サスケが上忍会へ出ることになったのは9月も半ばのことだった。

 が任務などへ出ることを容認したため、それに伴い護衛の任務をサスケに任すかどうかと言う決定を行うためだった。サスケのことを知らない上忍も多い。そのため反対派、賛成派を含めて、今のサスケがどう考えているのか、知る機会でもある。




「こんにちはー。」




 は笑ってサスケの背中からシカクに手を伸ばす。

 年上に対してあまりに礼のない挨拶にサスケの方が戸惑ったが、シカクが気にした様子はない。




「こんにちは、姫、体調の方は?」

「大丈夫。元気だよ。」




 はシカクに答えて、他の人への挨拶に移る。

 サスケは上忍会の面々がに優しいことは既に知っていたが、どういった扱いを受けているのかを実際に見たことはなかった。

 あまりにフレンドリーで、少し驚く。




「あんま無茶すっと体調崩すぞ。」





 ゲンマがやってきて、のための椅子を用意した。サスケはそこにを下ろして彼女の隣に立つ。サスケの姿に皆驚き、怯えるものすらいたが、それでも挨拶やら遊びの誘いやらに皆来ていた。





「今日の話し合いってが任務出ることについてってのけど、本当に大丈夫なの?」




 いのはが心配なのか、わざわざやってきて問いかける。




「う?うん。体調も整ってきたし、外好きだし。」

「そう言う問題じゃないわ。危ないかも知れないのよ?」

「大丈夫。護衛もつくんでしょ?」



 はいのを宥めるが、ネジが渋い顔でやってきて、あからさまなため息を吐いた。




「好きこのんで危険な場所に出るのはどうかと思うぞ。それに、今でも十分に事足りている。」




 が来るまではヘタをすれば地図すらもないような所に任務として入っていく必要すらあったのだ。は内観を透視できればと言うが、外観を視ることができるようになっただけでも、前に比べれば遙かにましだ。




「でも、犠牲者が減るのは良いことでしょう?」

「…自己責任の部分もあると思うが。」




 ネジは眉を寄せたまま、サスケをちらりと一瞥したが、それきり何も言わず、シカクの方を見る。




「まぁもちろん、姫が出るなら、ありがたいところは多いが…」



 あからさまな若手の反対にシカクは目をぱちくりさせた。サスケはそれを見ながら案外上忍会にもが任務に出ることに反対している忍も多いことを知る。

 の身の危険が、大きいからだ。より多く、より良くと求めるのは当然のことだが、が奪われないことが一番の前提で、また体調もまちまちのが任務に行くことによって、体調を崩したり、死んでも上忍会も困る。


 しばらくすれば、沢山の人がやって来て席へと着く。そこにはサスケが嫌う上層部のコハルなどの姿もあった。思わず眉を寄せたが、隣にがいることもあり、大人しく座る。未だに、顔を合わせれば上層部の奴を殺したいと言う気持ちは変わっていない。

 カカシやナルトなどサスケも良く見知った人物たちが席について、やっと上忍会は始まった。



「一応、姫に来月に任務に出てもらおうと言う話だが、それについて護衛などの件で賛否両論を採りたいと思ってる。」




 シカクは報告書を周囲に渡すと共に、自分の書類に目を通す。




「透先眼の有効範囲などの問題から外部での任務に赴くのは頷けることだ。その護衛役としての役目を、うちはサスケも加えるか、否か、という問題だ。」




 少しだけ忍びたちがざわつく。

 当然だろう、ここにサスケがいると言うこと自体に不快感を覚える人間もいるくらいだ。そしてまた、それは仕方がないことだとサスケもよくわかっていた。一斉に人の目がサスケに向く。

 は人の目への怯えのためか、フードは被っていたが、椅子に座ったまま俯いた。 

 サスケはまっすぐと上層部を睨み付けていたが、息を吐く。まだ犯罪者のみで、外出の際はチャクラを押さえる忍具をはめられている身分だ。そして、が傍にいるとなれば、乱暴な行動など出来ようはずもない。彼女は逃げられないのだ。

