上忍会での偵察代わりの地形図や下調べを透先眼を使って始めたは、あっという間に上忍会に溶け込んだ。
特にの父親である斎を知る世代の上忍会の忍はに優しく、また礼儀正しいは基本的にまったくと言っていいほど敵を作らず、小柄で足が悪く、病弱であることも手伝って、年かさのものばかりの上忍会でかわいがられるようになった。
「これ、お袋が渡しとけって、」
シカマルはそっけなく言って、部屋の前のベンチで座って迎えに来るサスケを待っているに風呂敷を手渡す。
「?」
は何が入っているのかわからず小首を傾げたが、風呂敷を開いてみるとどうやらおはぎのようだった。
手作りなのかいびつな形も混ざっているが、甘いものは大好きだ。一度与太話でそれをシカマルの父親であるシカクにしてから、彼は頻繁にの元に甘い物を差し入れてくれるようになった。
「ありがとう。貴方の母上様とシカクさんにありがとうと伝えておいて、」
「おぅ。」
シカマルは軽い返事を返して、の隣に座る。
上忍会に出入りする人間の中でシカマルは比較的若手だが、非常に優秀で将来を渇望されている。当然、上忍会に出入りして図面や作戦の立案に携わるようになったともよく顔を合わせるようになっていた。
年代も近いので会議中の席も隣同士で、歩けないを椅子に運んだりする役も大抵はシカマルがしている。そのためよく話す機会があった。サスケ、ナルトとシカマルは同期であるが、二人よりずいぶん落ち着いているシカマルのことをは嫌いではなかった。
無用な好奇心の目を向けてくることもなかったからだ。
「風邪、治ったのか。」
「おかげさまで、なおったよ。」
流行病を上層部からもらって帰ったは先日高熱を出した。
1週間ほど休む羽目になったし、もともと体調は良いとは言えないが、悪いとも言えないいつもの調子に今は戻っている。サスケは上忍会に出ることを許可したくはなかったようだが、サクラからが治ったと医者としてのお墨付きを出てしまったので渋々を送り出した。
「サスケは?」
「まだなの。今日は3時に終わる予定だったけど、まだ2時だから。」
新たなのお仕事は予定では3時に終わるはずだったが、予定より早く終わったため、サスケは迎えに来ていない。
サスケはまだ屋敷に軟禁中の身で外出には許可証が必要だ。
時間も決められているので、が2時に終わったからと言ってサスケが予定を繰り上げて2時に外に出ることはできない。足の悪いは一人で歩くことはできないから、一時間ここで待ちぼうけを食らう羽目になる。不便だが、自分たちが行った悪行を考えれば仕方ないだろう。殺されなかっただけでも感謝しなければならないとは考えていた。
「送ろうか?」
シカマルは気のない様子で軽く尋ねた。
流石に一時間待ちぼうけは酷いし、病み上がりの彼女がまた体調を崩しては作戦行動に関わる。今日はシカマルの任務は終わっているので、彼女を少し送りに行くくらい問題は無かった。
まぁもちろん、サスケは不快な顔をするだろうが。
「大丈夫だよ。ここで待てるから、」
そう言っては笑うが、やはり顔色はあまり良くなかった。
上層部の一部は未だにやサスケの力を必要としつつも、疎ましく思い、また恐れてもいる。だが、シカマルには到底この幼げな容姿を持つが、理由もなく人を殺したり、他人を傷つけるような人間には思えなかった。
サスケとナルトを助けるために事実上その身と命を削ることになったという彼女を知れば知るほど、シカマルにはサスケが利用してを戦いに向かわせたか、がサスケを守るために傍にいたという構図しか、考えられなかった。
里はの力を恐れて幽閉していたと言うし、サスケは里を相変わらず恨んでいるが、が里を憎んでいる様子は全くなく、むしろ素直に里への貢献を望んでいる。また、あまり考えないナルトに似た素直なタイプで、人が悪意を持って接してくることなど、何も考えていないようだった。
上層部の中にはにあからさまな嫌みを言ったものもいる。
『犯罪者を作戦立案に携わらせるなど。』
眉をひそめたのは、上層部に属する一人の老人だった。
当然場は凍り付いたし、あまりに大きな声だったのでの耳にも届いていた。皆がの反応を窺う中、はその老人に面と向かって尋ねたのだ。
