サスケに再会し、戦いを終えたイタチは、一つだけ自分から口を開いた。
「おまえ、をどうするつもりだ。」
サスケがの透先眼を使ってイタチを追っていたことは知っている。
と言うことはも近くにはいるのだろう。はサスケと共にいると言っていた。彼女とは既に話し終わっているから、兄弟の邂逅を邪魔しないようにとどこかで待っているのだろう。サスケがイタチと会い、どういう結論を出すのかを待っている。
元々はマダラが大嫌いだった。
要するにマダラにサスケが操られるような形になっていることを危惧しているだろうから、イタチに会うことで何か変化があればと思っているのかも知れない。
は日頃単純で素直なのに、ふっとたまに恐ろしいことを考え出すときがある。
ならばどちらにしても、今ここにサスケがいるのはの思惑であり、イタチはに感謝しなければならなかった。
「…を置いていった、あんたが言うのか。」
ぐっとサスケは拳を握りしめ、イタチを睨み付けた。
がイタチをどれほど愛していたか、サスケも承知している。まさに彼女にとってはイタチが世界のすべてだった。サスケには木の葉にいて、手を伸ばしてくれる大人もいた。同年代と仲は良くなかったがそれでも同期もいる。ナルトもいた。
けれどにはイタチしかいなかった。
それを奪ってしまった罪悪感は一生サスケにつきまとうものだ。例えがそんなことを欠片も思っていなかったとしても。
「ただの興味だ。」
死人であるイタチにはをどうすることも出来ない。どうせ後は消えゆくだけの運命だ。だから、知っておきたいのは自分が行く今、彼女に残せたものがあると、知りたいだけだった。
「オレはを最期まで連れて行く。」
サスケはイタチの緋色の瞳をまっすぐ見上げ、言う。
「復讐だろうがなんだろうが、オレはを連れて行く。その力も、血継限界も全部使ってな。」
イタチのように女としてだけを必要とするわけではない。
は自分の力を疎んでいる。忍としては恐ろしいほどに有益なその力を、は自分で嫌っている。だがそれはイタチが女としてのしか必要としなかったためでもある。を傷つけないために、イタチはをあらゆる危険から遠ざけた。しかし最後の最後でそれがを一番傷つけた。
だからサスケは同じことは絶対にしない。
「…」
「でも、オレはにも選択肢を同じだけ与える。無理強いはしない。ただほしがらなければ与えない。」
に一番足りないのは、望みを持つことだ。
生きていくためには知ろうとしなければならない。自分に足りないものを得ようとしなければならない。そして望みを持たなければならない。
は幽閉時代それを望むことを諦め、イタチに攫われてからはイタチにすべてを整えられ、常に満たされていたため、望みを持つことを知らない。自分で考え、足りないものを補うことを知らない。
だからサスケはが自分から言い出さなければ与えない。無理強いもしない。ついてくるかどうかを決めるのはだから、命じないし、強制もしない。ただ彼女が分からないことを教えはするが、そこからの道のりは自分の手で選んでもらう。
「を生かしたあんたには悪いが、死ぬ時は、オレがあいつを殺す。」
サスケは自分の手を見つめる。
置いて行かれたくない、誰かに必要としてもらえないと生きていけないと言った彼女をサスケは今でも覚えている。その感情はサスケも酷く馴染みのもので、ほどでは無いとは言え、その辛さを胸が締め付けられるほど知っている。
あんな思いを再びさせるくらいならば、この手にかけてやった方がはきっと幸せだろう。
が望んだことでもある。
「そう、か。」
イタチは目を伏せ、の無邪気な笑顔を思い出す。それが自分の師にだぶって、仕方がなかった。
が死ねばここでおそらく蒼の血筋は終わるのだろう。元々蒼一族の血統は劣性遺伝であり、息子の稜智にも遺伝していない。これからもおそらく先祖返りか、もしくはのように特殊な例で無い限り生まれないだろう。
蒼一族の証でもあるあの紺色の髪の血筋は、ここで終わる。
