トビと共にサスケの傍に降り立ったのは、少し傷を負っているが、チャクラの非常に安定した状態の紺色の髪の少女だった。

 サクラとナルトは突然現れた少女に警戒の目を向けるが、カカシは目を丸くする。




…」

「え?」




 ナルトが少女の名を知るカカシの方を見て不思議そうな顔をしていた。一瞬サスケの殺気が緩むのを感じる。




「サスケ、戻ろう。」




 はサスケの服の裾を引っ張り、今にもナルトと臨戦態勢にあるサスケを留める。すると、サスケはすぐにの方を向き、苛立ちに舌打ちをしながらも怒りを静めるように息を吐いた。




「なんだ…。」

「戻るの。水月と重吾も手負いだから、」





 状況報告をして、カカシやナルト、サクラを軽く一瞥してから、は肩を竦める。その姿は、カカシが知る昔とあまり変わっていなかった。





「おまえがいれば、仕留められないことはないだろう。」





 サスケは冷たい声で分析をし、に言う。

 確かにサスケの怪我は酷いものだが、がいれば確かにその三人ならばどうにか出来るかも知れない。しかし現状三人を増援が来る前に倒すことは至難の業だろうし、彼らも時間稼ぎに出てくる可能性も高い。




「これじゃ不利だよ。目的のためにも、目も痛いでしょ?引かないと。」




 自分の着物の袖で、血だらけになっているサスケの左目の血をぬぐい取り、は自分の肩の白炎の蝶を見やった。自分の能力があれば、サスケと自分の二人くらい、目の前にいる三人から逃げおおせるくらいなんてことはない。

 ついでにトビもいるのだ、間違いなく逃げることが出来る。

 ただ一番の問題は、サスケをいかにして引くことに納得させるかだ。困ったからこそ、トビはを連れてきたのだ。




「だが、まだ上層部が1人、」

「五影会談に来ていた、他のは、がやった。」




 トビが淡々とした声音で言う。





「なに?」




 サスケは僅かに目を見張り、を振り返った。




「サスケが下ですごく騒いでたから、とても楽だったよ。だから、戻ろう。」




 はいつもより遙かに早口で諫めるように言って、サスケの体を支え、カカシの方を見やる。

 サスケはの言葉に内心で苛立ちを隠しきれなかった。どうやらトビはを利用したらしい。サスケに勝手で。自分の手元からを離すべきではなかったと、サスケは心の中で後悔をする。は利用されているのか、利用されていないのか、そう言った簡単なことですら分からない。

 そして今この場に連れてこられたのも、大人しく帰らないであろうサスケを戻すためだ。それを感じて、サスケはの手を借りながらもトビを睨み付ける。

 はトビが嫌いであるため、トビの頼みでもサスケに関わることでなければ全く出てこなかっただろう。




「九尾をやるには、ちゃんとした場を設けてある。ついでにに何か強いたわけではない。」




 トビはサスケに弁解するように笑いを漏らして言った。




!」




 カカシが声を荒げてを呼ぶ。サスケはカカシがを知っていたことに驚いたが、の紺色の瞳は相変わらず静かなものだった。




「カカシさん、」




 前にカカシが見た時より、の髪は短くなり、肩を覆うくらいになっている。

 数年前にイタチといる時に見た無邪気な雰囲気は全くなくなり、落ち着いたと言うよりは幼い容姿に似合わず儚くなったと言った感じがした。しかし、イタチといたはずのがサスケといるという事実は、トビが言ったことが本当であることを示している。




「おまえ、カカシを知ってるのか?」




 サスケは不快そうにに問う。





「うん。昔幽閉先によく遊びに来てた、父上の友達。」

「大層薄情な友達だな。」





 とサスケのやりとりから察するに、サスケも既にの幽閉などの事情は納得しているらしい。

 カカシは思わず内心でまずいと思った。


 は能力的にも非常に有益なものをいくつも抱えており、使い方さえ誤らなければ潜在的な能力はサスケをも軽く凌駕する。それが暁の傍にいる、またサスケの傍にいるというのは非常に危険だった。

 ましてもサスケと同じように一族を里に滅ぼされていると同時に、自分も酷い扱いを受けている。木の葉の里を恨むだけの理由はあるのだ。





「おまえも木の葉に復讐したいのか。」




 カカシは目尻を下げて、彼女に尋ねるしかなかった。

 幼い頃から彼女は無邪気で、何も知らない子どもだった。酷い扱いを受けていても分からないほど小さなものしか与えられず、その与えられたものだけを大切にしてきた彼女は心から綺麗だった。そして歪だった。

 彼女の心が憎しみにたどり着いたのならば、それは仕方がないことだろう。たくさんのものを見てきたカカシですらも、サスケ以上にが里を恨んだとしても、納得出来るし、理解も出来る。





「復讐?」




 は小首を傾げて、昔と全く変わらぬ声音でカカシに問う。




「よくわからないよ?憎むとか、復讐とかって、悲しいのと違うんでしょう?」





 曖昧な言葉から、カカシはが全く昔とか変わっていないことを知る。は真剣に考えているのか、サスケを支えているため右手は開いていないが、開いている方の手を顎に当てて、考えている。





「おまえ、なんだってばよ。」




 ナルトも拍子抜けしそうなの言動に、本気で戸惑いを覚えた。

 この全員が臨戦態勢の中で、明らかにだけが浮いている。確固とした意志があるのかないのかも分からず、何故この場にいるのかも分からない。なのに、サスケは彼女の言うことに対してはそれ程抵抗を感じないようだ。

 挙げ句の果てに、彼女は上層部を二人殺しているという。




「じゃ何故おまえはこんなことをして、サスケの傍にいる。イタチの、弟だからか。」




 カカシはがイタチと恋仲であったことを知る数少ない人間だ。

 サスケがその事情もすべて承知ならば、一番サスケにとっては憎しみを分かち合える人間であり、“関係ない”と言いきれない。理解も出来る。




「必要だったから。どうしても必要だったから殺した。」




 は一瞬悲しそうな顔をしたが、首を振って、まっすぐカカシの目を見た。





「それに、サスケといるって決めたから。」





 紺色の綺麗な夜の闇と同じ瞳が、静かにカカシを見据える。

 その無垢な瞳は手を血で汚したという今でも変わっていない。昔よりずっと静かだが、は何も変わっていない、汚れていない。歪んでもいない。

 きっとイタチはを酷くうまく育てたのだ。外に出してからも、真綿にくるむように大切に。




「来るなら手加減はしないけど。」




 はふわりと左手を突き出し、白炎をカカシに見せる。

 来るなら、要するに彼女はカカシが襲ってこない限り積極的には襲わないと宣言しているに等しかった。




「戻ろう。」




 はサスケが納得したのを確認してから、トビへと言う。




「あぁ、良いだろう。話も終わったようだ。」




 トビの姿がかき消えると同時に、とサスケの姿も揺らぐ。が左手で小さく手を振ったのが分かって、カカシは息を吐いた。

 が傍にいるなら、最悪の事態は避けられるだろうと何となく思った。




古き日の郷愁