 隣にいるサスケは座るの肩を叩いて、を見下ろす。俯いていたはサスケに気づいて顔を上げ、少し怯えた目をしていた。も緊張しているのかも知れない。




「大丈夫か?」




 サスケが尋ねると、おずおずとした様子では頷いた。多分、大丈夫であることは、ないだろう。サスケは唐突に立ち上がり上層部の人間たちを見回し、騒ぐ大人や上層部を見て、口を開いた。




「そうだな。おまえら上層部には、協力する気はねぇよ。おまえらの勝手につきあわされるなんて、まっぴらだ。」

「サスケぇ!?」





 ナルトが慌てた様子で酷く素っ頓狂な声を上げる。うるさい、と眉を寄せながら、軽くの肩を抱いた。




「だが、が任務に出るなら、オレは護衛に出る。おまえらのずさんな警備で、敵にが襲われたらたまったもんじゃねぇ。」




 サスケは悪びれた様子もなく、言って、腕を組んでそっぽを向いた。言うべきことはもう言った。後は帰るだけだ。




「だから言ったのじゃ!あいつは殺してしまうべきじゃった。」




 上層部の老人がヒステリックに叫びだした。サスケはすました顔でちらりと皺だらけの顔を一瞥したが、もう殺す気も起きず、言いたいことは言ってしまったので椅子に座るにもう一度目を向けた。彼女は紺色の瞳を丸くして、サスケを凝視している。




「おまえ、なんて顔してるんだ。」

「え、だって…、」




 清々しい心持ちのサスケに対して、は慌てているようだった。




「だって、そ、そんなこと言ったら、」

「こいつらはオレの本心が聞きたかったんだろ。」




 里を未だに憎んでいるのも本当だ。上層部はやはり今見ても殺意がわく。進んで協力する気は全く起きない。だがを守る砦である限りは、何もしない。そして、が望んで外に行くというなら、共に行って守るしかない。




「用が済んだなら、帰らせてもらう。」





 サスケはを抱え上げて、席から立ち上がって口を開けっぱなしにしているナルトに、軽く手を振った。




「おい、サスケ!待てってばよ!!」

「待っても待たなくても、結果は一緒だろう。何を言おうが、決定は覆らない。だったらオレたちがここにいる意味はない。」




 ナルトが止めるが、これ以上話しても結果は同じだろう。後の決定は上忍会が下す。

 サスケは長老や上忍の小競り合いなど、全く興味はなかった。そしてそんなものにつきあう気もない。面と向かってそれに接すればが傷つく場面だって生まれ得る。サスケにとっては一番避けたいことだった。




「さ、サスケ!でもっ、」

「でももくそもねぇ。胸くそ悪い。」




 連れて帰られそうになっているも声を上げたが、サスケはそのまま出口へと向かった。




「うちはサスケ。おまえは何もわかっておらん。」





 老人の一人が、背を向けたサスケに声をかけてきた。サスケはその男の顔を見るべく振り返る。





「おまえらは、我らにとっていつでも処刑できる存在だ。そのことを忘れるな。」




 皺だらけの顔で、嘲るように歪められた唇。

 長老たちが一部刷新されたところで、残っている薄汚い連中は今でもはびこっている。そう言った奴らに、サスケは一切こびを売るつもりはなかったし、負ける気もなかった。




「…へぇ、どうするって?」




 ふわりとチャクラが不穏にざわついた瞬間、サスケのチャクラを封じていた忍具がはじけ飛んだ。




「サスケ!!」




 がサスケの袖を掴んで止める。だがサスケはやめなかった。

 の身柄を保証すると言うから、ここを再びすみかに選んだ。その大前提があったからだ。密約だが、火影がの身の安全を保証したのだ。木の葉はサスケにとって自分を育てた愛しい場所であり、自分の一族を壊した憎むべき存在でもある。愛せる場所を愛そうと、そう思った。ナルトたちにも求められていて、自分の間違いももう理解していたから。

 だが、利用しようとばかりする汚い大人たちのやりとりを見ていれば、流石に嫌気も刺す。そして大人しくしているからといって、すべて里に協力し、言うことを聞くと思ったら大間違いだ。

