が里の任務に参加したいと言い出したのは、上忍会で作戦立案などに参加するようになってから2ヶ月ほどがたった、もうそろそろ夏も終わるかと言った頃だった。
「だって近くに行ったら、精度だって上がるもん。」
の主張はもっともだった。
の持つ透先眼は複雑な制限が存在するが、単純に近づけば見える部分も多い。外観はかなり遠くの距離からでも確認できるが、例えば結界の中や室内になると近距離でないとやはり見ることが出来ないのだ。だが、近づけば見えるため危険でない程度の所まで近づいて中を視ることによって、作戦立案や地形把握を有利にしたいと思うのは当然のことだった。
は上忍などと話をするうちに、おそらく任務のさなかに思いがけない状況に陥り死んだり、任務に失敗した忍の話を聞いて心を痛めたのだろう。
だが、当然ながらサスケは大反対だった。
「何ふざけたことを言ってるんだ。おまえチャクラをろくに使えないのに、いったいどうやって身を守るつもりだ。」
サスケは真っ向からの提案を否定した。
目標に近づくと言うことは当然今のように安全な里の中で透先眼を行使するのと違い、危険も伴う。護衛はつくだろうが、は歩くことが出来ず、また大きくチャクラを動かせば体に負担をかけて死ぬことになるだろう。
「だって!犠牲者が減るんだよ!良いことじゃない!!」
「だからっておまえが犠牲になってどうする!いつも自分の体を一番に大切にしろって言ってんだろ!!」
真逆の意見を持って言い争う二人を見ながら、サクラとナルトはため息をついた。
の言うことはもっともだ。確かに彼女の働きが増えれば任務の失敗率も減るだろうし、あらかじめトラップの場所などが分かっていれば、予想がつかない死に見舞われることも減るだろう。だが、サスケの心配も当然だ。
彼女は一度任務に出てしまえればその命を完全に他人に委ねることになる。彼女にはまったく身を守る手段がないのだ。その希少な能力のためにもし他の里に捕まっても丁重には扱われるだろうが、利用される可能性もある。戦争が終わったとは言え暁の残党はごまんといるのだ。抵抗する手段はない。
里のためにはを押すのが当然なのだが、サクラもナルトもどちらかの味方には長いつきあい故になれず、どうして良いか分からなかった。
特にサスケが一方的にすねた喧嘩は見たことがあったが、がこんなにサスケに対してはっきり言い返す姿を見せたのは初めてだったので、戸惑いもあった。
「まぁ、落ち着け。落ち着け。」
綱手は二人を宥めるように手をひらひらさせてから、サスケに席に着くように言う。
けんか腰で身を乗り出していたサスケは椅子を蹴りそうな勢いで、火影の前だから仕方なくといった様子で舌打ちをして椅子に座った。ここは火影の執務室である。椅子を蹴るなんてまねをすれば、綱手に殴られかねない。
向かい合う椅子に座っているは珍しく怯む様子を見せず、険しい顔でサスケを見ている。
「別にまぁ、その、が里に貢献してくれるのはありがたいが、体調が悪いのを押してまで任務に出ることもあるまい。」
「体調は大丈夫だよ。」
はふくれっ面で綱手に反論する。
「それに、里に住んでる限りは里を助けるべきだと、わたしは思うよ。」
彼女の言葉はもっともだった。サスケは確かに嫌がっているが、恩赦をもらい、正式に里の民となったのだ。里の人間である限り、里に貢献するのは普通だという彼女の考えは普通なら当然だ。だが、彼女は民を守る里に幽閉されていた。その彼女が口にするにはあまりに不釣り合いだったため、綱手は息を吐いたが、サスケはますます眉間にしわを寄せた。
「ギブアンドテイクなら足りてんだろうが。おまえの目の力でチャラだ。おまえが任務まで出て行く必要はない。」
「でも、」
「でもじゃない!」
