「…」
大蛇丸の顔を見た瞬間のは、まるで無表情だったが、すぐに炎の蝶を肩に出現させ、威嚇した。
「あっら。久しぶりね。姫。そして心外だわ。」
と言いつつ、大蛇丸の表情は楽しげだ。
イタチと共にいた頃、何度か大蛇丸はを狙って手を出そうとしていた。また彼はが炎一族の宗家の人間であり、白炎使いであることも知り抜いた上で白炎使いの創造を夢見て研究までしていたのだ。そのため、の警戒は当然である。
「を襲ったら問答無用で殺す。」
サスケは冷たい目で大蛇丸を脅す。
「あら、イタチより過激ね。まぁ良いわ。」
大蛇丸はサスケの脅しにも当然屈することなく、軽い態度を崩さない。
水月も大蛇丸を香燐が抜けた代わりに用いるのはかなり不本意だったらしいが、大蛇丸が医療忍者として優れていることを考えれば、あながち外れな選択でもないだろう。サスケが決めたことなら反対することもない。重吾も同じようで、複雑そうな表情で大蛇丸を見ていた。
は大蛇丸よりも疲れから早く休みたくて、近くの木の株の根元に座り込んだ。
「大丈夫か。」
サスケはの側に行き、膝をついての状態を確認する。
イタチを探すサスケのためにはサスケについて一日透先眼を使い通し、走りっぱなしの状態だった。サスケについて行くことは体力がなく、すべてをチャクラで補っているにとっては容易ではない。イタチと話しがしたかったし、逃がさないためだったとは言え、無理をさせた自覚はサスケにもある。
ましてや森の中も走っていたため、速く走るためには体の大きな犬神は使えない。常から体力皆無で犬神にばかり乗っていることを思えば、にかなり無理をさせたことになる。
「うん。大丈夫。チャクラは全然あるから、足が疲れただけ。」
足が棒のようで、足首の感覚がないと言うことを、はサスケには黙っておこうと思った。
ここでしばらく足を放り出して座り込んでいれば回復するだろう。そう単純に思っていた時、大蛇丸がこちらにやってきて、の足の傍に膝をつき、の足首に触れる。
「腫れてるわよ。少なくとも明後日までは、歩くのはやめておきなさい。」
大蛇丸はの足の状態が足袋の上からでも分かったのだろう。落ち着いた声で言った。
「え。」
「え、じゃないわよ。まったく。」
呆れた様子での足首をつつく。痛みに眉を寄せると、「ほら、」と大蛇丸はしたり顔で呟いた。
「捻挫になってるわ。」
「ねんざってなに?」
「ひとまず歩くなと言うことだ。」
サスケはの問いに端的に返して、ため息をつく。
香燐がいなくなってから、周囲の警戒から索敵まですべてに一任されている。あまり継続して透先眼を使うことのなかったの目は、今は常時水色だ。チャクラのコントロールも目に見えて乱れていたから、疲れは明白だった。
「犬神かぁ、ちょっと疲れるな…。」
は自分の体力がないため、移動手段は入り組んだ森を抜ける時以外は犬神が基本だ。しかしその口寄せにもチャクラがいる。
「おんぶで良い。これ以上チャクラを使うな。透先眼も一端元に戻せ。」
サスケでも丸一日写輪眼のままでいることは出来ない。瞳術は違うとは言え、疲れるという観点からは同じだろう。チャクラも使う。
「でも、」
が言いつのろうとすると、また大蛇丸がの足をつついた。
「いたっ!」
「近くに敵が来たら、わかるわ。貴方の透先眼ほどじゃないけど、蛇も感知は得意だから。」
大蛇丸がぴしゃりとに言って、の足袋を脱がせ、の足首を固定し、包帯を巻いていく。
「貴方、関節がもの凄く緩い。小さい頃に歩いていないから筋肉もないのね。」
触っただけで、彼には分かるらしい。だが、にはよく分からず首を傾げるだけだった。
そういえばイタチも、はよくこける。こんなにしょっちゅう足を挫くのはおかしいとよく言っていた。おそらくは幼い頃に幽閉され、一室から出なかったから運動能力に問題があるのだろう。仕方のないことだが、困ったと思って息を吐いていると、隣からサスケにこづかれた。
