あまりにも暗い部屋の雰囲気に、ナルトは目をぱちくりさせて、迎えに座っているサクラに目配せをする。

 サクラも同じ気持ちらしく、自分の隣に座っているをちらりと見た。

 はちらちらとサスケの顔や表情を窺っている。何を言い出すかと怖がっているのだろう。

 サスケはと言うと、先ほど言われたことがまだ頭の中でまわっているのか、俯いたままで、表情は窺えない。

 誰も話せないこの空気が、もうかれこれ10分続いている。




「・・・」




 一応とサスケの話を見ておけという綱手の命令であるため、ナルトとサクラが声高に話すのはおかしくて、二人は黙るしかない。

 だが、も自分から話すのをサスケの反応と、綱手とサスケの先ほどのやりとりから躊躇っており、サスケは元々饒舌な方ではない。

 正直サクラとナルトは早々この重い空気の部屋から退出したかったが、そういうわけにもいかず、二人の動向を見つめるしかなかった。





「火影の、家はどうなんだ?」




 結局たっぷり15分待って、サスケが顔を上げ、やっと口を開いた。はサスケの表情をおずおずと窺ってから、少し考え、答える。




「えっと、大きいよ。」





 いや、そういうこと聞いてるンじゃないだろ、とサクラは突っ込みそうになったが、は至って真面目な顔をしている。




「・・・そう、か。」




 サスケは呆れたような目をに向けて、大きなため息をついた。はそんな彼にぴくりと眉を動かし、目尻を下げる。

 また重い空気が流れていく。




「つ、綱手様とたくさんお話をして、楽しかったよ。」





 はふんわりと笑って、思い出すように話す。




「綱手様、恋人がもう、なくなってるらしいんだけど、朝起きの得意な人で、イタチも、サスケも得意、でしょ?」

「まぁ、おまえよりはな。」





 サスケは素っ気ないながら、そりゃそうだ、と思う。

 任務やなんやとどうしてもきちんとした時間に起きねばならないのが忍だ。朝起きが苦手だなどと言っていられない。


 だが、はイタチに庇われていただけで忍として里で任務に就いたことはないし、綱手もなんだかんだと言ってお姫様だ。それなりに許されるところもあったのだろう。

 綱手も大切な人を戦争で亡くしている。

 だからこそ、とは性格は違えど気持ちとしてはわかり合える部分があるのだろう。




「シズネさんもとっても優しいけど、猪さんを持ってて、いつ食べるんですか?って聞いたら、ひぃって声上げてどっかいっちゃったの。」




 はさも不思議そうに話す。




「・・・豚だろ。それ。」

「ぶたって何?」




 はきょとんとしてサスケに尋ねる。

 幽閉されておりまともな教育を受けておらず、抜け忍であるイタチと住んでいたため、猪や兎など山にいる動物を狩って食する機会が多かった。

 そのため、動物を食用として見ている時が多い。





「ついでにペットだってばよ。それ。」





 食用の豚ではない、とナルトに言うが、はいまいち理解していないのか、んん?と小首を傾げたまま、ころころと話を続けた。



 もちろん大半は綱手とシズネの話だったが、今まで見たことがないほどは饒舌に話を続けた。サスケは適当な相づちを打つだけだ。

 先日サスケが「あいつはしゃべりだ。」と言っていたことにサクラとナルトも今更納得する。


 の話には間違いがたくさんある。

 語彙量が少なく、知っているものも少ないは時々、“豚”を“猪”と言っていたり、襖が障子だったり、逆だったり、酷い間違いがたくさんあり、説明できても何か分からないものもある。

 サスケはたまにの話に口を挟んでそれを訂正していく。

 本当に当たり前の、たわいもない会話だ。それがあの戦い以降二人に失われていたものだったのだろう。




「違う。それは鷹じゃなくて、鷲だ。」

「わし?」





 はサスケの訂正に、首を傾げて自分を指で示す。




「人称の話じゃない。大きいのが基本鷲、小さいのは鷹だ。一応分類があるわけだから、覚えておけ。」

「じゃあわたしが見たのは鷲?」

「そうだな。一般的に白頭鷲って言う、伝令用のやつだ。ま、鷹も鷲も同じだがな。基本は。」

「ふぅん。」





 サスケが教えれば、別段にはこだわりはないらしい。は適当だろうとあっさりサスケの言うことを信じる。

 ふっと、が話を終えれば、沈黙が落ちた。




「・・・なぁ、」





 サスケはため息混じりに、を見据える。




「オレはおまえを疎ましく思ってるわけじゃない。」




 疎ましく思うはずなどない。

 元々多分好きだったのは、サスケの方だ。はただ、イタチの遺言を今も守り続けているだけで、愛情を疑っているわけではないけれど、の愛情は多分、サスケのものと、違う。

 それでも、傍にいてくれるなら良いと思ったのも、サスケだ。

 本当に大切で、復讐を願ってすべてを捨てても、だけは捨てられないのだと、思い知った。




「でも、おまえを見てると、悲しいよ。おまえばっか、怪我して、こんなことに、なって。全部、オレのせいで。」




 サスケが振り返らず、捨ててきたものはによってすべて拾い上げられた。

 それはイタチの願いであり、イタチの死の意味でもあり、そして、がすべてを失った理由でもある。

 にとって、イタチの願いは、そしてイタチの願いであるサスケの命はすべてを捨てるに足りる理由であり、目的だったのかも知れないけれど、それに気づくことも出来ず、ただ守られてばかりいたサスケが、それに気づいたときにはもうすべてが遅かった。

 馬鹿な自分を、見せつけられる気がする。




「悲しいに決まってる。」




 サスケは俯いて、ただその言葉を紡ぐ。はそれをじっと、静かな紺色の瞳でただ見ていた。




「どうしたら、サスケは、楽?」

「わからない。」





 生きていること自体が辛いのかも知れないとすら思う。

 だからと言ってサスケにはをもう二度と置いていこうとは思わないから、を殺さなければならない。なのに、サスケには絶対、を手にかけることだけは出来そうになかった。

 が生きている限り、サスケは生きなければならない。

 イタチの願いのために、のために。

 そしてこの罪悪感も抱えたまま、生きていかなければならない。そのことに耐えられない自分が、情けなくてたまらなかった。





生存権を罪悪感と折半すれば

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