手は呆れた様子でため息をつき、の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「だが、その無理が全部に祟る。わかっているだろう?」
綱手はではなく、俯いて黙り込んでいるサスケに言った。
単純なは綱手が今のことだけを言っているように感じただろうが、サスケは綱手が暗示するものを十分に理解していた。
は自分の体を顧みず、サスケのための最善の道を選ぼうとする。それが結果的にの足を奪い、体までぼろぼろにし、サスケは無傷で生きている。
おまえの勝手が、を傷つける。そう遠回しに綱手は言っているのだ。
「毎日会いに来ても良い。だが、しばらくが遠慮と気兼ね以外で戻りたいと言わない限り、は私が預かる。異論は、ないな?」
綱手は改めてサスケに問う。サスケは俯いて黙り込んでいたが、静かに頷いた。
「おまえも、気持ちの整理をつけろ。」
に対して、罪悪感が大きいのは分かっている。
サスケは事実上から自分の浅慮でイタチを奪い、自身の体の自由すらも奪ってしまった。その罪悪感は死んだ方がましだと思うほどに重い。
泣きそうな自分をどうして良いか分からないから、どうしてもに強く当たってしまうのだ。
「・・・」
サスケは一度も綱手に対して自分の口から返事をしなかった。ただ俯いて、言葉をかみしめる以外のことが出来なかった。
区切りのつかぬ感情を抱き続ける