サスケはの言葉を無理矢理遮ってそっぽを向いた。全く話し合いに応じる気はないらしい。彼は元々が上忍会に協力すること自体に反対だった。その上任務に出るとまでなれば、受け入れがたいのは当然だろう。
彼自身まだ自宅軟禁中の身だ。まだサスケの処分は決まっていない。恩赦をもらったの任務に自分がついていけないことを予想しているからこそ、反対しているのだ。
「むぅ、」
まで眉間にしわを寄せてサスケの顔を見つめる。への字に弾き結ばれた唇が、彼女の決心の固さを物語っていた。
「でももし任務に出ることになったら、俺かカカシ先生とか、滅茶苦茶手練れがつくことになるってばよ」
ナルトは腰に手を当てて、を示して言う。
が任務に出るなら、上忍、しかもかなりの能力を持っているものがついて行かなければならない。遠目の力を持つのはのみだ。彼女を任務に出すだけの価値は大いにある。彼女を国境線上に連れて行くだけで、敵国の内情まで探れるのだ。また敵の手に渡ればは恐ろしい敵となるだろう。護衛は必要となる。
「ひとまず絶対オレは許さないからな。」
サスケは椅子を蹴るような勢いで立ち上がり、すたすたと扉に向かった。
「おいおい、どこに行くんだってばよ!」
「外の風に当たってくる!」
ナルトが止めるが、彼はそのまま外に出て行ってしまった。ナルトは困った顔で頭をかきながらを見る。いつも喧嘩をした時は泣きそうな顔をしているだが、今日は少し悲しそうに目尻を下げているだけだった。
「、どうしたんだってばよ。」
ナルトはの顔をのぞき込む。は常ならばこれほど強硬に意見を通そうとすることはない。何か理由でもあるのだろうとナルトは頭をひねる。
それに先に気がついたのは、サクラだった。
「、もしかしてサスケ君を忍に戻そうと・・」
「え、あ、あぁ!」
サクラの言葉にヒントを得たナルトは、の意図を理解して目を丸くする。綱手もそのことに気づき、天を仰いだ。
「なるほどな。」
が任務に出れば、その護衛が必要となる。おそらく上忍の中にサスケの起用を示唆する声が出るだろう。の危険に彼が黙っていられるわけはない。仮にが強硬に任務に出ることを主張すれば、サスケは必ず自分が護衛につくと言うだろう。
どういう形であれ、それは里への貢献だ。
「どうして、おまえはそんなにサスケを里に戻したいんだ?」
綱手は不思議そうに首を傾げる。サスケは未だに上層部への反感もあり、良い感情を抱いていない。なのに、の方がサスケを里に戻そうとしている。
「だって、彼は、忍だもん。」
は俯いてぽつりと言葉を漏らした。
サスケは忍びとして生きてきて、そういう生き方しかしらない。任務もなく、ただの傍で悶々と訓練だけして過ごす彼を見ていて、酷く歯がゆかった。自分がいなければ、彼は自由かも知れないとすら、思ったのだ。
「それに、サスケはとても優しいって、みんなわかると、思う。」
「そうか。」
綱手はの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
彼女は彼女なりに、サスケの立場を考えているのだろう。任務に出るようになれば嫌でも彼は人と関わる。そうすれば、少しはサスケに厳しい目を未だに向けている上忍たちの態度が変わるかも知れないという期待もの中にはあるのだろう。それがたとえサスケが望まない形であったとしても。
「でも、サスケはおまえが危険な目に遭うことを、許せないんだってばよ。もう、なくしたくないから。」
ナルトはを諫めるように、悲しそうな声を出す。
戦いはの体と心に消えない傷を残した。一度亡くしかけたを、サスケは二度と亡くしたくないし、傷つけたくないのだ。
「でも、いつか、なくすんだよ。」
はゆっくりと首を振った。その言葉にサクラや綱手、そしてナルトまでもがはっとした。
「わたしがいなくなった後、サスケは、ひとりでどうするの?」
