「憎しみかぁ、」






 は笑みを含んだ声音で言って、「わからない、」と本心を口にした。

 越は静かにの独白を柱にもたれたまま聞いている。

 本当にわからないのだ。悲しいのではないのか、寂しいでもないのか、サスケの抱く強い憤りが、には理解できない。

 つまらないことに無性に苛立ちを感じて怒ったりすることはあるが、怒りという感情もの中では大きなシェアではない。

 すぐに収まる感情だ。

 後からこみ上げてくるのは決まって救いようのない悲しみで、イタチを失った時も絶望しか見いだせなかった。






 ユルスンも、サスケも、木の葉に対して強い憎しみを感じている。

 だからといって人を殺して、どうするのか、仇を殺せばすっきりすると言うのも、にはよくわからない。

 世界の人間を殺せばイタチが帰ってくると言うのなら、だってすべてを滅ぼそうと思う。

 でも、どんなに殺しても、嘆いても、イタチは帰って来ないのだから、悲しみが癒えることなど、ありえない。

 復讐がうちはの再興につながるというサスケの言葉も、到底理解は出来ない物だった。

 




 本当なら一族を滅ぼされ、幽閉され、不遇を味わったも、里を恨んで良いはずだ。

 だが、はわからない。

 幽閉され、それを不満に思うことすらなかったのだから、相当感情が希薄だったのだ。には与えられるものが少なすぎて、彼の愛情の深さも、それ故の憎しみも本質的には理解できないのだろう。

 サスケの気持ちを本質的に理解することはには難しいのかも知れない。




「辛いか、」




 越の率直な言葉にはさらりと肩までになった紺色の髪を揺らす。

 無邪気に、イタチを、世界を、信じていた頃のはいない。

 馬鹿のように人を信じられたのは、イタチが常に隣にいて悪意からを守っていてくれたからだ。

 疑うことを知らない

 世界は、がかつて想ったほど綺麗ではない。イタチが死んで初めてはそれを知った。

 もう亡くしてしまったものは、嘆いても戻ってこない。






 辛いかと尋ねられれば、辛いのだろう。

 人を殺してしまった、

 大きな間違いを犯した罪は、一生消えないだろう。

 忘れられるほどは器用ではないし、人を憎んで、自分が人を殺したことを正当化するほど強い感情も持ち合わせていない。

 復讐を願いひた走るサスケと、英雄としてもサスケも里に帰って欲しいと願ったイタチと。

 イタチの死を無駄にしないでくれとサスケはに嘆いた。

 が死ねば、無駄になるのだろうか

 違うと、は思う。

 の役目はもうとうに終わっているのかも知れない。イタチとの未来を生み出した。

 生み出した命を守ることに役目はあるかも知れないが、は未来を残した。生物として、自分の代ですべき役目は、果たしたのだ。

 ならば、のすることは決まっている。





「わたしは、このままサスケと行くよ。」

「それがうちはイタチの願いか、」

「違う。自分の意志。」





 は言葉を否定しながら、それがイタチの願いであることも、知っていた。イタチも、がサスケと行くかも知れない可能性は、予想していただろう。






 俺の春雪へ、と。

 題された文字のない手紙は、イタチが誰かに託そうとしていたもので、穢土転生で蘇ったイタチから直接渡された。



 は今、おまえを必要とする人間とともにあると良い。

 斎先生と久々に語らいたいから、寂しくもないし、が彼岸に来るのは出来る限り遠い方が、俺も彼も嬉しいだろう。

 明るい土産話を持ってきて欲しい。






 そう結ばれた少し詩的な雰囲気のする手紙は、言葉遊びが好きだったイタチらしくて、涙が出た。
 


 は自分の短い髪を束ねる髪紐に手を触れる。

 イタチが初めての幽閉先にお土産として持ってきてくれたのも髪紐だった。

 サスケが初めてにくれたのも同じだ。

 兄弟は似ると言うそうだが、は一度も2人が似ていると思ったことがなかった。

 共通点に驚いたくらいだ。






「関係ない人は、殺さないよ。もう。でも、サスケと行く。」





 ひとりぼっちになってしまったサスケ。

 1人のつらさは、がよく知っている。

 稜智は、もう大丈夫だろう。越も、青白宮も、ユルスンもいる。彼には確固とした愛された記憶もある。

 を失っても、たくさんの人に愛され、愛していくだろう。

 でも、サスケはひとりぼっちだ。誰もいない。誰もかもを、おいてきてしまった。

 なくしてしまった。





「おまえは、お人好しすぎるよ。」





 越は笑いを含んだ、困ったような表情で息を吐いた。





「仕方ないよ、性分だもん。」





 イタチはをそうなるように育てた。

 素直に、率直に、綺麗なままで、

 世界の汚い部分を彼は何よりも知っていたのに、に汚さを見せようとはせず、綺麗な物ばかり見せた。

 それが自分の見た世界への復讐であるように反対の物をに見せた。

 は自分を必要としない世界を嘆いたことはあっても恨んだことはない。

 ほほえみあう人々に憎しみの目を向けたことはない。

 イタチが見せてくれたたくさんの物はとても温かで、綺麗で、穏やかで、世界が滅びてしまえば良いなんて到底思えなかった。

 そう言う意味では、イタチは子育てに成功したのかも知れない。





「わたしの見る、見た世界は、綺麗だったんだよ。」




 亡くして良いなんて、思えない程に、美しい。

 にとって初めて見た地平線も、夜空も、悲しい思いでさえも、今思えば綺麗で、かけがえのない物だった。 

 全ての感情を、知った。

 だからこそ、今だからわかることがある。





「綺麗だね。」





 は窓を開け放ち、自分の見てきた世界を見据える。

 愛された、だからこそ分かることがある。憎まずにいられるから、美しく見える世界があるのだと、イタチに心から感謝した。

憎しみ
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