イタチの目の移植手術を受けた後、サスケはしばらく療養していた。と言うのも目は大きいらしく、定着に時間がかかったのだ。
「…見えてる?」
が少し躊躇いがちに尋ねると、「見えてる。」とサスケは素っ気なく返してきた。
イタチの目の移植は、サスケがこれからの戦いを生き抜くためには仕方ないことだと分かっている。
でも、の心の中にはどうしても納得出来ないものがあった。
「…随分と不満そうだな。」
サスケがくつくつと喉元で笑う。
の気に入らないことを理解している時の笑い方で、はむっとして「別に」と僅かに頬を膨らませて言った。それはあからさまに気に入らないことを認めていることになる。そのため、サスケはますます笑った。
「どっちが気に入らない。」
「ん?」
「オレがイタチの目を移植したことと、マダラの言いなりになったこと。」
彼に問われ、は一瞬眉を寄せる。
どっちが、気に入らないのだろう。自分でもよく分からない。
死んだイタチの目、とマダラから聞いた時、の心は酷くざわついた。
はマダラのことが昔から大嫌いだった。手を組んでいるのは仕方のないことだと知っていたけれど、酷くイタチを利用したような気がしていた。具体的な理由は自分でも分からないけれど、ひとまずはマダラを毛嫌いしていた。
「…どっち、だろう?わかんない。」
それがの正直な答えだった。
だが、多分、どちらも気に入らないのだ。移植という形で死んだイタチの体にメスを入れたことも、マダラの言うことを聞いて今も協力していることも。
「来い。」
サスケがに手をさしのべる。その大きな手をじっと見てから、は不満ながらもその手に自分の手を重ねた。
緋色の、写輪眼がそこにある。
サスケの、そしてイタチと同じ瞳。緋色の輝きをイタチは血のようだと好いてはいなかったけれど、は夕焼けのようだとよく言った。
だが、酷くサスケの目は毒々しいもののように思えて、は眉を寄せた。
「ねぇ、写輪眼閉じて、」
が懇願すると、サスケは一瞬不快そうな顔をする。
「なんだ、やっぱり嫌なのか。」
「怖い。」
が素直にそう言うと、彼は虚を突かれたような顔をした。
「別におまえに幻術をかけたりなんかしない。それに、おまえ幻術が聞かないだろ?」
の血継限界の炎は、チャクラを直接焼く。そのためは幻術などを含め、術を根本から焼き潰す力がある。サスケのチャクラはにまで干渉できないのだ。だからの言う意味はよく分からない。
「でも、なんか嫌だから、閉じて、」
彼女はそう言ってサスケに懇願する。仕方なくサスケが目を常の黒色に戻すと、は甘えるようにサスケの首に手を回してきた。
「どうした。」
日頃にはあまりない怯えるような様子に、サスケはの背中を撫でる。
「うん。なんだか、ざわざわするの。」
忍界大戦は始まってしまった。
暁にいるサスケはその表で戦うことになっている。はサスケに完全に協力している。
「だからといって、おまえとオレが何か変わるわけじゃない。」
サスケはの髪をさらりと撫でる。肩までに切り揃えられた髪は見事なまでのストレートで、手触りは柔らかい。
「だろ?」
耳元で囁いて、たどるように指で唇を撫でれば、熱に浮かされるようにはこくりと頷いた。
そのまま、彼女の桃色の唇に自分のそれを重ねる。
「ん。」
僅かな声を上げて、はそれを受け入れる。彼女が拒まない、慣れてきたのはここ数ヶ月のことだ。
流石にサスケが着物裾をまくり上げれば、驚いた顔をしたがそれでもやはり拒まなかった。戸惑うように紺色の瞳が揺れるのを見ながら、サスケはぽつりと言った。
「オレは、おまえの目は水色でも、紺色でも好きだけどな。」
の瞳は透先眼になれば水色になる。薄い、静かな水面を映したような色合いの瞳を、サスケは好んでいた。
白く手傷一つない、柔らかな肌。桃色の唇。
「おまえの能力すらも、オレは愛してるさ。」
サスケは自分のことを、イタチとは違う、と思う。
を愛していることに、多分変わりはないんだろう。
でも、能力だって必要とあれば使う。その希少な血継限界の保持者としても求めている。その珍しい瞳も、白色の炎も、すべて自分のものだ。誰にも利用させたりはしない。だが、使う。イタチのようにを鳥かごの中で飼おうとは思わない。
「うぅ、ん」
肌に触れれば、は眉を寄せて耐えるようにサスケの肩に頬を押しつけた。
「そうだ。」
女としても、能力も全部求めている。
片方が片方を完全に庇護するのではなく対等にと願った。だから、ギブアンドテイクだ。サスケも彼女が望むものをすべて与える、と同時に彼女もサスケにすべて与える。
「それで良い。」
サスケはの首筋をくすぐるように、軽く自分の唇を押し当て、なぞる。
世界が二人だけで完結していれば良い。何も恐れるものはない。お互い以外に信じるものはない。そして、お互い以外に味方もいない、ただお互いだけを信じ、貪り、信頼して利用する。
「何も変わらないさ。」
そう信じていたいのだと言うことも、サスケは理解していた。
多分お互いに依存しきっている。がいなければ、サスケはこれほどに強くはなれない。いざとなってもだけが傍にいてくれるだろうと思えるから、強気に出られるのだ。
死すら怖くない。彼女も共に死ぬのだから。
「サスケ、ひとりでどこかに行かないでね。」
が縋るようにサスケに手を回す。
「置いていかないで。」
「置いてなんて、いかないさ。」
依存しているのは一緒だ。
行き着く先が滅びてあっても、共にいれば怖くないと、そう思うのは、ただ二人だからだ。二人でなければならない。
「マダラがなんだろうが、関係ないさ。」
信頼などしていない。以外に心を置くこともない。彼女以外のことにならすべて冷酷になれる。代わりに彼女には、優しくする。
あまりに簡単だが、もろく崩れてしまうものに縋り続けることが弱いとすら気づけない。溺れている自分すら容認している。ある意味でおかしいのだろうと思った。
共依存