 上忍たちが一斉に構えの体勢をとる。




「何度も言ってンだろ。勝手に決めれば良い。もしが任務に出るなら、オレはと行く。それだけだ。」




 サスケはふんと鼻でそれを笑って、を抱えなおした。

 上忍でもサスケと互角に争える人間はほとんどいない。この中でサスケを実際に止められるのはナルトと火影くらいのものだろう。もちろんサスケとて、本気でここでドンパチを始めようなどとは思っていない。に当たる危険性が高い。




「帰るぞ。」




 サスケはに一声かける。も今度は何も言わなかった。

 上忍会が行われる会議室を出ると長い廊下がある。廊下に佇む警備の忍は、サスケとを止めようとはしなかった。




「サスケ…もう、」




 は少し怒ったような顔をしていた。だが、童顔のせいか、すねているようにしか見えず、サスケは思わず吹き出してしまう。




「気にするな。おまえがそんな顔をする必要はない。」

「だってっ、」

「別に良い。オレはこだわらないことにしたんだ。おまえのこと以外は。」




 が好きだ。がこの場所を守りたいと思うなら、その感情を否定することはできない。

 里は嫌いだ。愛しさと共に、憎さも未だくすぶり続けている。その感情を抱えて、それでもここにいようと思ったサスケの気持ちは、変わっていない。でもそれはあくまで友人たちの中にいようと言うだけで、里にいたいというのとは少し違う。

 は里に貢献したい、何かしたいと言うけれど、それはの勝手で、サスケの反対できることではない。ナルトと話してそう思った。なりにサスケのことを考えている。サスケもサスケで、のことを大切に思って動いている。




「おまえが行きたいなら行けば良い。」

「う、うん…。え?」




 サスケがが任務に出ることに強硬に反対していたにもかかわらず、突然投げやりながらも容認したことに、驚いたのだろう。は腕の中で紺色の大きな瞳をなお大きくして、サスケを見上げている。



「でも、オレも一緒に行く。おまえは好きにしたらいい。でも、オレも好きにする。」




 が望むように素直に里に貢献する気には、サスケにはなれない。その代わり、の自由を許そうと思う。はサスケの望むように、すぐに譲ってくれる。でも、サスケはが望むようにはできない。だからその代わりに、自由を許そうと思う。

 はしばらく言葉を失っていたが、驚いた顔のまま尋ね返した。




「本当に?」

「あぁ、好きにすれば良い。ただ話はしろよ。」





 たまには何も言わずに物事をやってしまう時がある。もちろんそれはサスケが強硬に反対するからだろうが、それでもが聞かないなら、それぐらいの覚悟があるなら、もうやれば良いと思う。サスケがの意図を分かっても従えないことがあるように、サスケの意図を理解していてもが従いたくないことはあるだろう。

 立場は同等にと願ったのだ。にもそれが許されてしかるべきだろう。




「サスケ!!」




 後ろからナルトが追いかけてくる。

 彼とてサスケの発言に焦ったことだろう。難しい立場だ。次期火影でありながら、サスケの友人であり、またサスケを里に戻した張本人である。サスケがもし何かをすれば、彼の責任問題にもなりかねない。



「何やってんだってばよ!」




 腰に手を当てて頬を膨らませる様は、何かやはり幼い。




「あぁ、悪かったな。だがオレが言うことはもうない。」

「…あー、もう分かったってばよ。」



 ナルトは呆れた顔をしながら、息を吐いてサスケにひらひらと手を振る。




「なんだかんだ言っても、が任務に出ることには、俺も反対だってばよ。」

「え?」





 思わぬ反対にが小首を傾げる。





「危険な目に遭うってのも、まぁ、そりゃそうなんだけど、ちょっと問題があってな。」

「問題?護衛をつけるのに問題なんてあるの?」




 はナルトがサスケの味方をしたと思ったらしく、あからさまに頬を膨らませる。それを見て、ナルトは慌てて弁解した。




「違う、違うってばよ!ただ、の能力を知ってる暁の残党たちがさ、を狙ってるらしいんだ。」

「なに?」




 今度はサスケの方がナルトに問い返す。




「この間軟禁中の屋敷まで入り込んで、サスケが倒した忍がいただろ?あいつ、その、草隠れの里の忍で、暁の残党だったらしい。」





 イタチといた時、が希少性の高い能力を持っていることは誰もが知っていたが、どういった能力かを知っているのは暁の中でもいなかった。イタチはが能力を使うことを良しとせず、ほとんどを自分の傍で過ごさせ、一目に触れさせることを拒んでいたからだ。