彼女は、明確に死を意識している。体調が悪いことも、あまり自分の体が長くないことも理解している。した上で、サスケを思っている。
自分がいなくなった後、どうするのか、と。
「、それは。」
サクラが表情を歪める。
「わかってるよ。すぐじゃない。でも、そう言うものでしょ?」
紺色の瞳は相変わらず無垢な色を写している。透先眼でなくても現実も、夢も綺麗に写す、瞳。そして、未来も。目の前のことだけではなく、将来的なことも見据えている。
「わたしは、やっぱの味方かな。」
サクラは座るの隣に立って、ふぅっと息を吐きながらも笑う。
「え、なんでだってばよ!」
「だってサスケ君。しつこいし。」
ナルトの反論にサクラはあっさりと返して、を後ろから抱きしめる。
「わたしたち友達だから。」
「いつの間に仲良くなったんだってばよ。」
「そりゃ女同士だから。ね。」
当初サクラとは性格の違いと誤解からうまくいっていなかったが、誤解が解けてからはの弱い部分を強いサクラがうまくフォローしている。また、サクラには繊細な部分があるが、はそれを上手に包み込むらしく、友人として絆を深めあい、また、もサクラの家に泊まりに行くなど頻繁にしている。
「俺は…うーん、どっちともつけないなぁ…。」
ナルトは腕を組んで本当に困った顔をする。どちらの言い分も分かるが、どちらの友人であるため、決めかねていると言うところだろう。
「でもの意見が優先でしょ。だって危険も含めて許容するのもだから。」
サクラはそう言って、綱手を見る。
「ですよね。綱手様。」
「まぁ、本人であるが同意している限りは、私も反対できないし、上忍会も賛成するだろう。」
本人の意見が最優先されるのは当然のことだ。にその意志がある上、里の戦略上もの申し出は歓迎すべきもので、反対する必要はない。
だが、サスケの気持ちを考えれば複雑なところだった。
「…ねぇ、サクラ…わたし、今日サクラの家に泊まっても良い?夕飯はいらないから。」
がサクラに手をのばす。
夕食がいらないというのは、サクラは実家通いなので、両親が料理などを作っている。そのため突然の申し出であれば、食事を用意させるのは無体だと考えたからだ。
「全然良いけど。ってか、正直両親ものこと気に入ってるから。でも今日はいのと食べに行こうって話だから、それでも良い?」
「うん。良いよ。行くー」。
サクラの家にが時々泊まりに行くようになってから、はサクラの両親や友人たちと話すことも増えた。
サスケは友人づきあいが悪い。
そのためが一人であることも多かったのだが、サクラとが仲良くなるにつれて、サクラはの意思を尊重しながらも、いろいろな所に連れ出すようになった。は引っ込み思案で人見知りも激しいが、温厚だ。嫌われる理由がないので、ゆっくりと新たな友人も出来てきて来ていた。
それもサスケからしてみれば面白くないのだが。
「よし、じゃあ待ち合わせの時間もあるし、行こう!」
サクラはとても楽しそうに笑ってをおんぶするが、それに戸惑ったのはナルトだ。
「え、え、それって良いのか?だってサスケ…」
「何でいちいちサスケ君に言わなくちゃいけないの。それにあんたがサスケ君に言っといてよ。」
「俺〜〜!?」
この喧嘩した後にが出かけると知れば、サスケは怒るに違いない。厄介ごとを押しつけられたナルトはもの凄く嫌そうな顔をしたが、そんなものではサクラは引き下がらない。
「友達でしょ。それに、サスケ君の味方だって言うんなら、最後まで味方でいなさいよ。」
「いや、俺はどっちの味方とも決めかねて…」
「中途半端。ひとまずの味方はれないんだったら、がんばれ。」
サクラはそう言ってを抱えなおし、颯爽と出て行く。
「…ナルト、おまえ…」
綱手は思わず気の毒そうな目をナルトに向ける。サスケに嫌な顔をされ、怒られることは、目に見えていた。
愛しいが故の痛み