「わたし、サスケの家に戻る。」





 が綱手にそう言いだしたのは、サスケとの面会を終えてすぐだった。





「・・・・。」




 経緯をよく知るだけに、綱手は難色を示した。

 あの時からなんら、サスケの態度は変わっていない。自分の感情すらもコントロールできず、に当たるこの状態では、帰ってもがストレスを感じてまた胃潰瘍を再発するだけだ。

 だが、の紺色の瞳は綱手に納得する風はない。





「でもサスケがその、どうして欲しいのか、どっちが良いのか、わからないけど。それを、見極めたいから。」




 離れた方が良いのか、傍にいた方が良いのか、死んだ方が良いのか。

 がどうすることがサスケにとって楽なのか、良いことなのかをはどこかでそれを見極めたいと思っていた。





「おまえの体の負担になってもか。」

「それは些細なことだから。」





 にとって自分の体のことは、大きな問題ではない。

 体が弱いのは前からで、イタチも昔から心配していた。まぁそのイタチが病を先に得たのは驚きだったが、も十分体は強くなかったので、常にの体調の方が悪かった。

 足が動かなくなったのもショックだったが、幽閉時代はほとんど歩かず、部屋から出ることすらなかったため、それ自体は別に苦痛ではない。




「・・・、もっといろいろなことを望んで良いんだぞ。」 




 綱手は真剣な表情でに言う。

 の精神性はとても綺麗で、歪んだところは欠片もない。それは、望むことがないからで、与えられることは不遇も幸せもそのまま受け取る。




「望むのは、サスケが幸せであること。」



 はふわりと笑って、綱手に言う。





「だから、サスケが楽な顔をしてくれるなら、わたしはそれで良いの。」




 すべてを諦めきった、何も望んでいないその表情が、の“歪み”そのものだ。

 嫌だと子供のようにが泣きわめくことはあるのだろうか。嫌だと抗うことが、あるのだろうか。

 はそのすべてを何も与えられなかったが故に、放棄したのだ。

 そして、はサスケのためのその願いを、自分のためだと心の底から信じている。自分のためだと疑っていない。

 だから、復讐にもサスケの心が少しでも楽になるならと、共につきあったのだろう。サスケを守るために。


 欲しいと思わないから、生きる理由がない。

 欲しいと思わないから、死ぬ理由がない。




「難しいな。」





 綱手はを見ながら、いつも思う。

 何かを望んでくれれば、綱手達とてしてやれることがある。だがはその望みを見つけられない。他人の望みを自分のものだと心底思っている。

 他人の幸せを自分のものだと感じられるのはある意味幸せなのかも知れないが、それでもそれがの問題だった。

 だからこそ、サクラが未だを良くつかめない原因である。

 根本的には何かが抜けているのだ。




「戻ることは、まだ許さない。もう少し様子を見させてくれ。おまえの体調は万全ではないからな。」

「はい。でも、出来れば、すぐにサスケの所に戻りたい。」

・・・・」





 その強情さはどこかナルトに似ているところがあって、綱手はため息をついた。




「じゃあ、ちゃん。一緒に行きましょうか。」




 待っていたシズネがの車いすを押し、火影の執務室からと共に出て行く。もう綱手が持つのは深いため息以外にない。




「だ、そうだ。」





 綱手は背もたれに背中を預け、ちらりと隣室のドアを窺う。きぃっと音が鳴ったのはドアだったのか、綱手の椅子だったのか。

 ドアはうっすら開かれ、中にいたサスケがゆっくりと出てきた。

 は既に完全に気配を窺うなど、忍として必要な警戒をすべて忘れている。だから隣室にいるサスケの存在にすら気づかなかったらしい。




「・・・」






 サスケは目を伏せて黙り込む。

 イタチの命は木の葉より重いと、サスケは木の葉への復讐を願った。も同じようにイタチの命は木の葉より重い、むしろ世界のすべてだと思っていただろう。でも、イタチや、にとって、サスケの命は、何者よりも重かった。

 愛情を知れば、憎しみも生む。

 自分の命よりも、サスケの命の方が重いと考えているから、は関係のない復讐にすら首を突っ込み、サスケを守ってぼろぼろになった。

 誰かにもし「がぼろぼろになったのは誰のせい?」と問われれば、もちろん間違いない「サスケのせい」以外の他でもない答えが返ってくるだろう。

 の体をぼろぼろにしたのは、の持っていた力と、そしてトビだ。

 だが復讐すべき相手は既になく、サスケにはどうしようもない上、そもそもがあぁなった原因を作ったのは、サスケの自分勝手な復讐だ。

 それを理解した時、サスケは絶望と無力感に満たされるだけだった。




「良いか、実際胃潰瘍になってるんだぞ。の体調は決して良くない。入院して欲しいくらいだ。」

「・・・」

「おまえが辛いのは分かる。だが、本当にそのためにまで失うことになるぞ。」




 感情がコントロールしにくいという気持ちは十分に分かることだ。やりきれない思いも理解できる。しかし、そのサスケの気持ちをのためにすることへ持って行けなければ、今助かっていてもは心労で死んでいくだろう。

 はそれがサスケのせいでも、自分のせいだと、笑って死んでいくだろう。




「・・・を大切にしろ。言葉に出来ないなら、行動でも良いから。何かしてやらないとが弱るぞ。」




 の体は、莫大なチャクラのせいでかなり劣化しており、それがまだ全く回復していない。

 移植などの方法も本来ならあるが今のでは体力と心臓への負担がかかり、そちらの方が深刻だと言えた。

 元気に振る舞ってはいるが、傷すらもすべて治ったわけではないのだ。




「おまえ達には本当に申し訳なかったと思っているから、精一杯援助はする。でも、こればかりはおまえに頼るしかないんだ。」




 がサスケと共に、サスケのためにと願う限り、綱手はサスケの行動に依存することになる。

 できる限りの優しさを見せて欲しいと思う。




「俺に、しか、出来ないことか。」

「そうだ。」




 がサスケと共にありたいと願う限り、サスケがと共にありたいと願う限りは、サスケが気持ちの整理をつけなければならない。

 罪悪感にも、すべて。




「残された時間を、大事しろ。」





 あと、3年か、5年か、ひとまずが生きる時間は普通の忍より短いだろう。10年は、不可能だろうと綱手でも思う。

 だから、をイタチに引き渡す前に、せめて木の葉にあるすべての綺麗なものを、見せてやりたかった。


失うくらいならば、変わることもたやすいでしょう

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