「透先眼を閉じろ。」
「え、でも。」
「閉じろ。」
「…。」
は鋭く言われて、水色の瞳を元の紺色に戻す。
戻ってきたいつもの視界は少し歪んでから、クリアになった。やはり少し使いすぎたらしい。遠くを見ることが出来るし、人も追尾できる便利な目だが、やはり使いすぎは良くない。
「貴方が生きていたことの方が驚きだわ。イタチが死んだらすぐに死んじゃうと思ってたし、」
大蛇丸はサスケの前にもかかわらず、臆面もなく口にした。
彼の言うことはあながち外れではない。死ぬ気だった。あの時自分が妊娠さえしていなければ。そしてサスケが自分の命を拾い上げなければ、おそらくは何らかの形でのたれ死に、最後を迎えていただろう。イタチの願いを無駄にしただろう。
「でも、まぁ、これも必然かも知れないわね。」
「ひつぜん?」
「なるべくしてなったという意味よ。斎から巡る、因果だったのかも知れないわ。」
大蛇丸も当然暗部にいたため、の父である斎のことも、恋人だったイタチのこともよく知っている。斎に関しては暗部で一時一緒だったくらいだ。
斎の教え子であるイタチ、イタチに思いを寄せた娘の。そして師の娘に思いを寄せたイタチ。そして、兄の恋人に思いを寄せたサスケ。それは繋がっている輪のように必然だったのかも知れないと大蛇丸は心のどこかで思う。
そして死にゆくイタチは、きっとが幸せに暮らしていくことを心のどこかで望みながらも、サスケとあることを願っていただろう。
「さて、これで安静にしていれば、大丈夫よ。」
大蛇丸は処置を終え、立ち上がる。サスケはの隣に座り、ふっと息を吐いた。
サスケとしてもイタチとの別れを終え、考えが変わったところもあり、思う所もあったのだろう。本当なら二人で話したいこともあるのかも知れないが、今は大蛇丸たちがいるため、そういう気分ではないらしく、サスケが口を開くことはなかった。
それでも、の傍にいたいのはよりも、サスケの方らしい。
「寒くないか?」
が寒さに弱いことを知っているサスケは心配して尋ねる。
「うん。大丈夫だと思う。ここ温かいし。」
は頷いたが、自分の持っていた上着にくるりとくるまった。
「答えと行動が全く違うがな。」
サスケは素っ気なくそう言って、を自分の方へと引き寄せる。は少し驚いた顔をしたが、大人しくされるままに体を寄せた。
「面白いわね。」
大蛇丸は思わず聞こえないような小声で呟いた。
人を殺すほど復讐に燃えているサスケは、イタチの元恋人であるを心から好きだと思っているらしい。暁にいた頃のは完全にイタチに囲われており、イタチがどう思っていたにしろ、周りから見ればは寵愛を受けている愛玩人形に過ぎなかった。ましてや子どもまでおり、の年齢も考えれば、ただの恋人同士と言うにはあまりに不釣り合いだった。
そのが、今こうして普通の少女と同じようにサスケと共にいて、身を寄せ合っている姿は滑稽なぐらい不思議だ。サスケも確かに不遇だったが、はそれ以上に不遇だった。背負っているものもサスケよりもずっと重いと、大蛇丸は知っている。
「これは、話しておいてあげた方が良いのかしら。」
イタチを思い出して、大蛇丸は目尻を下げ、小さく微笑みを浮かべる。
はやはり目がかなり辛かったのか、目元を擦っている。視界が使いすぎで霞むのかも知れない。写輪眼と違い、の透先眼は使いすぎたとしても、目がつかれるだけで視力が落ちることもなければ、休めば治るものだ。
「目を擦るな。傷がつく。疲れたなら目薬を貸すから。」
サスケが慌てて止めて、自分の目薬を渡す。
おそらく疲れ目の時のためのものだろう。それならば写輪眼でも透先眼でも別段変わりない成分のもので、大蛇丸は二人のやりとりを見ながら思わず面白くて笑った。
寄り添いあう