「ちけいずでお金がもらえるんだってー」





 サクラがうちは邸に定期検診にやってくると、は嬉しそうに話した。





「お金?」

「任務金のことだ。」 





 サスケがそっけない、絶対零度の冷たさで言い捨てる。それでサクラは気づいて納得した。

 先日、とサスケは盛大な大げんかをした。理由はが上忍会に協力して地形図を作るという仕事を、先日請け負ってきたからだ。

 はシカマルが怪我をしたのを聞いて、暗部でも手の出せない危険地域の偵察の代わりに、透先眼でそこを視て、地形図や配置図、トラップがどこにあるのかを確認した地図を作ることを提案したのだ。の透先眼ならそれは簡単なことらしい。サスケはの目の効用を彼女以上に知っているので、それが可能であることを知っていた。

 しかし、サスケは上忍会へが協力することを断固反対した。

 にとって本来木の葉の里は、を幽閉した憎い敵である。サスケには若干自業自得の部分もあるし、今も処分で揉めるほど上層部でも意見が分かれているが、の場合は先に違法にを幽閉したのは里であり、は二人上層部の人間を殺しているにもかかわらず、里にも罪は十分にあり、を幽閉することによって彼女の権利と教育の機会を奪ったと言うことで情状酌量の余地ありで処分なしになった。

 また労働災害の一部として、障害者保健のようなものももらっている。

 それくらい里がにしたことは、裁判においても十分に認められるほどに酷い。彼女が普通に暮らせる権利のすべてを奪ったと言っても、間違いはないのだ。

 サスケはのことを思って許せないと言ったのだろうが、当のはちっとも里を憎んでいない。

 むしろシカマルのような怪我人が減るのは良いことでは無いのかと、珍しくくってかかったのだ。結果、サスケはに罵声を一方的に浴びせることになり、は悲しそうに言い返すという恐ろしい喧嘩が繰り広げられた。

 とはいえ、が働き出してしまった今となっては、どうしようもない。




「お金自分でもらうの初めてなの。」






 は今まで稼いだこともなかったのだろう。

 もちろん体調を見ながらだが、上忍会でもの評価は高く、正式に仕事をしてもらうかも知れないと言っていた。は心から人の役に立てることを喜んでいる。





「じゃあ、お金がもらえたら、一緒に甘味に行こうか。の初任給祝いに驕ったげるわ。」





 サクラは笑いながらの頭をぽんぽんと軽く叩く。





「おごる?」

「うん。わたしがお金を払うってことよ。」

「でも、わたしがお金もらうんだよ。わたしが払うんじゃないの?」

「良いの。めでたいでしょ。」





 律儀なにサクラは言って、立ち尽くしているサスケを見上げる。

 彼はやはりが里に貢献することを納得出来ないらしい。言いたいことは沢山あるだろうが、それでも今彼は軟禁中のみであり、外に出ることは出来ない。上忍会について行けないことも、サスケにとっては反対の理由の一つなのかも知れない。

 サクラが見ても明らかに分かるほど、には怒りや憎しみと言った激しい負の感情が欠落している。彼女の彫塑でもあるそれが、境遇故であり、サスケからすれば哀れに見えるし、里に怒りを向ける理由なのだろう。

 がどう思っていたとしても。






「ひとまず、体調の悪いときは駄目だからね。」







 サクラは一応に釘を刺しておく。

 人のことになると簡単に無茶をするのがだ。だからこそ、周りがうまく止めていかねばならないし、医師としてそういう無茶を許すわけには行かない。





「当然だろ。」





 サスケは言って、の座っている座布団の隣に座る。





の傷は、大丈夫なのか?」




 の体の傷は、戦いの折に死にかけるほど酷かった。サスケにとっての怪我も自分のせいである部分があまりにも多く、罪悪感の象徴だった。





「うん。傷が引き連れたりってことはあると思うけど、一応、完治ね。」





 あまりに深い傷だったため、突然痛み出すことはあるだろうし、皮膚が引き連れているところはあるが、一応骨が折れていたところは繋がっているし、傷も瘡蓋か痕だけになっている。サクラが傷に対してするべきことは既に何もない。

 しかし、元通り担ったというわけではなく、の足には障害が残ってしまった。

 サクラの師である綱手がの足を治す方法を必死で探っているが、筋肉や神経に関わる部分であるため、非常に難しいことだけが分かっている。ちなみに左目の失明は再生不可能だった。





「でも、まだまだ安静だからね。」




 外の傷は治っているが、チャクラに体を押しつぶされたの身体機能の低下は著しい。こちらは怪我のように治ってくれないので、徐々に様子を見ていくしかなさそうだった。





「そうか。」





 サスケは安堵したように息を吐く。

 が木の葉に運び込まれた時、サスケは半狂乱になる程に縋り付き、が死ぬ可能性に恐怖していた。助けてと懇願したサスケの姿を、今でもサクラは忘れられない。彼がサクラに縋ったのは、おそらく人生の中で後にも先にもあの時だけになるだろう。

 の傷は致命傷となってもまったく不思議では無い物で、しかも彼女自身の血継限界が人のチャクラを燃やしてしまうため、サクラの医療忍術が効かなかったりと、サクラも経験豊かな綱手ですらもかなりの苦戦を強いられた。

