「ん、目にも問題はないわね。」






 宿屋に入ると、大蛇丸はまずの目の確認をした。

 先ほどが目を擦っていたこともあって、少し赤いが問題はなさそうだ。は今まで長時間透先眼を使用したことはなかったと言うから、大蛇丸は心配したが、やはり斎の娘だけあって使い方もうまければ、センスは良い。先ほど大蛇丸が確認したところ、透先眼の能力もフルで使えるようだ。


 彼女は炎一族と言うよりは、やはり蒼一族と言う方が正しい。


 分析能力は足りないが、サスケが彼女の能力を知っているので、上手に当てはめていくだろう。サスケは自分の手足のようにの能力を使うことを覚えたらしい。

 を戦いに絶対に関わらせず、女としてしか求めなかったイタチとは大きな違いだ。





「…貴方、綺麗な封印術がかかっているわね。」

「うん。」

「あまりチャクラ引っ張るんじゃないわよ。貴方の体じゃ耐えられないわ。イタチがやったんでしょ?」






 大蛇丸が尋ねると、は否定しなかった。

 は元々チャクラに耐えられる体をしておらず、徐々に自分の血継限界である鳳凰に体を食われていた。イタチもそれを承知しており、死ぬ前に鳳凰のチャクラを封印したのだ。しかし、チャクラが足りなくなったり不安定になると、はすぐにそのチャクラを引っ張り出そうとする。


 は炎一族の宗家の人間としては出来損ないだ。


 おそらく蒼一族の血継限界と肉体が強すぎて、炎一族としての肉体を十分に受け継ぐことが出来ないままに、血継限界だけを持っている。

 元々蒼一族自体、体が強くない、血継限界とその予言の能力の特殊性で生きてきた一族だ。対して炎一族は体も血継限界も恐ろしいほどに強い。むしろ血継限界の強さに耐えられる体を持つことが、第一の条件だっただろう。

 はどちらかというと蒼一族に体は偏っているのに、どちらの血継限界も宿している。






「どういう意味だ?」






 窓際でと大蛇丸のやりとりを監視していたサスケが、眉を寄せて尋ねる。

 サスケもが、それ程体が強くないと言うことは知っていた。だからこそ、あまり無理はさせないようにしている。もちろんそれがの能力を使うか、使わないかとは関係ないことだが。だが封印の話は意味がよく分からなかった。






「無理はするな。」

「大丈夫。まだまだ、役に立てるよ。」






 は柔らかく笑って、サスケに言う。





「おまえ、今オレが言ったこと覚えてるか?」

「うん。」

「無理はするなと言ったんだ。今日はひとまず休め。」







 軽くの額をこづいてから、サスケは読んでいた巻物へと視線を戻した。

 今日は宿屋に泊まっているし、部屋は別とは言え大蛇丸と水月、重吾もいる。の透先眼で感知しなくても、問題はないだろう。宿屋も暁が手配したものであり、問題はないはずだ。





「邪魔しないように、こちらも休むわ。」





 大蛇丸はちらりとサスケを見てから、腰を上げた。

 一応大蛇丸も勝手知ったる年頃の男だ。サスケがと二人になりたいのも分かっていたのだろう。サスケは小さく息を吐き、布団の上に座り込んでいるの元へと歩み寄る。

 は座ったままサスケへと手を伸ばした。





「イタチと、あえて良かったね。」





 柔らかく笑うを抱き留めながら、サスケは小さく頷いた。

 兄に再び会うことが出来るなんて、思わなかった。そして愛していると言ってくれた兄の言葉に、満たされるようだった。彼とて木の葉を潰そうとしている自分を知っていただろう。それでも、彼はただ愛していると言ってくれた。

 苦労ばかりさせて、守られるばかりだった自分と守るばかりだった兄。







「兄さん、」






 小さく呟いて縋るようにを強く抱きしめれば、同じように強く抱き返してくれる。

 の体は小さいが、幼い頃に抱きついた母と同じく柔らかく、古風な香の匂いがする。それはサスケが一番安らぎを得られる、思い出の中の香とよく似ている。薄い着物越しに伝わる体温は、確かにそこに温もりがあることを示している。

