は何も言わずに動く時がある。

 いつもは気弱でサスケに流されるがままのだが、自分がこうと決めたら、絶対に譲らない時がある。その誰も動かすことも出来ないの意志を、サスケは怯えと共にいつも見ていた。

 死も生も、自分で結論を出す。

 最後の戦いの時も、はすべての真実を知っていて、サスケが止まらないのも分かっていて、全部を胸に秘めて、自分の命をかけてもイタチの意志である「サスケを生かす」と言うことだけを優先していた。その結果、彼女は健康、歩く力、そして片目を失った。でも後悔はないと彼女は笑う。

 だから怖い。彼女は恐れない。自分の目的のための手段や結果をためらわない。そこにサスケが入り込む余地がない。不可能だとは分かりつつも、サスケは彼女が決断する前に、彼女の得る情報のすべてが知りたかったし、危険は彼女の周りからすべて排除したかった。

 なのに、彼女は自分の知らないところで沢山のものを知り、自分でいろいろなものを選んでくる。それがサスケのためのものも多いことは理解していたが、サスケはどうしてもそれが望めなかった。




「もう、なくすのは嫌なんだ。」




 僅かでも彼女を危険から遠ざけておきたい。彼女を失うかも知れないと恐怖した、あのすべてが凍り付くような感情を、サスケは一度も忘れたことがないから。

 ちゃぶ台に突っ伏して小さく呟いたサスケの言葉を聞いていたのは、ナルトだけだった。




「でも、は里に住んでる限りは出来るだけのことはしたいって、言ってたぞ。」




 ナルトは困ったようにサスケの髪を軽く引っ張る。





「それも知ってる。イタチの時、何もしなかったから、その後悔があるらしい。だから、何もしないよりは、何かした方が自分の後悔がないって、前言ってた。」





 はイタチといる頃、イタチに攫われただけの危険能力保持者で、犯罪者ではなかった。暁内でも忍びと言うよりは寵姫か、愛人か、そう言ったものとして見られていたらしい。要するに力を使うことは全くなかったと言うことだ。

 力の簡単な扱い方は学んでいたが、実戦経験はほとんど無く、ただイタチに守られていた存在で、外のことなど一般常識すらも知らなかった。考えたのはイタチにとって自分がどうであるか、と自分にとってイタチがどうであるか、それだけだと言っていた。

 ただ、イタチにとってはそこにいるだけで良い存在だった。

 はその力を持ってしてイタチを助けることはなかったし、イタチもそれを望んでいなかった。でも、もしも自分の力でイタチを助けていたら、もう少し彼を長生きさせられたのではないかという後悔は、の中に残った。

 だから、彼女は何もしないよりは、した方が良いと思っている。里に対しても思うところは複雑だろうが、ただ生きているよりは、自分に出来ることをすることによって、何か出来たらと思っている。




「だったら、」

「だから、これはオレの我が儘だって、わかってるさ。」




 は危険も承知で、里に貢献しようとしている。危険を理解していないわけではない。でも、サスケはには危険から遠ざかっていてほしいのだ。そう願うのはの意志に反しているし、サスケのただの我が儘だ。

 それは理解している。




「でも、今でも、夢で見るんだ。」




 サスケは未だに最期の戦いの時のの後ろ姿も、血にまみれて大丈夫かとサスケに微笑みかけた時の柔らかな、穏やかで満足げな表情も忘れていない。忘れられない。


 あの瞬間、彼女は自分が死ぬことを全く顧みていなかった。死んでもサスケが生きていればそれで良いと、強く思っていた。何も思い残すことはないとでも言うような、あの晴れ晴れとした紺碧の瞳を見たサスケは恐怖と絶望で胸がふさがれた。

 これが自分の復讐の結果かと、こぼれ落ちていく血を呆然と見つめた。






「多分、トラウマから抜けられないのは、オレの方だ。」





 手元から手放したくない。指先からすべてが凍り付いていくような感覚は、未だにサスケの心の中に存在している。彼女のことになると冷静に判断できる自身がなかった。

 彼女が傍にいないと、怖くてたまらない。狂うんじゃないかと思う瞬間がある。





はそれ、知ってんのか?」

「多分、気づいてると思う。あいつ癇は悪くないし、夜中に跳ね起きたり、たまにするからな。本当に。」






 最近、彼女が悪夢にうなされるよりも、サスケが悪夢に目を覚ます方が多い。そう言う時、は黙ってサスケを抱きしめて、眠るまで母親が子供にするように、サスケの背中をぽんぽんと叩く。

 酷い時には夜明けまで何時間もそうしていることもある。





「でもさ。いい加減おまえも、家に引きこもるのがよくねぇかもしんねぇぞ。」






 ナルトは黙ってサスケの弱音を聞いていたが、少し苦笑する。





「仕方ねぇだろ。軟禁中で、外出にも許可がいるんだ。と違ってオレは完全な犯罪者だからな。」





 上忍会も上層部もの罪は軽微だと認めている。は十年近く里に軟禁され、その後イタチに攫われた。まともな教育すらも与えていなかったのだから、がサスケに利用されたとしても判断材料を彼女が持たなかったという考え方も出来るのだ。また上忍会はの父が上忍会と暗部の上役であったことから、に同情的で、軽い刑を望んでいた。