『…わたし、帰った方が良いですか?』
何の邪気もなく、老人の言葉を受けて素直に尋ねたからは、老人の言葉を『悪意』とすら認識していなかった。そして言い返そうという気も全くなく、ただ素直に受けいれてどうすればよいかを尋ねただけだった。
彼女の能力には確かに危険なものがあるが、彼女自身の精神性には全く問題はないと、シカマルは考えていた。
能力故に振り回され続けた彼女だが、彼女は能力を人の役に立つならと喜んで差し出す。常に人から必要とされず、疎まれ続けたからこそ、他人から求められることを素直に喜ぶ彼女が決して悪いとは思えなかった。
「目、大丈夫なのか?」
右目の視力がないことはシカマルも聞いている。
ただ、透先眼は千里眼と同じ能力を持ち、全方包囲で物を見ることができるため、片目があれば十分に普通の眼としての機能を代行できるし、里にも貢献できる。だが、常に透先眼を使うにはチャクラがたくさんいるし、見える物が見えなくなれば、やはり困ることもあるだろう。
常に透先眼を使い続けるわけでもあるまい。
「うん。透先眼を使わないと物の距離がよくわからない時はあるけど、基本的には困ってないよ。それに歩けないから、こけることもないし。」
は何でもないことのように笑う。
「もう少し回復して、もっとチャクラが使えるようになったら、口寄せして、サスケの負担を軽くしてあげられるんだけど。」
少し残念そうな顔をした。他人に迷惑をかける方が、彼女にとっては重荷らしい。
「!」
ナルトが廊下の向こうから走り寄ってくる。
どうやらの仕事が早く終わったという連絡をシカマルの父であるシカクから受けたらしく、後ろにはシカクが歩いてきていた。
「仕事早く終わったって聞いたってばよ。俺が今日は送る。」
ナルトはに笑って手を差し出す。
「えー、でも悪いよ。そんな帰るの急がなくても大丈夫だし、待ってるよ。」
「俺も仕事終わった。だからサスケんちで今日は鍋だってばよ。後でサクラちゃんも来るって。」
「うん。わかった。」
はナルトの手に自分の手を躊躇いながらも重ねる。
「何もらったんだってばよ。その風呂敷。」
「おはぎっぽいの。あ、シカクさん、ありがとうございます。」
はシカクの姿を見て、風呂敷に包まれた箱を軽く上げてお礼を言う。
「構いません。」
シカクは肩をすくめて笑って、に手を振る。
「斎様には、ご恩がありますから。」
「父上様ですか?」
の問いに、シカクは答えるようにに笑う。
上忍会の多くの忍がに優しいのは、かつての斎の姿を思わせるからだ。
紺色の髪、紺色の瞳、白い肌に無邪気な笑み。
男性と女性という性別の違いはあれど、の容姿は父である斎にそっくりで、その笑顔は辛い時でもいつも笑っていた斎の姿を彷彿とさせた。誰が何を言わずとも、斎を知っているシカクは一目でが彼の娘だと分かった。
上層部はに厳罰を望んだが、の姿を一目見た上忍の多くは、の経歴とともに斎を思い出して同情を抱き、真っ向から上層部に反対した。現在の恩赦が正式に木の葉で認められたのも、上忍会の賛成故だ。
四代目火影と、斎。
若い二人の輝いた時代は戦争もあり辛かったが、それでも大きな希望をまとっていた。古い希望を忘れられなかったのは、上忍たちだ。
「ふぅん、の親父さんとそっくりだったって、エロ仙人も言ってたもんな。」
ナルトは一度だけ見せてもらった自来也や四代目火影、そして斎の写った写真を思い出す。
背はすらりと高かったが酷く童顔の、そっくりの顔の青年が笑っていて、を見た時、ナルトも真っ先にそれを思い出した。
「んー、父上様、優しかったことしか覚えてないから、」
が父と離れたのはあまりに幼い時で、ぼんやりとしか覚えていない。は思わず目を伏せて瞳をかげらす。
「ま、昔のことだよな。」
ナルトはに笑って、そしてもう一度彼女を抱えなおす。落とそうものならおそらくナルトの方がサスケに殺されるだろう。笑いあうナルトとの姿は、四代目と斎の姿を彷彿とさせる。
シカクはそれをまぶしそうに眺めながら、この光景が少しでも長く続くことを願っていた。
かつての憧憬を追い求めている