 死んでもおかしくない、助けられても植物状態か、そんな状態が2週間近く続いた。





「本当に良かったわ。ここまで回復してくれて。」





 足が悪いまでも普通に座って笑っているを見て、サクラも目を細める。

 あの時はこんなふうに、と笑い会えることが出来るなど、夢にも考えられなかった。目の前の傷をチャクラなしに塞ぐためにはどうしたら良いのか、本当にそれだけしか考えられなかったのだ。





「わたしも死ぬと思ってたから、生きてた時はびっくりだったよ。」




 はあっさりと、なんの感慨もなしに口にする。





「え?」

「サスケに別れを告げた時に、駄目だろうなって思ってたし。」






 鳳凰を開放する前にはサスケに別れを告げた。

 イタチから封印した鳳凰をもしも開放すれば、今までためていた分のチャクラも含めて爆発するから、命はないと言われていた。実は元々封印自体も綺麗なものだったがの命を守るためのその場しのぎに過ぎず、彼も死ぬ間際にのチャクラを封印した。要するに遠い将来とけてしまうことを予想していたのだ。

 覚悟はとっくにしていた。






「サスケが帰れるまでって考えてたから、」





 の役目は、サスケが里に帰れるまでだと思っていた。だから、彼のために無茶もしたし、元々からだが強くないことも、危険も承知でいろいろなリスクにも手を出した。

 すべては、彼を帰るべき場所に戻すまでのしのぎだと思っていたからだ。





「もともと、わたし、結構体弱いし、へたすれば病気してるイタチより酷かったから。」 






 は言い訳のようにさらさらと言葉を紡いだ。





「元から、体弱かったの?」

「うん。強くなかったから、イタチといる時もよくおいてかれてたし。」





 イタチはおそらくが忍として生きて行くにはあまりに体が弱いことを理解していたのだと思う。それもあって、女性としてのしか求めなかったのだ。

 これからの人生のすべてをサスケといられるとは、元々考えていなかった。将来を考えるには与えられた時間はあまりにも短すぎる。も実際にそれを予感していた。





「だから、正直生きてた時、すっごくびっくりしたんだ。」 





 目が覚めてサスケがいた時、は本当に驚いた。

 きっと自分は一人でどこかでのたれ死ぬんだろうと、イタチに殺してもらえなかったときから思っていた。サスケを助けられて満足だったこともあり、全くと言って良いほど生への執着もなく、このまま悲願までイタチに会いに行くのだろうと思っていた。

 だから、目の前にサスケがいて、体中の痛みを理解した時は、逆にサスケも死んだのかと訝しんだほどだ。





「それに元々イタチが殺してくれるって言ってたから、いつでも覚悟してたし。」





 イタチは当初、自分が死ぬときはを殺してくれると言っていた。

 結局最期にイタチは、が妊娠していたこともあってに手を下すことが出来なかったわけだが、それは同時にいつでもは死を受け入れる覚悟をしていなければならないことになる。しかも、愛しい人に殺される覚悟だ。

 が笑ってそれを口に出すことから、は心からそんな結末を受け入れ、望んでいたのかも知れない。





「…」




 突然サスケが後ろからを抱きしめ、そのの細い肩に額を預けて顔を隠す。




「わっ、サスケ?」 

「前向いてろ。」





 サスケは鋭くに命じたが、声は震えていた。

 強い力がこもっているのか、の着物には皺が寄っている。はサスケの様子に不思議そうな顔をしたが、放って置くように決めたようで、サクラに向き直る。





「生きてて、良かったわ。」




 サクラはしみじみと言う。

 彼女の発言からは、生きていて嬉しかったという言葉はない。ただ彼女は事実として自分が死んでいなかったことしか捉えられていないし、死しても別に後悔はなかったのだろう。いつでも覚悟していたのだろう。

 けれど、サスケはの生を心から望んでいた。自分一人が生き残ることを恐れていたのはサスケだ。

 サスケは彼女が死ねば、間違いなく後を追っていただろうとサクラも思う。それ程にサスケはに大きな感情と優しさのすべてをかけている。依存しきっている。

 サスケがに対して異常な執着や独占欲を見せるのも、絶対に自分から離したくないのも、サクラには何となく分かる気がした。

 は良くも悪くも執着がない。生にも死にも、願いにも、諦めにも、すべてに執着がないのだ。あるとするならば自分の大切な人の動向で、多分、サスケが死ねとに命じたら今この場で死ぬだろう。今でもサスケがを必要とするから、は生きている。

 サスケはいつかこのふわふわとしたが、死を選ぶのではないかと怖いのだ。





「サスケ、くすぐったいよ。」





 肩にサスケが額を置くと、の首筋にサスケの固い髪が当たるようで、はサスケが身動ぐと笑ってサスケの頭を優しく撫でた。





「おまえが悪い。」





 サスケはを抱きしめたまま、ぼそりとそう言う。






「大丈夫だよ。ちゃんと生きてるから。」





 は優しい目をサスケに向ける。


 それは母親が子どもに向けるような、“仕方ないなぁ”と言った困ったような笑みだった。

 はサスケより容姿も幼く、言葉も拙い。ナルト並みに素直で子どもなのに、こういう時に見せる表情は彼女をずっと大人に見せる。年相応と言うべきだろうか、サクラがこんな慈しむような表情を他人にすることはないと思う。

 彼女はやはりサスケより年上で、子どものように激情を抱えるサスケを宥めるのだ。

 サスケに激情を、は持たない。けれど、それを宥める方法を知っているのは、酷く不思議だった。







年かさの恋情

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