 すでに彼女は恩赦が与えられている。足が悪いので自由に遊びにと言うわけにはいかないし、希少な能力を保持しているので暗部が屋敷についてはいるが、実質的には無罪放免の状態だった。

 しかしサスケは里を抜けただけでなく、完全に火影暗殺や木の葉転覆に関わっており、同情の余地はなかった。今は更正の気持ちがあるとはいえ、それで償えるほど簡単な罪ではない。今生かされているのは、サスケの体に流れる希有なうちは一族の血だけだ。自宅軟禁とされているが、本当は処刑されても文句は言えない。

 の迎えなどに託けて、外出許可がもらえることが奇跡なくらいだ。信用できない、犯罪者であるサスケを里の責任に関わる任務に出すなど、もってのほかだろう。





「あぁ、だからだろ?」




 ナルトは本当に困ったように笑う。





「口止めはされてないから言うけど、はおまえに里に戻ってほしいんだと。」

「何?」




 サスケは思わず眉を寄せてナルトを見る。ナルトは大きく頷いた。それでサスケはあっさりの意図を察した。






「今も上忍会へを迎えに行くのだけは、サスケも許されてんだろ?他里にを奪われるわけには絶対いかねぇ。だったら、強力な護衛は必要ってことだ。」






 貴重な能力を保持しているだ。木の葉が彼女を持っているから利益を得られるが、他里に奪われれば大変なことになる。貸し出しの申し出もあるくらいだ。

 それ程に透先眼という目は、役に立つ。

 もし彼女を里の外に出して任務を行わせるとするならば、強力な護衛が必要となる。彼女は足が悪いので逃げられない上、大きくチャクラを使うことも出来ない。自分で自分を守るすべを持っていないのだ。





「なんだかんだ言っても、俺たちは忙しい。だから、暇人で犯罪者だけど、大好きなおまえの出番だってばよ。」





 強い忍は任務も多い。だが、には護衛が必要だ。だから、サスケを起用するのが非常に安易で、楽な方法だった。それに対しては上忍会もいつもを迎えに来て、かいがいしく世話をするサスケの姿を見ているため、表だって反対はしなかった。

 は意図的にそれを利用したのだ。





「…、は、そんなこと一言も。」

「結局はそう言うことだってばよ。はおまえが思うよりずっと、おまえのことを考えてるぞ。」





 サスケはが自分ほど自分を思っていないと愚痴ることがある。でもナルトは、それはサスケの思い違いだと思う。

 は口にしないけれど命をかけても良いと思うくらいにサスケのことを大切に思っている。自分の体とサスケを天秤にかけて、迷いもなくサスケを選べるほどに、彼女は彼を愛している。ただ、表向きに言わないだけだ。





「・・でもやっぱりオレは嫌だ。」

「サスケ…おまえ、本当に仕方ないなぁ。」




 ナルトは呆れながらまたサスケの黒髪を引っ張る。





「そんなことばっかり言ってると、サクラちゃんにをとられるぞ〜」

「何でサクラなんだ?」

「サクラちゃん、超のこと好きだってばよ。嫁にしたいってこの間本気で唸ってた。」

「オレに別れろと?」





 サスケはぴくりと眉を動かす。ナルトは「おまえら仲は良いもんな」と今更な確認をした。





「泊まりに行くにしても、も最近体調が良いらしいからな。上忍会も気にくわないが、が楽しそうだから、良かったと思ってるよ。」






 戦いが終わってからでは、の体調は今一番良い。

 もちろんチャクラを大きく使うことは許されないが、それでも普通に寝起きが出来るくらいには回復している。無駄に昼間に寝ることも少なくなった。また上忍会にはの父の知り合いが多く、上役は皆に優しいらしい。

 特に上忍の代表者であるシカクはの父の信奉者の一人だったらしく、何かと差し入れを持ってきてくれる。またそれに伴いはシカクの息子のシカマルとも仲良くなっていた。彼は賢いので心遣いもうまく、の体調や能力とうまく折り合いをつけながら作戦立案に携わっているので、に無用な無理をさせることもなかった。

 だが、それを聞いたナルトはけらけらと笑う。




「良かったって言う顔じゃないってばよ。眉間にしわだぞ。サスケちゃん。」




 彼は笑ってサスケの眉間を指でつつく。




「顔は面白くない!って言ってンぞ。」

「うるせぇ。」




 サスケは本気でナルトの顔目がけて近くにあったクッションを投げつけた。




「何すんだってばよ!」




 負けじとナルトも別のクッションを投げつける。その無意味な応酬は近くにあった襖を破るまで続いた。



貴方が一番恐ろしい
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