 イタチは既に死んだ。もう温もりなんてない。それでも自分たちに残してくれたものがあると、サスケは思いたかった。




「うん。」




 は分かっているとでも言うように、小さく頷いた。 二人ともイタチに対して抱える感情は複雑だ。言葉で言い表せるような感情ではない。





「愛してるよ。」





 はサスケに優しく、柔らかく言う。





「あぁ、オレもだ。」





 結局の所、もうサスケとにはお互いにお互いしかいないのだから。

 サスケはそっとの額と自分のそれを合わせる。すっとサスケが目を開くと目の前には長い紺色の睫に彩られた大きな紺色の瞳がある。いつもはすぐに目をそらすのだが、今はサスケの目をまっすぐと見据えている。

 静かな色合いの瞳は、サスケとは違い、憎しみを知らない。理解できない。





 ――――――――おまえも木の葉に復讐したいのか。






 カカシがそう尋ねた時、はその感情を理解できないと言った。彼女としても憎しみが悲しみとは違う感情であることは理解できているらしい。しかし、本質的にサスケの感情を理解できるわけではないのだろう。

 それでも、はそれを認めた上で、サスケの傍にいる。





「オレとおまえは、一蓮托生だろ?」




 に、サスケは僅かな不安と共に問いかける。途端、紺色の瞳が少し悲しそうに揺れて、ふんわりと笑った。





「置いて行かれるのは、嫌だよ。」





 はサスケの手に、自分の手を重ねる。

 既に血にまみれたこの手では、行ける場所はない。故郷である木の葉も、既に上層部を殺した時点でを保護しようとは思わない。人を殺した限り、子ども達に会うことも出来ない。一人で放り出されて困るのは、自分も同じだ。

 だからそんなに不安にならなくても良い。





「何があっても、わたしは最期まであなたと一緒だよ。」






 サスケの漆黒の瞳を、はまっすぐと見返して、彼が安心できるように頷く。すると彼は満足したのか、子どものように安堵の笑みを浮かべた。

 その笑顔があまりに無邪気な安堵が含まれていて、はサスケの肩に頬を押しつけた。

 サスケの本質は決して残酷などではない。人殺しだって本当ならばするような人ではない。ただあまりに他者に対する愛情が深いからこそ、その反動でそれを失った時にかける感情も大きいだけだ。


 だからこそ、イタチの元恋人だったを保護しようなどと思ったのだ。


 今でもサスケはに無体を強いることもなければ、いつもの体調や状態に気も遣ってくれる。に対してサスケはどこまでも優しい。そこには子どものような無垢さと、激しい感情がある。

 彼はどこまでも冷酷になれるし、どこまでも優しくなれる。

 だから、は彼の最期の良心として、ここにとどまり続けようと思う。カカシに会った時に、彼の目を見てそう思った。そして、彼を取り戻そうとしている少年を見た時に、決めた。

 ナルトと名乗ったその少年の優しさが、僅かでもサスケの心に引っかかることが出来れば、サスケはまだ戻れる場所にいる。この優しささえ手放さなければ、まだイタチの望んだサスケでいられるだろう。





。」





 そう呼んで、いつも縋るように抱きしめてくる、サスケは本当に子どものようだ。までどこかに言ってしまうのではないかと怯えている。それはあまりに沢山のものを失ってきたからだろう。

 は、ある意味でナルトという少年に似ている。

 何も与えられなかった。良心の記憶はうっすらとしかなく、一族がいたと言われても、それはほとんど覚えていないような記憶だ。サスケの喪失したものとは違うのだろう。の喪失はイタチだけだ。






「うん。」







 貴方が貴方の帰るべき場所に、戻るまで、わたしは貴方を守るよ。

 は小さく心の中で呟いて、目を閉じた。



守る決断の重み