後はイタチが見たことのないもう一人の息子が、蒼一族の血筋を受け継いでいてくれることを望み薄ながら願うしかない。
「が、好きか。」
「あぁ、好きだ。」
「そうか、なら良い。」
イタチも命失うその瞬間、に看取られて良かったと思った。
きっともサスケに殺されれる最期は、少なくとも幽閉され、あの座敷牢の中で終わりを迎えるよりずっと幸せなものだろう。少なくとも幼い頃から一人寂しく嘆き続けたにとっては、愛され、愛したものに殺されるのは悪い最期ではない。
彼女が元々望んでいた最期でもある。
「俺はを連れて行かなくて良かったんだな。」
イタチはサスケにそう笑う。
最後の瞬間まで、イタチもを連れて行くかどうか迷った。最終的に子どもを作ったのはイタチだが、それは自分がを連れて行くことを覚悟しきれなかったため、手にかけられない理由を作るためでもあった。
それでも、最期までをこの残酷な世界に残すかどうか、迷った。
穏やかにどこかで生きて言ってくれればとも思ったが、の力はそれを許さない。常に争いに巻き込まれ、そして傷ついてく。それは優しすぎるには、あまりにも酷だ。サスケがを拾い上げてくれなければ、彼女はどういう形であれ一人寂しい死を迎えていただろう。
との出会いは少なくともサスケを助ける結果になった。そしてにとっても、イタチ以外に目を向ける機会になった。
ならばあの時の選択を、イタチは間違っていなかったと思うことが出来る。
「に会うか?」
サスケは躊躇いがちに尋ねる。
イタチにを会わせるのに、どうやらかなり躊躇があるようだ。を奪っていくとでも思っているのかも知れないが、心外だと思う。
「良い。俺の今の姿をあまりは良いとは思っていない。」
蒼一族は元々予言を生業とする清廉な一族だ。その血を容姿とともに強く受け継いでいるは穢土転生を心から嫌っていた。愛しいイタチとはいえ、また酷く悲しそうな顔をするだろう。それにもう既に会って、言いたいことは言った。
だから、あと会うのは、彼岸でだけで良い。
「とおまえが来るのを、彼岸で待っている。」
イタチは昔と変わらぬ笑みを浮かべてサスケに言った。
どうせ遠くはない道の先で、とは会うことになる。それは何年先かは分からないが、少なくともに残された未来が良くても15年はないことを、イタチは承知している。チャクラを封印していても、蒼一族としての血の濃すぎるは、炎一族の血継限界とチャクラに耐えうる体をしていない。きっとイタチが暗い中で待ったとしてもそれ程長くない未来、は死ぬだろう。
それをこの場でサスケに言うのはあまりに残酷すぎるので、イタチは口を噤んだ。
「オレはを使う。あいつも俺を使う。一蓮托生だ。」
サスケは問題無いとでも言うように口を開いた。
「そうだな。はいつも役に立ちたいと言っていたから、おまえの役に立てることを喜ぶだろう。」
はいつもイタチの役に立ちたいと望んでいた。
けれどそれを押しとどめてきたのはイタチだ。を女として愛していたと同時に、彼女は自分よりずっと子どもで、庇護の対象だった。対等なのではなく、彼女はあくまでイタチにとってサスケと同じように守るべき未来だった。
真綿にくるむように、時に暁の構成員に笑われるほどに普通に愛情だけを注いだ。
「おまえは俺とは違う。だから、違うやり方で、を求めれば良い。」
を大切に思っている気持ちは同じだとしても、やり方は人それぞれだ。イタチにもその選択肢はいつも存在した。でもいつも一人ですべてをやろうとしていたイタチは、自分の力でイタチを助けたいと願うの気持ちを受け入れようとはしなかった。
「も、おまえだからこそ、受け入れたんだろうしな。」
の絶望を救ったのは、結果的にサスケだ。おそらくもイタチと違う方法を用いたからこそ、サスケに救われたのだろう。だから、イタチが願うのは、が死ぬ瞬間自分と同じように満たされているよう祈るだけだった。
貴方の逝く末をただ祈る