 しかし、今はの能力を知っているものは、暁にはたくさんいる。


 特にサスケと行動を共にするようになってから、はよくサスケの傍で能力を使っていた。自分の能力を隠すなどと言った、忍の当たり前の常識を知らなかった。

 サスケは思わず舌打ちをする。

 が気づかない場所を、自分が気をつけてやるべきだったと、今更ながら意味のない後悔をする。ましてや今、は自分で自分の身を守るすべを持たない。が持つのはその希少性の高い透先眼だけだ。言いなりにするのがたやすい相手が、希少な能力を持っている。どの里もほしいというのは当然だ。





「…実際にさ。他の里の奴からを貸し出せって、依頼もあるんだ。」

「まさか応じる気じゃねぇだろうな?」




 サスケはナルトを睨み付ける。もちろんナルトがを利用しようと思っているとは思わない。だが、里に流されてと言うことは十分に考えられる。里の力というのはそれ程に大きいのだ。



「だからおまえおもりにつけようって話が出てきてるんだ。」




 ナルトは首を振って、困ったような顔をする。

 要するに、里はを守るための戦力としてサスケを使う必要が出てきたと言うことだ。の持つ透先眼は使い方によっては世界中の犯罪者を見つけることが出来るし、様々なものを見ることが出来る。情報が一番の武器である今、を奪われることは死活問題だ。

 が何も望まない性格であることは既に上忍会には知れ渡っている。木の葉が無体な行為を強制しなければ、がわざわざ木の葉に逆らうはずもないだろう。




を守る手段として、オレも飼い慣らそうってか。」




 サスケは笑ってしまった。

 だからこそ、強力な能力を持つが犯罪者であるサスケを飼い慣らしてを守らせられないかと里は考えている。への思いを抱える犯罪者のサスケを利用しようとしているのだ。通常任務では、サスケを信用することは難しい。だがを守らせるだけなら、きちんとした立場にを遇し続けるだけで良い。




「…まぁ、その、そう言うことだけど…」




 ナルトはいつもと違い、歯切れの悪い返事をして見せた。彼としては、サスケを利用するとは言い難いらしい。

 相変わらず甘い男だと鼻で笑って、サスケはをおんぶしなおす。




、おまえはそれで良いのか?」

「えっと、良いって?」

「この里にいて、良いんだな。」





 にした質問は、今までに聞いたことがないものだった。

 二人でいろいろなことを話し合って決めようと思った割に、が体調が悪かったこともあり、サスケは勝手に木の葉隠れの里への帰還を決めてしまった。の状態はすぐに医療体制が必要なほど切迫していたため、仕方なかったが、どうしてもそれがサスケの心のわだかまりになっていた。

 木の葉を恨んでいないとは言うが、幽閉された経験があるため、良い感情は少ないだろう。そう言う当たり前のことを、サスケは見落としていた。

 でも、には、復讐も何もない。




「うん。良いよ。わたしは、誰かの役に立てると、嬉しい。」




 素直に、嬉しそうな顔で彼女は言う。

 トラウマになるほどの寂しさが、胸を塞ぐほどの悲しみが、あっただろう。でも彼女は憎まないし、恨まない。上層部を前にしても、殺意を抱くこともない。




「そうか。」




 サスケとは正反対だ。だからこそ、うまくいくのだろうとも思う。




「…だ、そうだ。」





 サスケに向き直る。ナルトは酷く安堵した顔をしていた。彼の心労も甚だしいだろう。馬鹿の癖にいろいろ考えるのだ。サスケは窓の外を見つめる。そこに広がるのはこの葉隠れの里だ。サスケが憎み、サスケを育んだ場所。兄が、愛した場所。

 それを見下ろすことの出来るこの場所に、立つ日が来るとは思わなかった。

 サスケは静かに目を閉じて、懐かしい思いでたちに思いを馳せる。背中に抱える重みが、二度となくならないことを願いながら。







愛が故に、愛がために

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